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銀の鷹|その4・奈落の底で
-ピチョン・・・ピチョ・・ン・・・-
急流に流されながらも、セクァヌは一応岸に流れ着いていた。
が、そこはやはり光の届かない暗闇の地底。
「こんな小さな子を・・・」
そんな言葉を耳にしながら、セクァヌは気付く。
「ここは・・・?」
暗闇の中、そっと身体を起こしてみる。
「痛っ・・」
流されたときあちこち打ったのか、全身に打ち身や擦り傷を受けていた。
目の前に誰かいるのに全く見えない。
「名前は?」
その優しげな女の声に、セクァヌは小さな声で答える。
「セクァヌ。」
「セクァヌ・・・では・・スパルキアの姫様?」
その言葉でセクァヌはびくっとする。
血塗られた光景が脳裏に蘇り、全身に震えがくる。
「よほど恐ろしい目にあったとみえるな。」
姿が見えない男の声に、セクァヌは一層恐怖する。
「大丈夫よ。ここにはあなたを虐める悪い奴はいないわ。」
女はぎゅっとセクァヌを抱きしめた。
「あ・・・・」
その温かさの中で、セクァヌは未だ震えながらこらえ泣きを始めた。
セクァヌが落とされたとき、王の意に従わなかった老医師シュフェストと元大臣であるコスタギナ夫妻が辛うじて生存者としてそこにいた。
食事は、数は少ないが、地下水脈に生息する小魚やサンショウウオ、そして洞窟内にいるトカゲや小さな昆虫、コケなどを主としていた。
それまで口にしたことのないものでも、誰しも空腹には耐えきれない。嫌悪や吐き気を感じても他に何もない。生きるためにはそれらを口にしなくてはならなかった。
が、ここへ落とされた者はほとんどその非人間的な生活と、脱出不可能という一握りの希望もないという状態に発狂して死に至ってしまう事が多かった。
そういった者たちの残していったものなどを使い、老医師と大臣夫妻は、それでも希望を捨てず、なんとか生活を続けていた。
セクァヌにとって幸運だったことは、彼らがそこにいた事だろう。
絶望的な状況に置かれながらも希望を失わない彼らがいなかったら、セクァヌの命はほどなく消えていたに違いない。
彼らの温かい保護の中で、ショック状態でともすれば放心状態のまま狂人になってしまうのではないかと心配されたセクァヌも少しずつ落ち着き、暗闇の生活にも慣れてきた。
といってもいくら目を凝らしてもすぐ目の前のものしか、しかも断片的にかわからない。それでも、時が過ぎれば、なんとか気配で周囲の様子が分かるようになった。
が、落ち着いてきたといってもセクァヌの負った心の傷は深かった。
毎晩、いや24時間暗く、昼夜の区別は全く付かない為、眠りに入る度、その時の悪夢にうなされ続けていた。
『姫様』と自分を呼ぶ声と、血しぶきと共に転がる彼らの頭部。
大臣夫人であるレブリッサは、その度にセクァヌをぎゅっと抱きしめて落ち着かせていた。
食べ物も最初のうちこそ、吐き気がして食べることができなかったが、やはり空腹と、そして、彼らも食べているということで、少しずつだが食べるようになった。
そして、彼らにとってセクァヌの存在は生き甲斐となっていた。
なんとしてもセクァヌの心を救い、生きる希望を持たせたい。
そう思った彼らは、自分たちが持っている知識や技術などを教え続けた。
そして、まるで我が子のように自分を慈しむ彼らに、ゆっくりとだがセクァヌの心の傷も癒されていった。