
創世の竪琴/その2・夢の世界で
「き、きゃあああああ!」
叫び声をあげながら渚は、がばっと起きあがる。
「はぁはぁはぁ・・・・ゆ、夢・・・?」
どうやら彼女は悪夢にうなされていたらしい。
目が覚めてもまだ心臓がドキドキしていて落ち着かない。
が、どうやら怪しげなものは周囲からは、なくなっていることにほっと胸をなで下ろす。
「ふーっ・・・・よかった、夢で。まぁ、あるわけないけど、デーモンが目の前に立ちふさがるなんてことは。」
「大丈夫?」
「ん。」
そう答えてから、彼女は、はたと思いついき横から聞こえてきた声の主の方に顔を向けた。
「えっ?あなた、だれ?」
ショートカットの赤毛、くりくりした茶色の瞳の10歳くらいと思われる男の子がベッドの枕元のイスに座ってじっと渚を見ていた。
「俺、イオルーシム、イルでいいよ。あんたは?」
「・・・・・・・・?」
渚は、今、自分がどういう状態に置かれているのか全然分からず、呆然として周囲を見渡す。
(木造の・・山小屋みたいな家だけど・・でもどうしてこんな所に?・・・確か、昨日は・・・終業式があって、部活に出て・・・家へ帰って・・次の部活までにやっておかないといけないゲームのマップ作りをしてて・・・そのまま寝ちゃったのよね。服は・・・その時のままよね。)
渚は自分の服装を見た。それは確かに前日着ていたTシャツとジーンズ。
それはいいとして、ここはいったいどこなのか、そして目の前にいる男の子は誰なのか、渚は今度はじっとその男の子を見て考えていた。
明らかに日本人ではない。
では、いったいここはどこなのだろう?どうやって、そして何時ここに来たのだろう?渚はまだ眠い頭で考えていた。
自分の部屋にいたはずなのに?
「どうしたんだ?まだどっかおかしいのか?」
その男の子、イルはどこか不安げで心元なさそうな様子の渚に、心配そうな顔を向けた。
「えっと・・・」
渚は答えようがなく、口ごもる。
「おじい、気がついたよ!」
返事もしない渚に、同じく不安を覚えたイルは、そう大きな声で言いながら、ドアを開け出て行く。
ようやく頭が働き始めた渚は、1つの結論に達していた。
(そっか、・・・夢なのよね、これって。夢の中で恐い夢を見て、目が覚めたのよ・・・ということは・・・未だ夢の中って事よねー。でもちょっとリアルすぎるけど。)
「どれどれ・・・」
開いたままのドアから真っ白な長い髪と長い髭の老人が入って来た。
「どうかの?娘さんや、気分は?」
老人がベッドの横のイスに座ろうと腰をかがめると、イルが彼の手を取り、腰をかけさせた。
「や、ありがとうや、イル。」
老人はやさしくイルに微笑むと、その笑みを渚に向けた。
「わしは、グナルーシと言うんじゃ。娘さん、あんたの名は?」
「渚って言います。」
「渚と言うのかね、いい名じゃ。で、気分はどうですじゃ?何か食べるかね?」
「ぐぐーーーー、きゅるるるる・・・・」
グナルーシのその言葉につられて渚のお腹の虫が合唱した。
「ふぉっふぉっふぉっ、元気な証拠じゃ。それじゃ、食事でもしながらいろいろ話でもしましょうかの。どうかね、起きれるかな?」
「は、はい。大丈夫です。」
渚はお腹の虫が鳴ったせいで、恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になってしまっていた。
「と・・・あ、あれ?」
「はい、サンダル」
履き物がなくてキョロキョロしている渚の足下に、イルが木のサンダルを置く。
「あ、ありがとう、イル。」
にこっと笑うと彼は、勢いよくドアを開け、部屋を出ていった。
イルのあとをついて部屋からでると、そこは廊下ではなく、広めの部屋が広がっていた。
部屋の中央に大きくどっしりとした1枚板の細長いテーブル。両サイドにそれぞれ2脚ずつイスある。
奥にはレンガでできたかまどと流し、小さめの長テーブルと食器棚。
かまどは2つ。1つにはシュンシュンと湯気を履いているやかん。もう1つにはなにやらぐつぐつ煮えている鍋がかかっている。
部屋中に甘いミルクっぽい匂いが立ち込んでいることから、鍋の中身はクリームシチュー系?と渚は推測した。
かまどのある奥の隅には、勝手口と思われる小さなドアがある。
それと反対側には他のドアより少し大きめで、がっしりとした木のドアがある。
閂がかけれるようになっていることから、多分それがこの家の入り口、つまり玄関なのだろうと渚は確信した。
「渚、何きょろきょろしてるんだ?ほら、そこに座れって。」
イルの声で渚はハッとし、そのイスに座る。
「まぁまぁ、仕方ないじゃろ?いきなり見ず知らずの家で目が覚めたんじゃからのぉ。」
グナルーシがそう言いながら、渚とは向かい側のイスに座る。
「パンとスープしかないけどな。」
テーブルに置かれた大きめのバスケットには黒パンが山のようになっている。
イルが木のお椀に、スープをたっぷりよそって持ってきた。
「はい、スプーン。」
イルから手渡されたスプーンも木製だった。
「あ、ありがとう。」
「いっぱい食べていいんだぞ。鍋ん中には、まだ、たーっぷりあるから、遠慮しないでおかわりしろよ!」
「う、うん。」
スープにはコーンもたっぷり入っていて、味も渚の好みと合っていた。黒パンは少し固いようだったが、なんにしてもお腹がぺこぺこの彼女にとっては大ごちそうには違いなかった。
「渚は、なんであんな黒の森なんかにいたんだ?」
渚の横のイスに座って食べ始めたイルが聞いた。
「『黒の森』?」
「そうだよ、黒の森。」
「?」
「もしかして、全然覚えてない・・とか?」
「だって、さっき目が覚めたところだし・・・その前の事は、覚えてないのよ。モンスターに追いかけられていた恐い夢を見てたのは覚えてるけど・・・。」
「じゃ、渚はどこの国の者なんだ?黒髪の一族なんて、この辺りにゃないはずなんだけどな。旅か?遠くから来たのか?連れは?」
「ま、まぁ・・・遠くからには違いないんだけど・・・・・。」
(さーて、どう言ったらいいのかしら?夢なんだから説明しようがないし、どうなっているのか、どんなところなのか、全然分からない事だけは確かだから・・・・。)
「黒の森の魔導士に召喚されたって事かな?やっぱし・・・?」
「え?」
返事に困っている渚を見て、イルはやっぱりそうか、と決め込んだ。
「モンスターへの生け贄に、娘を召喚するって聞いたことがあるんだ。そうだよな、おじい?」
「そうじゃ。じゃが、まさか近隣の国以外からも召喚するとは思わなんだが・・・それだけこの辺りには娘がいなくなったということじゃろうな。」
「だけど、よく入り口付近まで逃げてこれたな、あんた。」
「入り口付近?黒の森の?私、そこにいたの?」
「ん、そうだよ。森のちょっと入ったとこなんだ。黒の森って言っても奥の方はやばいけど、入口付近ならどおって事ないんだ。それに真っ昼間だったからな。なんとかあそこまで逃げてきたって事なんじゃないのか?俺が薬草取りに行ってて見つけたんだ。」
(うーーーーーん・・・・・全然覚えてない・・・・・というより、この夢はついさっき始まったばかりだから・・・・・・うーーーん、困ったな。どうしよう?)
どう答えようか?渚をじっと見つめて彼女の答えを待っている2人の視線を受けながら、必至で考える。
-ドン!ドン!ドン!-
不意に勢いよく玄関の戸を叩く音がし、答えを考えあぐねていた渚は、思わずびくっと身体を震わせる。
「誰だ?」
その渚の不安をあおるかのように、イルが戸口に向かって叫んだ。