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『白虎の路』 甲州街道とうりゃんせ 14

その14 「エピローグ」



エピローグ

1.フラッシュバック

 それから1年後、奈津子のことも忘れかけ、人生の全てが上手くいっているように感じ始めていた。 恋愛を除いては・・
ある日、一通の手紙が届いた。それは、奈津子からの手紙だった。
手紙に目を通した直人は、その手紙をぎゅっと握り締め、バルケッタに乗り込むと表に出た。

 それは、直人に欠けていたものが、戻った瞬間でもあった。

 フェラーリ550バルケッタに乗って、何度も通った中央道を、今は、泣きたい気持ちをぐっと堪えながら、奈津子の実家へと向けて走っていた。
以前なら、往き道は、必ず横に奈津子が居た。
独りで中央道を走ったのは、帰り道だけだったのに、もし、甲州街道の白虎が、今、ここに居るのなら、奈津子とふたりで居た、あの時間を返して欲しい・・ そう、心から祈った。

 奈津子を送った帰り道を逆に辿って行くと、幾度となく、泣き叫びながら走ったことがフラッシュバックして来る。

2.奈津子の手紙

『病院まで、わざわざ来てくれて、本当に有難う。
なっちゃん、直人に嘘は吐きたくなかったから、本当のこととはいえ、酷いことばかり言って、苦しめたこと、ごめんなさい。
今更、許して貰えるとは思わないけど、だけど、直人のことが好きだったのも本当だよ。
でも、もう、遅いよね。
全部、なっちゃんが壊しちゃったんだよね。
あんなに、忠告してくれたのに、私には、ちゃんと見えて無かったみたい。
結局、あの人は、離婚する気も、私と一緒に成る気も無かったみたいだよ。
だって、奥さんに気付かれた途端に、私のこと無視し出すんだものね。
直人は、本当に私のことを純粋に愛してくれていたってことに気付いてから、なっちゃんが直人にしたことが許せなくて、ずっと悔いていたんだよね。
もう、直人に愛して貰える資格なんて無いって思ってた。
だけど、やっぱり、ずっと直人のことが好きで、忘れられなくて、そしたら、後、数ヶ月の命ですなんて、終了宣言までされちゃった。
どうせもう、死んじゃう、居なくなっちゃうんだって考えたら、怖くて逃げ出したくなったりして、だけど、病院から逃げても、自分からは逃げられなくて、どうしようもないって、気付いた時、やっぱり、死ぬ前にどうしても、もう一度、直人に逢いたいって思っちゃった。
だからね、堪えきれず、直人に連絡しちゃったんだあ。
だけど、そのまま本当のこと言ってたら、直人、なっちゃんが居なくなるまで、きっと、一緒に居てくれたでしょ。
本当は、そうして欲しかったんだけどね。
なっちゃんが、直人にして来たこと考えたら、それって許されないって思ったから、だから、最後にひとつだけ、直人に嘘、ついちゃいました。
それはね、旦那が居るって言ったこと、青木っていうのは、主治医の先生の名前、本当は、まだ独りだよ。
でも、辛かったのは、直人に直接逢えなかったこと、もう、なっちゃんが居なくなるまで、直人に逢えないと思ったら、とっても悲しくなって来るけど、仕方ないのかな。
もう、逢いたくても、逢えないし、この手紙を直人が読んでるってことは、私はもう、この世には居ないんだよね。
どうして、もっと早く、直人の言葉に気付けなかったんだろうって思うと、情け無いけどね。
なんか、同じようなことばっか言ってるかな。だけど、とにかく謝りたくても、ちゃんと謝れなかったから、これが、本当の最後、大好きだった直人、本当に、ごめんなさい。』

 奈津子が吐いた、最後の優しい嘘を胸に抱き、本当に、もう二度と逢えなくなってしまった奈津子のことを想い、堪えきれず涙して、吠えるように叫びながら、ステアリングをぎゅっと強く握り締めた。

3.純白の白虎

 奈津子の実家に辿り着くまでの間、バルケッタの車内では、声に成らない『とうりゃんせ』の唄が、ゆっくりと響き渡っていた。

 『とうりゃんせ』甲州街道ちゅうおうどう、往きは良いよい帰りはいつも・・・切ない恋の通い路か。

 ひとが本当に、自分に正直で素直に生きたなら、色んな人を同時に好きになって、複数の異性とそういう関係になってしまうのだろうか。
それが、良いのか悪いのかは、僕には分からないけど、知らずのうちに沢山のひとを傷つけてしまうことも確かなことだ。
だけど、素直に正直にしか生きられなくて、そのありのままをさらけ出してくれた彼女が大好きだった。
それは、否、それ故、苦しいこともあったけれど、その僕を苦しめた彼女の真実、その告知は、彼女の純粋な誠実さの表れだったのだろう。
もし、彼女が嘘を吐き、僕を騙し通そうとしていたなら、そしてその嘘を彼女から直接でなく、他から知らされるようなことがあったなら、信頼していたモノが崩れ落ちてゆく時空に耐え切れず、僕は、きっと自己崩壊していたことだろう。
皮肉なことに、苦しかった、あの帰り道ですら、今では帰らぬ奈津子との楽しかった想い出のひとつと成ってしまった。

 奈津子に、最後の霞草を供えた帰り道、深紅のフェラーリと併走して走る純白の白虎が居た。


#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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