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『白虎の路』 甲州街道とうりゃんせ 10
その10 「2ndデート」
2ndデート
1.UFOキャッチャー
奈津子が直人の部屋を見たいと言ったことから、二度目のデートは、新町界隈で遊ぶことになった。
当日、奈津子が電車で来るというので、東急の桜新町駅まで迎えに来ていた。駅の改札口で待っていると、奈津子が現れた。
「よぉ!」
「待った?」
「んにゃ」
地上へ出ると直人は、桜新町商店街、サザエさん通りの方へと向かって、すたすた歩き出した。
「腹へったろ、少し遠回りんなるけど、商店街でソバでも食ってこうぜ」
「うん」
直人と奈津子は、商店街の蕎麦屋で、鴨南蛮と盛りそばを二人で分け合って食べた。
蕎麦屋を出て、商店街をぶらついて往くと、通りに面したところにゲームセンターがあった。
「あぁーっ、なっちゃん、あの縫いぐるみが欲しい!」
縫いぐるみと云ってもUFOキャッチャーの中に入っている景品の縫いぐるみだから、クレーンで掴んで落とせないことには、持って帰れない。
「えーっ、んなこと言ったって、あれ売りもんじゃねえし」
「だって可愛いんだもん」
二十センチ弱くらいの、パステルグリーンの子鬼の縫いぐるみだ。
「うーむ、わかった、じゃトライだけしてみよっ!」
「やったぁー!」
ポケットを探ると五百円玉が出てきた。
「この五百円で三回できっから、それでダメなら あきらめろよな」
「うん」
直人は、こんなゲーム一度もやったことがなかった。
一度目のトライは失敗したが、なんとなくコツが分かって、取れそうな気がした。
ビギナーズラックとでも云うのだろうか、二度目のトライで思わぬ所に引っかかった縫いぐるみは、そのまま景品出口まで誘導できた。
「うわぁっ、直人、凄い、すごい、やった、やったあっ!」
「わっ、マジかよっ、取れちまったぜぇ!(笑)」
三回目のトライは、別の景品をターゲットに、奈津子がトライしたが、無駄に終わってしまった。
「ふぁあー、もうっ!」
「ま、良いじゃん、奈津子の欲しいやつ取れたんだし」
「あ、うん」
ゲームセンターを出て、直人のマンションへと向かった二人だったが、マンションを通り越して、腹ごなしに駒沢公園を散策することにした。
快晴で晴れ渡っていたが、風はもう冷たかった。
「なんか、やっぱさむくね」
「うん」
今日、奈津子は、殆ど ”うん” としか言っていない。直人は、特に何か言った訳でもなかったが、奈津子は覚悟を決めてきているように思えた。
そこから直人のマンションまでのことは、二人とも殆ど覚えていない。
2.直人の部屋
気が付くと、二人とも直人の部屋のソファにいた。
サニーサイド新町201号室、それが直人の部屋だ。階下では、RHCPを爆音で掛けているらしく、今も ”ギブ・イット・アウェイ” が微かに聞こえている。
その微かに響くサウンドの中、十分ほど手を繋いだ儘、沈黙が続いていた。繋いだ手は少し汗ばんで、微かに脈打っているのが分かる。どちらの脈が打っているのかは分からない。
掛かっていた曲が終わり ”アンダー・ザ・ブリッジ” のイントロが始まった。
♪〜 孤立して 取り残されたように感じる
この街だけが 寄り添ってくれる
僕の居る 天使の街 LA だけが・・♪〜
「抱いて・・」
直人の耳元に奈津子が囁いた。その言葉に直人の本能を塞き止めていた防波堤が崩れ落ちた。
二人は、抱き合い、熱い抱擁を交わしながら、ベッドへと雪崩れ込んだ。
最後まで情事は終わり、直人が仰向けに寝そべってぼぉーっとしていると、奈津子が縫いぐるみの子鬼を直人の収縮してしまった部分にペタペタ当てながら、戯れている。直人に目を合わせたかと思うと ”パクっ” 萎縮した直人をくわえ込んだ。
「なつこ、あ、あぁ・・」
不意を突かれた直人は、復帰した途端に果ててしまった。
直人が微睡んでいると、奈津子がなにやらブツブツ呟いていた。
「あーあぁ、なっちゃん、悪魔かな・・とっても悪い子になっちゃったかも・・」
「ん、なに?」
「なんでもない・・」
「まいっかぁ」
その時は、ただやり遂げた征服感と満足感に浸っていたかったので、特に気にも留めなかった。
3.家庭の雰囲気
心地好い微睡みの中、ベッドでごろごろしていた二人は、いつの間にか眠り込んでいた。
どれくらい経ったろうか、どちらからともなく目が開いて、お互いの目覚めに気付いた。
「よぉ、眼、覚めた?」
「うん」
「なんか、睡っちゃったね」
「へへ(笑)」
「ふふっ(笑)」
「あれぇ、直人って、まだタオルケットなのぉ?」
「ん、あ、あぁ、オレ、年中タオルケット、これ無いと、なんか落ち着かないんだよね(苦笑)」
「へぇーんなのっ!」
「なんだぉ、だってタオルケット、気持ち良くね」
「うん、まあ、わかるけど・・」
「あーっ!」
「えっなに?」
「ほら、ほらっ」
直人が、自身の胸の辺りを指さしながら言った。
「きゃあっ、ごめんなさぁーい!」
奈津子のよだれらしきものが直人の胸一面に、べったりと広がっていた。
胸のよだれを拭いながら直人は言った。
「ま、良いけど・・」
奈津子は、タオルケットで顔を隠して蹲っている。
「うーっ、なんか腹へったなあ!」
直人がそう言うや否や、奈津子が突然むくっと起き上がったかと思うと、ベッドを出て、ペタペタ歩き出した。
冷蔵庫の前で立ち止まると、その扉を開けて少し考えてから、直人の方を振り返った。
「ねぇ、野菜炒めとかでも良い?」
「え、なに、作ってくれんの?」
「うん」
「お米、どこっ?」
「んと、流し台の下んとこ」
「二合で、良いよね」
なんとなく似つかわしくなく感じたが、奈津子は、そう言うと手際よく米をシャカシャカと研ぎ出した。
「いっただきまぁーす!」
二人とも裸の儘、並んで食べた。
直人の茶碗が空になったのを見計らって、奈津子が言った。
「おかわりは?」
「うん」
直人は、そう答えると差し出された奈津子の手に、空の茶碗を渡した。
直人の家は、幼い頃から父親不在で、母親は病弱、姉も居たが引きこもっており、食事は殆ど独りでとっていた。
”子どもは居ないけど、これが家族ってやつなのかなぁ・・” そう考えながら、 ”家族” その言葉を、何となくではあるが、実感しながら噛みしめていた。
4.奈津子の告白
ふと時計に眼をやると、結構な時間になっていた。
「あ、もうこんな時間だ」
「ホント、なんか時間経つの早いね(笑)」
「送ってこうか」
「うん」
帰り支度をして、玄関で熱い抱擁を交わすと、二人は手を繋いで駐車場まで下りて行った。
二人を乗せたアストロは、一路、河口湖へと向かって発車した。毎度の通り、中央道、大月を過ぎ、河口湖のインターを下りたところで、奈津子が言い出した。
「ねぇ、ちょっとファミレス寄ってかない?」
「おっ、あ、あぁ、良いよ」
数件あったファミレスのひとつにアストロを乗り入れた。入店してドリンクバーを注文した二人は、温かい紅茶を入れて席に着いた。
少し違和感を覚えていた直人は、話を切り出した。
「どうしたあ?」
「うん、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど・・」
「なんだよ」
「あたしね、付き合ってる人がいるの・・」
「またぁ、奈津子、お前さぁ、冗談きっついよぉ!」
「ごめん、冗談とかじゃないの」
「えっ、そんなこと、一言もいってなかったじゃん」
「同じ会社のひとで、奥さんも子供も居るひとなんだけど・・」
「なにそれっ、不倫じゃん」
「でもね、奥さんとは別れて、ちゃんと一緒になるから、もう少し待ってくれって言われてるんだぁ」
「奈津子、おめ、遊ばれてるだけなんじゃねぇのぉ」
「ううん、真面目で誠実な人だから」
「真面目で誠実なやつが不倫なんかするかよっ、バッカじゃね」
「直人は、その人のこと知らないから、そんなこと言うのよ」
「んなこと、知らなくたって分かるさ」
「わからないわよ」
「んでだよっ、だいたい付き合ってどんくらいなのさ」
「二年くらいかな」
「二年も騙されてて、まだ気付かねえの?」
「なっちゃん、騙されてないもん」
「騙されてるに決まってんじゃん」
「そんなことないもん」
「ま、そのうち わかるさ」
「なんで、直人にそんなこと言えるのよっ!」
「ま、いいや、ってホントは ゼンゼンよくないけど、 んで、奈津子、そいつのこと好きなの?」
「うん」
「えっ、じゃオレっていったい何よっ!」
「直人のことも好き」
「なんで、そうなる ワケ?」
「どっちも、好きなんだもん」
「どっちの方が好きとか、あるだろっ、ふつう ・・てかっ、悪魔ってそう言う意味だったのかよっ!」
「だって本当に、どっちも、同じくらい好き・・でも、どっちかに決めなくちゃだよね」
「わぁあーった、もういい、好きにしろっ!」
「えっ、それって、直人、なっちゃんのこと嫌いになったってこと?」
「違うってば、どっちか答え出るまで好きにしろってんだよっ!」
「ご、ごめんね」
「もう、なんも言うなって、とにかく送ってくわ・・行こう!」
「うん」
5.とうりゃんせ♪
奈津子を実家の綿福布団店に降ろしてから、頭の中が真っ白で、なにがなにやら さっぱり分からない儘、気が付くともう大月を過ぎていた。
何処に焦点を合わせるともなく、ただ真っすぐ前を向いてアストロを走らせていると、ポツリ、ぽつりと大粒の雨が降り出した。
♪とうりゃんせぇ、とうりゃんせぇー♪
頭の中を、幼き頃、いつの日にか聞いたことのある童謡が駆け巡りだした。
「♪こぉーこは どぉーこの ほそみちじゃあ、てぇんじんさぁまの ほそみちじゃあー♪」
いつの間にか声に出して、歌い出していた。
「♪ちぃーっと とおして くだしゃんせぇー、ごようのなぁいもなぁ とおしゃせぬぅー♪」
直人の声は既に、アストロ車内を揺らし、響き渡るほどの大声とかしていた。
「♪こぉのこの なぁなつの おぅいわぁいにぃ、おふだぁをおさぁめにぃ まぁいりぃまぁすぅー♪」
なんで急に、こんな童謡を歌い出したのか、それすら分からずに、只、ただ歌い続けていた。
「♪いきぃはぁ よいよぉい かぁえりぃはこぉわぁいー、こぉわぁいなぁがぁらぁもぉー、とおぅりゃんせぇ とおぅりゃんせぇー♪」
歌い終わってからも ”♪行きは良いよい、帰りは怖い♪” の部分だけが、壊れたDJミキサーのようにリピートし続けながら、頭の中をグルグルと駆け巡っている。
「うぉーっ、なんでだよぉー!」
ひとしきり叫んで、冷静さを取り戻した直人は、ふと考え直した。
奈津子も、いつかきっと気付くだろうし、そんな中途半端な不倫野郎に負けるハズがない。
どのみち最後には、そいつに捨てられて、騙されていたことを思い知る時が来るだろうさ。 そうだ、最悪、その時まで待ってやるさ。
「待ってやるさ!」
そう、一言、叫んだら、何だか肩の力が抜けて、急に楽になったような気がした。すると、何だかさっきまでの自分が、凄く滑稽に思えてきて、何故だか今度は、笑いが込み上げてきた。
「はははははっ、わぁーはっはっはっはぁーっ!」
”オレ、いったい、なに笑ってるんだろう” そう考えながら、笑いが止まらなくなったのを感じ始めたかと思ったとき、急に笑いが、くっ、くっ、と詰まりだした。
「くうー、くっ、くっ、くぅー、くっ、くっ・・・」
最後に ”うっ” と詰まった時が、強がり、張り詰めていた限界だったのだろう。
「うっ、・・・ぐっ、ぐっ、ぐぅおーっ!」
笑いは、いつしか、滝のような涙とともに、号泣へと変わっていった。
ただ、心の中は冷静な儘、号泣している自分が理解できずに、何故、泣いているのかを考え続けていた。
我に返って、気が付いた時、直人はサニーサイド新町の駐車場で放心していた。酔ってもないのに、何処をどう通って帰り着いたのかさえ、思い出せなかった。