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『白虎の路』 甲州街道とうりゃんせ 7
その7 「秋彦の部屋」
秋彦の部屋
1.利紗世の忘れ物
一行は、来た時と同じ車に乗り、渋谷方面へと向かって車を走らせていた。 直人が、セカンドシートの秋彦に向かって言った。
「どうする?」
「そうだなぁ、どっかで、お茶でもする?」
「あ、じゃ、秋彦んちで、お茶しよっ!」
利紗世が話に割り込んできた。
「なんで、俺んち?」
「あたし、忘れもの取って帰んなきゃだしね!」
「俺んち、ベッドとテレビ以外、なんもねえよ。 つうか、忘れ物ってなんだよっ!」
「ほら、陣取りゲームん時に、追い出されたじゃん」
「えっ」
「あん時、慌ててたから、穿き忘れちゃったんだよねぇー」
「あ、あぁ」
「パ・ン・ティ・イっ!」
「あ、ばかっ、言わなくて良いっつうにぃ」
「ふぁあー、なにそれっ!」
奈津子が割り込んできた。
「陣取りゲーム、じんとりゲぇームっ!(笑)」
直人が被せて言った。
「なにぃ,あんた達、裸で陣取りゲームやってんのぉ?」
「裸んなんなきゃ出来ない、陣取りゲームもあるのさぁ(笑)」
「えと、よしっ、じゃ俺んちでお茶しよう!」
「あに、誤魔化してんのよっ!」
「良いから、いいから、レッツゴー!」
「あっ、彩からメールだ」
その時、利紗世の携帯に着信があった。
「なんか門限近いし、渋谷から地下鉄乗って帰るってさ」
「そういや、今日、殆ど話せなかったなぁ。。 も少し話したかったのにぃ。 あ、彩ちゃんって、お家、何処だっけ?」
「んと、中央林間だよ」
奈津子が、直人にそう答えて直ぐ、続けて言った。
「むふふ、うり、うりっ! 直人、彩のこと気になってたんだぁ(笑)」
言いながら,直人の脇腹辺りを肘で軽く小突いていた。
「なに言ってんのぉ,おめぇこそ、俺んこと気になってんじゃねっ(笑)」
「ふぁあー、ぜぇーんぜん、気になってませんよぉーだっ!」
「おり、ちと赤くなってねぇ?」
「ばぁーか!」
利紗世が香取彩の携帯を鳴らした。
「もしもぉーし、あ、彩ぁ、もう帰っちゃうのぉ?」
「うん、利紗世ごめん、私、先に帰るね」
「わかったぁ、じゃまた明日連絡するぅ」
秋彦が割り込んで聞いた。
「あ、ちょ、待っ、うと、今まだ隣りに北村、居る?」
利紗世が直ぐに答えた。
「居るってよぉ」
秋彦の声は向こうまで聞こえていたらしい。
「んじゃ、俺んち寄るように言ってもらえるかな?」
「わかったってさ」
「サンキュっ!」
「ほんじゃ彩、またね、バイバイっ!」
2.道玄坂
渋谷駅は既に通り越していた。アストロが道玄坂を登り切った辺りの信号待ちで停まると、東野が左隣にワーゲンポルシェを停めた。
箱バンのアストロから見下ろすと、地を這うほどのワーゲンプルシェは、殆ど真上から見たのと大差ない光景だ。
ウインドウを下ろして左を覗くと、高里愛の長く形よい太股が、山吹色とショッキングブルーの狭間で、その存在を誇示している。
街の灯に照らし出されているだけでも、充分に眩しい太股に眼を奪われていると、高里愛が上を向いた。
直人が、ハッとして向き直ると、目が合った高里愛が話し出した。
「今日、親戚のおじさん来てるから、直ぐ帰って来いって言われちゃったの・・ 直人さん、また遊んでねっ!」
東野が、それを追いかけて言った。
「愛ちゃんち、用賀だっつうから、ちょい送って来るわ!」
「オッケー、おれっち秋彦んとこで、お茶してる」
信号が青に変わって、直人がアクセルを踏み始めた頃、ワーゲンポルシェの爆音は既に無く、二つほど前方の信号辺りでテールランプだけがチカチカしていた。
「ちぇっ、オンボロのくせに、やっぱ速ぇーなぁ」
奈津子が、また脇腹を突き始めた。
「ん、なにぃ?」
「直人さん、また遊んでねっ!」
奈津子が高里愛の声色を真似て言った。
「あれ、何それ?」
「ふぁあー、愛が言ってたでしょうがっ、あにとぼけてんのよっ!(笑)」
「あれっ、記憶に、ございませぇーん(笑)」
「なぁーんか、あんた達の会話、聞いてっと、付き合ってるみたい(笑)」
利紗世が、ぼそっと言った。
「ふぁあー、あたし、こぉーんなのと、ぜぇーったい、付き合いませんよぉーっだ!」
「ふんっ、俺だって選ぶ権利あるもんねぇ!」
「ふんっ!」
秋彦が、半ば呆れて言った。
「バッカみてぇ(笑)」
気が付くと車は、もう秋彦のマンションの下まで来ていた。
3.殺風景なワンルーム
「じゃあーん!」
そう言いながら、秋彦がドアを開けるとそこは、本当にベッドとテレビしか置いてないワンルームだった。
ベッドと云ってもフレームなど無く、ただシングルサイズのマットが、ぽんと置かれているだけで、椅子、テーブルの類いは、一切、置かれていない。
男所帯の、全く殺風景な部屋である。
五人が全員部屋に入ると、利紗世が台所の方へ向かいながら言った。
「直くん、珈琲入れるから手伝ってよねっ!」
「んで、俺なんだよっ、ここ秋彦の部屋だろがっ!」
「だって秋彦、何にもしないから、直くんの方が、この部屋のことよく分かってるんでしょ」
「ま、そうなんだけど・・」
「はぁーい、ブツブツ言わない、手伝う、てつだう!」
渋々立ち上がって、戸棚を開けようとすると、左腰に重みを感じる。
左向きに後ろを振り返ると、奈津子が直人のバンダナを掴んで、つんつん引っ張っている。
「あんだよぉ」
「へへっ、なっちゃんも手伝う!」
「おぅ、んじゃ、利紗世手伝って、その辺に散らかったカップソーサー、一緒に洗って」
もう何年も使って無さそうな珈琲メイカーを戸棚から取り出しながら、直人は言った。
「はぁーい!」
「おぅ、なんだ意外と素直じゃん(笑)」
「ふぁあー、なによっ、もうっ!」
「だって、おめ、さっきから俺に突っかかってばっかじゃん」
「そんなことないもん」
「まいっかぁ」
「良くないもん!」
「あ、うぜっ、良いから早く利紗世んとこ行けってば!」
ちょうど珈琲メイカーの掃除が終わった頃、高里愛を送った東野が戻ってきた。
「よっ!」
インターフォンも鳴らさず、ノックも無しにいきなり入ってきた東野の第一声だった。 東野は続けて言った。
「おっ、俺も珈琲、ストレイト、ノーチェスター! あっ、失敬、しっけい、チェイサーね、チェイサー、ちぇいさー、ちぇいさぁー、のちぇいさぁーっと(笑)」
東野がキングタットでの北村の失態を茶化して言った。
「たははは・・・(笑)」
北村は、都合が悪くなるとする、いつもの変な笑いで、また誤魔化すだけで反論はしない。
「おまたせぇー!」
できあがった珈琲を各自持って、下に置き、車座に座った。
「あっ!」
直人が何か見つけたらしく、立ち上がり、珈琲を持ったままテレビの方へ向かった。テレビの前、マットの角に腰を下ろすと、目の前にあったビデオを掴んだ。
「うぉっ、お、 ”狼男アメリカンじゃん” !」
ふと気付くと、奈津子は常に直人の側に来て寄り添うように座っている。
「これ、スッゴく良いって、観よ、みよっ!」
後を追うように奈津子も言った。
「観よ、みよっ!」
”狼男アメリカン” は、ジョンランディスが脚本監督の映画で、ストーリー的には、謂わば、現代版狼男というものなのだが、激情的なストーリーをコミカルなタッチで描いている。
音楽は、1960年〜70年後半の ”月” に関連する音楽だけをサウンドトラックで使っているのだが、この選曲がまた最高に良くて、この年代の洋楽ファンには堪らない。
また映画の発表当時、リアルな変身シーンが話題となり、それを観て気に入ったマイケルジャクソンがスリラーのPV(プロモーションビデオ)に監督ジョンランディス、特殊メイクにリックベイカーを起用し、その当時、白人のPVしか流そうとしなかったMTVが、14分もある、この黒人ポップスターのPVを流し続けたのは、異例なことだったらしい。
「音楽も、古いけど良い曲ばっかなんだよねぇ!」
「ふぅーん」
「オレ的には、そん中でも、”ムーンダンス” っていうバンモリソンの曲が特に好きなんだけどさ それに、マイケルジャクソンのスリラーは、この映画が無きゃ、出来てなかったんだかんね」
「へぇーっ」
ビデオが始まってから、奈津子は、怖がって直人の腕を掴んで離さない。そして、恐いシーンが現れる度に、幾度となく直人の腕が引っ張られた。
「あー、怖かったぁ。 だけど、なんか可愛そうだったね」
「うん、うん」
「あっ、もうこんな時間だぁ。 帰んなきゃ」
「そうだね、じゃ直くん、お願いね」
「えっ?」
「こいつら二人とも方向同じだから、オレついてくし一緒に頼む。 なっ!」
「あぁ、わかった」
その8 「秋彦の策略」に続く