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一件落着|国興しラブロマンス・銀の鷹その21
その翌日。
「お・・おはよう、お嬢ちゃん。」
宮殿の廊下でセクァヌに会ったアレクシードは、必要ないとも思えた後ろめたさを感じながら声をかける。
「おはようございます、アレクシード。」
「お嬢ちゃん!」
冷たい口調ですっと横を通り過ぎようとしたセクァヌを、アレクシードは肩を掴んで止める。セクァヌが『アレクシード』と彼を呼んだのは、出会った直後以来だった。
「何怒ってるんだ?」
「怒ってなどいません。」
「怒ってるだろ?」
「怒ってません!」
「それが怒ってないと言うんなら、何なんだ?」
そこから立ち去ろうとする彼女をぐいっと掴んで放さないアレクシードを、セクァヌは恨めしげに見上げ、そして視線を逸らしてから小さな声で言った。
「私だって男の方の都合くらい・・・わかってます。」
その口調は姫である時のセクァヌの口調。アレクシードにはそんな言葉遣いはしない。
(相当おかんむりのようだな、やはり聞こえてたか・・・・)
アレクシードはため息をついた。
分からないでもなかった。
好きな男が目の前で娼館へ行く話などしていて面白くない女はいない。
「お嬢ちゃん・・・確かに断りきれなくて一緒に行ってしまったが・・・」
「行ったの?アレク?」
驚いたように自分を見つめ、徐々に青ざめていくセクァヌの顔にアレクシードは焦る。
(う・・・やぶへびだったか?も、もしかしたら言わなきゃばれなかった・・とか?)
が一旦放ってしまった矢は戻らない。
後はセクァヌが自分の言うことを信じてくれることを祈りつつ、アレクシードは言葉を続けた。
「行ったには行ったが・・・眠くてな、朝まで寝てた。」
「嘘。」
「本当だ。おそらく戦士アレクシードの名は地に落ちたんじゃないかと思う。」
居並ぶ女盛りの美女を前に朝まで大いびきで寝ていた役立たず・・・今ごろそんな噂が街中で飛び交っているかもしれない、とアレクシードは思わず苦笑いする。
「ホントに?」
「ああ。」
「きれいな女の人が傍にいるのに?」
すっとセクァヌを抱き上げると、アレクシードは照れくささをぐっと押さえ、彼女と視線を合わせて言った。
「お嬢ちゃんよりきれいな宝石があるわけないだろ?
その瞳はどんな宝石よりもきれいだ。
オレの・・・宝物だ。何よりも替え難いオレの大事な大事な宝物だ。」
「アレク・・・」
「だから・・・お嬢ちゃん・・・」
頬を染めて下を向いたセクァヌを窓辺へ腰掛けさせる。
ちょうどアレクが屈まなくても目を合わせられる位置の窓辺に。
「オレはお嬢ちゃんを悲しませるようなことは絶対しない。」
「でも・・・」
「でも、なんだ?」
「でも、そういうこととあのことは別問題だって・・・・」
「誰がそんなことをお嬢ちゃんに吹き込んだんだ?」
思わず口調がきつくなる。
「・・・・シャムフェス・・・」
(あのバカ・・・なんて事を言ってくれるんだ?)
アレクシードは完全に頭にきていた。
「だから、好きでそうするんじゃないから、気にしなくていいって。アレクの好きなのは私なんだから堂々としていればいいって。・・・でも、私は大人じゃないから・・・大人の女の人みたいに平気でいられなくて・・・。」
(そんなんでフォローしたつもりか?)
シャムフェスに対してアレクシードはますます頭に来る。
が、セクァヌを目の前に、怒った顔もできるわけはない。
それに今はシャムフェスがどうのこうのという段ではない。
(あのバカ・・・戦略と女のくどき方には長けてるくせに・・・・・なんでオレのことになるとこうちぐはぐなことするんだ?・・・・・故意にやってるとしか思えんぞ?)
ふ~~~~っと今一度大きくため息をついてアレクシードはセクァヌを見つめる。
「平気な女になどなってほしくないな。」
「でも・・・」
「そうだな、オレとしては、自分以外の女に目を向けたら許さない!と睨みつけてくれるくらいの方がいいな。」
「そうなの?」
「もっともオレの目に映ってるのはお嬢ちゃんだけだから、そんなことにもならないだろうがな。」
「でも私・・・まだ子供で・・・だから・・・・・・」
「子供のどこが悪い?お嬢ちゃんはお嬢ちゃんだろ?オレの・・・好きな・・・お嬢ちゃんだ。」
アレクシードは心の中で思いっきり真っ赤になっていた。
「でも・・・・」
「お嬢ちゃん!」
「は、はい?」
アレクシードとしては一生に一度断崖絶壁の崖から飛びおりる気持ちで慣れない言葉を口にしているといういのに、なかなか納得しないセクァヌについ声を荒げてしまう。
「『でも』『でも』って・・・お嬢ちゃんはそんなにオレが信じられないのか?」
「あ・・・ご、ごめんな・・さい。」
信じられないのではなかった。
なかったが、自分がどうしようもなく子供であることに憤りとそしてやるせなさをセクァヌは感じていた。
もし自分がもっと大人ならアレクシードもそんなところへ行く必要もないはずだし、行かせないのに、と。
下を向いたセクァヌの身体が震えていた。
それが涙を堪えているということなのだと、アレクシードにはすぐわかった。
「子供でいられるのは短いんだ。そんなこと気にせず子供でいればいい。オレはゆっくり待っている、お嬢ちゃんが大人になるのを。」
そっとセクァヌのあごに手を添え、上を向けさせて彼女を見つめる。
「アレク・・・」
「お嬢ちゃんはそうさせるだけの価値のある素敵な女の子だ。・・・だけど、そうだな・・・・そう思ってくれてるんなら、早く成長してくれ。」
「・・・早く成長って・・・・いったいどっちなの、アレク?」
え?といった表情をしてセクァヌは聞く。
「いや、そうは言ってもやっぱり男としては、早く大人になってほしいと言うのが本音なのかもしれん・・・。」
『正直すぎだぞ、アレク!』アレクシードの頭の中で誰かのあきれ返ったような声が響き、しまった言い過ぎたか?とぎくっとしていたアレクシードの耳に、セクァヌの答えが響いた。
「はい。」
「は?」
アレクシードは自分の耳を疑った。
「私、早く大人になるから・・アレクに似合う女の子になるから・・・だから、待ってて。他の女の人のところへなんか行かないで。」
「お嬢ちゃん・・・・」
セクァヌの答えにアレクシードはあっけに取られていた。
果たして今自分が言ったことの意味をセクァヌは分かっているのだろうか、どれほど理解してるのだろうか・・・とつい考えてしまうアレクシード。
そして驚いたようなアレクシードと目を合わせ、その時になってセクァヌは自分の答えが何を意味していたのか気づき、一気に真っ赤になってうつむく。
「お嬢ちゃん・・・」
たまらなく愛しく思え、アレクシードは抱きしめようと腕を伸ばす。
「アレクの・・」
「ん?」
「アレクの意地悪ッ!」
恥ずかしさに居たたまれなくなったセクァヌは、そんなアレクシードの腕を払うとそこから飛び下りて駈けて行った。
「うう~~ん・・・一応丸く収まった・・というのか?」
頭をかきつつ、アレクシードはセクァヌの走っていった方向へとゆっくりと歩を進めた。