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『虐待児の詩』 新潮文庫の一冊

「深夜特急(4) シルクロード」


第四巻は、いよいよシルクロードだ。

「だからどうしたの?」という声も聞こえてきそうだが、遥か悠久の時を経て西の果てローマから東の果ては長安、・・いや、正倉院を観れば奈良、と言っても過言ではない。

まだ近代的な交通手段の何もなかった時代に、国籍も人種も種々雑多な数え切れない人々によって形あるものは当然のごとく、文化のような無形のものに至るまで数多くのものが行き交い、干渉したり、共鳴したりして悠久の時を経て流れ続けて来たのである。
これを感慨に耽らずに居られようか。

ドイツの地理学者リヒトホーフェンが、広大なユーラシア大陸を東西に横断するこの交易路を称してシルクロード、日本語で絹の道(ドイツ語ではザイデンシュトラーセンと言うらしい)と呼びたくなった気持ちがわかるような気がする。

そして、私はシルクロードという言葉を聞いたたけで、何か得たいの知れないロマンのようなものを感じてしまう。
なんとインドやアフガニスタンでは小便のスタイルも違ってくるというではないか、端と端とではお互いに信じられないほど違う文化をもった民族が、シルクロードと云う大いなる悠久の時の帯で結ばれてきたからこそ、現在、この生活があるのだろう。

著者が、テヘランで知り合った日本人に山本周五郎の「さぶ」を貰ったときに、一頁目を読んだだけで涙がこぼれそうになったとあった。
一頁目を読んだだけで涙がこぼれる本というのは、いったいどんな本なのかと近所の書店で山本周五郎の「さぶ」を探して、一頁目を読んでみた。
・・・涙はこぼれてきそうに無かった。

ある男が働き先で何か失敗をしでかして、そこのおかみさんに出て行けといわれたので雨の中を泣きながら故郷へ帰ろうとしていた。
それを思いとどまらせようと追いかけてきた先輩格の従業員に引き止められる。

一頁目のそのストーリーはざっとこんな感じである。
著者が誰かに引き止めてもらわないとならないほど、旅の孤独に負けそうになっていたのかどうかは知らないが、それほど感傷的になっていたことは確かだろう。

私は「さぶ」という本が一頁目を読んだだけで涙をこぼすような本だとは思わなかったが、偶然にせよ、著者が放浪の途中で読んだというこの本を最後まで読んでみたくなった。
そして何と言うか都合の良いことに、山本周五郎の「さぶ」は新潮文庫から出ていたので、何のためらいもなく新潮文庫100冊の内の一冊として加えることにした。

第一巻を読み出したときから、絶対もう一度見ようと考えていた映画、「ミッドナイト・エクスプレス」もDVDで出ていたので買って観ることにした。どうせ観るなら著者の放浪がイスタンブールに至る前に観ておきたかったからである。



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