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幻夢恋慕 |国興しラブロマンス・銀の鷹その22

 「シャムフェス!」
「ん?なんだ、アレク?」
セクァヌの後を追って歩いていた途中でシャムフェスの姿を見つけたアレクシードは声を荒げて呼びかけた。

「なんだ、じゃないぞ?お前・・お嬢ちゃんになんてこと言ってくれたんだ?」

「なんのことだ?」
そう言われて、アレクシードは口ごもる。

「う・・い、いや・・・・つまりあれだ・・・昨夜の・・・」

「それがどうかしたか?」
どうやらシャムフェスは本当に思い当たらないらしい。

アレクシードは仕方なく、ついさっきのセクァヌとの会話をかいつまんで必要最小限のみ話した。

「ああ、そのことか。」

「そのことか、じゃないぞ?」

「ははは・・・いいじゃないか、結局丸く収まったんだろ?」

「それはそうなんだが・・・・。」

まるっきり相手にしないシャムフェスに、それ以上話しても無駄だと感じたアレクシードは、ため息をつくとセクァヌの後を追っていった。

「忘れてるのはお前の方だろ?」
その後ろ姿を見ながら、シャムフェスはセクァヌを救い出した頃を思い出していた。

仲間を求め旅をしていた頃のこと。
出会ってまだまもなく、軍も何も形はできていない頃で、別にスパルキア人でもないシャムフェスは、やはり「姫」と呼ばれるのをいやがったセクァヌを呼び捨てにしていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・
「ほら、お嬢ちゃん・・」

次の街へ移動する為、いつものように彼女を馬に乗せようとアレクシードはセクァヌに手を差し伸べる。

「どうした?」

いつもなら嬉しそうにその手を握り、馬に飛び乗る彼女が、その日に限ってアレクシードをじっと見つめたまま、手を出そうとしない。

「ほら!」

「イヤッ!・・アレク・・・お化粧の匂いがする!」
そう言うとセクァヌはシャムフェスのところに走って行く。

「シャムフェス!」

「どうぞ。」
セクァヌはストンとシャムフェスの前に乗ると、つん!とアレクシードにそっぽを向く。

「ははは!嫌われたな、アレク!」

「お化粧って・・・に、匂うか?」

独り言のように言って、自分の匂いをかぎつつアレクシードは焦っていた。

確かに昨夜は娼館へ行っていた。
が、シャワーも浴びたし着替えもした。
それに夜出かけたことはセクァヌは知らないはずだし、例え気付いてもそこまでの知恵はあるはずはないと思っていた。

「お嬢ちゃんはオレがもらった。」

「シャムフェス!」

「ははははは!」
シャムフェスはいかにも愉快そうに笑うと、馬を進めた。

「セクァヌ?・・・セクァヌ?」
セクァヌを乗せて馬を駆りながら、シャムフェスは彼女に話しかける。
が、返事をしない。すぐ前にいるというのに。

「・・・・・お嬢ちゃん?」
シャムフェスはふっと軽く笑ってから、そう呼んでみた。

「え?」
ぼんやりしていたセクァヌは、『お嬢ちゃん』という呼び名に反応して答え、自分を呼んだのがアレクシードではなくシャムフェスだと分かると少しがっかりしたような表情をする。

「はははっ・・・セクァヌもなかなか強情だな。」

すぐ目の前に乗っているのに心はアレクシードの所に行っている、
シャムフェスは切なさを感じていた。
耳元で呼びかけても返事もしない、なのにアレクシードの呼び方ならすぐ反応する。そして、がっかりしたような表情・・・・。

(セクァヌはアレク以外目に入っていない。)
悲しい気持ちでその腕にセクァヌを抱き、シャムフェスは馬を駆っていた。

「もう許してあげてはどうかな?ほら、アレクの寂しそうな顔。」
そう言われ、横を行くアレクシードをちらっと見ると、セクァヌはシャムフェスに聞く。

「寂しそう?」

「ああ、セクァヌには分からないかな?奴は結構無表情だから。」

「シャムフェスは分かるの?」

「一応な。昔からの付き合いだからな。」

腐れ縁だ、とシャムフェスは苦笑いする。

「いいわね・・・。」

そして、しばらく黙ると、突然彼女はきつい口調で言った。

「でも・・・アレクが悪いんだもの!私、知らないっ!」

「ははは・・・どう悪いのかな?」

「だって・・・お化粧の匂いがするんだもの・・・それって女の人と一緒だったってことでしょ?」

悲しげな瞳でシャムフェスを見つめる。

(おやおや・・)
シャムフェスは苦笑いした。

(幼くても感は働くらしい。
最もその先の事までは知らないだろうな。だが、その感もアレクにだけか?・・・好きな奴だからか?・・・オレは?)

シャムフェスも実のところアレクシードと同行していた。
が、それには全く気付く気配はない。結局オレは対象外なのか、とシャムフェスの心は沈む。

馬に揺れ、銀の髪が跳ね、宝石のように輝きながら瞳が跳ねる。

それをすぐ後ろから見ながらシャムフェスの心は悲しみに沈んでいた。

(もし、オレが迎えにいっていたら、好きになってくれたんだろうか・・・)

ふとそんな考えがシャムフェスの脳裏をかすめる。

(イヤ、例えそうだったとしても、セクァヌはきっとアレクを好きになるんだろう・・・。)

「大丈夫、アレクが好きなのはセクァヌだけだから。」

「ホント?」
シャムフェスを振り返っていかにも嬉しそうにセクァヌは言った。

「本当さ。だから気にする必要はないんだ。」

「でも・・・どうして行くの?私が好きなら・・・・」

急に思いついたように、表情を沈ませ、そこまで言うとセクァヌは前にむき直してうつむいた。

「そうだな、セクァヌにはまだ分からないだろうな。」

「何が?」
くるっと今一度シャムフェスを振り返り、セクァヌはあどけない顔で素直な気持ちで聞く。

「男はそんなもんなんだよ。」

やさしく微笑んで言ったシャムフェスをじっと見つめて、セクァヌは少しの間考えていた。

「わからない、私。・・・大人になったらわかる?」

「大人になったら・・・・セクァヌを置いて他の女の所に行くなんてことするはずないさ。」

「ホント?」
嬉しそうに目を輝かせて微笑んだセクァヌが、シャムフェスにはこの上なく愛らしく、そして悲しく感じた。


そんな自分の心にシャムフェスが気付いたのは、ほんの数日前だった。
アレクシードに「お前ってロリコンだったのか?」とからかったのを思い出し、ひょっとしてオレもそうだったのか?と焦ってもみた。

が、セクァヌの宝石のような美しさは、年齢は関係ない。

年頃になったらどんなにか美しく素敵な姫になるのだろう・・・アレクシードの腕の中にいるセクァヌを、熱い気持ちを隠し、何度切ない思いで見つめていたか。

が、今こうして自分の腕の中にいるのに、それはもっと切なささを募らせる結果となった。

(オレは・・・一生この気持ちを抱えていくのか?・・・・・・それともセクァヌとは違う別の誰かに出会うのだろうか?オレだけの宝物に?)

風にそよぐ銀の髪が陽の光を浴びて金と銀の光の波を作る。
前を見つめる瞳が金色に光を弾く。
閉じて開いて閉じて開く・・・その瞬間の鋭利な輝き。
その瞳に囚われれば、誰しもきっと心を奪われる。
閉じて開いて閉じて開く・・・瞼から漏れる輝きが不思議な余韻を醸し出す。
それはまるで幻を、夢を見ているような感覚。

(セクァヌ・・・オレの宝物・・・・・・決してオレの手に入ることはない・・至上の宝石・・・。)

「アレク!返すぜ!」

「何だ、急に?」

「返してほしいくせに、何とぼけてるんだ?!」

急にどうしたのかと驚いているセクァヌを、シャムフェスはやはり驚いたような顔をしたアレクシードの手に渡して一人馬を速めた。

(しっかり掴まえていろ!離すんじゃないぞ!セクァヌが好きなのはお前なんだからな。)

目に焼き付いてしまった間近で見たセクァヌの表情1つ1つを振り払うかのように、シャムフェスは馬を駆った。
・・・・・・・・・・・・・・・・

(・・・・・・そうさ、相手がお前でなかったら、誰がやるもんか・・・。何が何でもオレに振り向かせるさ。・・・親友のお前でなかったら・・・。)

シャムフェスは悲しそうに自嘲する。

(だからたまにはやきもちくらい妬かせろ。その程度の事くらいどうってことないだろ?・・・お前さえしっかりしてりゃ・・姫の気持ちは変わらないんだから・・・。)

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