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精霊王の恋歌|国興しラブロマンス・銀の鷹その28

その夜。
「ん?この歌声は・・・お嬢ちゃんか?」
その歌声と鼓弓の音は隣のテントからではなく、村の方角から聞こえてきていた。

その歌声を辿って村へと行く。そこにはやはり歌声に気づき、1人、2人と村人や兵士たちが集まり始めていた。

村から少し離れたところ、洪水の前、辺り一面の麦畑だったところから歌は聞こえていた。

今は流木などがまだそのままになっていて荒れ果てている。

その中央にセクァヌは座り、胡弓を弾いて歌を歌っていた。
古代スパルキア語の歌を。

「豊穣の歌だ。」
スパルキア人兵士の一人が呟く。

「ああ・・そうだ。これは・・・族長の家に代々伝わっている歌だ。大地を乙女に例え、精霊王を湛える、いや、精霊王に恋する乙女の恋歌だ。」

スパルキアの豊穣の歌は、各家々で、様々にアレンジされたり独特のものが伝承されていた。セクァヌが歌っていたのは族長の家に伝わる歌。
大地を乙女に自然を精霊王に例えた恋歌。

♪精霊王よ、精霊王・・・
 あなたはご存知なのでしょうか?
 私がどんなにあなたに恋焦がれているか

 あなたの声は私にやすらぎを
 あなたの眼差しは熱くたぎる想いを

 精霊王よ、精霊王・・・
 お願いです、私の名を呼んでください
 あなたの瞳で、私を包んでください

 さすれば私はこの地を愛の証しで
 あなたと私の愛の証しで埋めつくすでしょう

 精霊王よ、精霊王・・・
 あなたはご存知なのでしょうか?
 私がどんなにあなたを待ち続けているか

 あなたの微笑みは私に喜びを
 あなたの吐息は愛おしさを 

 精霊王よ、精霊王・・・
 あなたの愛を、微笑を私に投げかけてください
 あなたの吐息を、やさしい抱擁を私にください

 さすれば私はこの地を愛の証しで
 あなたと私の愛の証しで埋めつくすでしょう

 ・・・・・・・・ ♪
 

「お嬢ちゃん・・・・」

幻想的な光景だった。
満天の星空と手が届きそうなほど大きな満月。
そして流木に腰掛け恋歌を歌うセクァヌ。

月光を弾く髪を上に結い上げ、スパルキアの祭礼用の純白の衣装を身にまとい、胡弓をひくその姿は、月の女神のようにも見えた。
そして心が吸い込まれていきそうな胡弓の音と歌声。

今にもその歌声に誘われて精霊王が彼女の目の前に降り立ちそうなそんな幻想的な光景。

そして、普段よりずっと大人びてみえるその後姿にアレクシードはどきっとする。

それは少女と言うより乙女の姿。
精霊王に恋焦がれる乙女そのもの。

集まって来た者たちはその幻想的な光景に魅入られ、歌に聞き入っていた。

その中にアレクシードだけではなく、勿論シャムフェスもいた。

じっと見入るアレクシードをちらっとみると、シャムフェスは兵に周囲の警護を命じる。

それは、いつもならほんの少しの気配でも感じ取るセクァヌが、遠まわしとはいえ、これほどの人数が周囲に集まってきているというのに、何の反応も示さないとこを気にしてのことだった。

おそらく全身全霊を傾けて祈りの歌を歌っているのだろうと思われた。
もっとも、この光景には刺客でさえも心を奪われてしまうだろうとも思われたが。


「何?」

歌に聞き惚れ、姿に魅入られ見つめていたその一瞬、精霊王がセクァヌの横にその姿をあらわして、そっと抱きしめたような光景が目に映り、アレクシードは自分の目を疑う。

-パキッ-
思わず1歩足を動かし、そこにあった小枝は音をたてて折れる。

その途端、胡弓の音と歌声が途切れる。

「アレク・・・」

振り返ったセクァヌはアレクシードの姿を見つけると微笑みながら、アレクシードの元へと歩み寄る。

「すまん、邪魔してしまったか?」

「ううん。いつ終わろうか困ってたところなの。」

「困ってたとは?」

「分からないけど、歌い始めたら止まらなくて・・・困ってたの・・・」
「お嬢ちゃん。」
精霊王の姿が浮かび、アレクシードは思わずセクァヌを抱きしめる。
まるで連れて行かれてしまうかのように感じられた。

「姫様・・・」
集まっていた村人が走りよってきて跪き、次々とお礼を言う。

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます、姫様!」

古代スパルキア語で意味こそわからなかったが、いや、だからこそより一層神がかり的に聞こえるのだが、スパルキアの豊穣の歌、それも族長の家に伝わる特別なもの。

村人はこれで荒れてしまった土地も生き返り再び実り豊かなものになるだろうと手を取り合って喜んだ。

「本当にそんな力があるかどうか、私では分からないのですけど、あと私ができることといえば、これしか思いつかなかったから、私・・・・。」

「いいえ、いいえ、姫様。ありがとうございます。このご恩は一生忘れません。」

セクァヌはひれ伏して礼を言う村長の手をそっと取って立たせると、微笑んだ。
見る者の心に安らぎを与える銀の微笑みで。


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