【四刷重版出来記念】櫻井義秀・中西尋子『統一教会 日本宣教の戦略と韓日祝福』三刷重版(2013)加筆部「第三刷にあたって」全文公開
第三刷にあたって
1 書籍の反響
『統一教会』初版を2010年2月に刊行してから3年が経過した。三刷目に際して刊行後に本書に寄せられた評価や補足調査、統一教会の新しい動きなどについて追記したい。
統一教会の教説・組織構造・宣教戦略を教団の公刊・非公刊の資料や裁判記録、および元信者(櫻井が日本で脱会者を調査)と現役信者(中西が韓国で日本人信者を調査)のライフヒストリーから明らかにした統一教会の総合的調査に対して、新聞・雑誌から好意的な紹介や書評がなされ、学術誌においても本格的な書評が相次いで公表された(1)。
しかし、『週刊ポスト』(2010年6月4日号)による本書紹介に統一教会は徹底した抗議活動を展開した。記事に表現の不適切性、中西調査分の現役信者証言には信憑性に問題があるとして、小学館と中西に配達証明の抗議文を出し、さらに抗議のデモ行進や小学館本社前での抗議を行った上で、誠意ある回答が得られなかったとして2010年11月8日、小学館に対して名誉毀損の損害賠償を東京地裁に求めた。裁判は2012年11月7日に結審し、2013年2月20日に判決が出た。統一教会は1,100万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を小学館に求めたのに対して、裁判所は見出しについてのみ原告主張を認め、被告に55万円の支払いを命じ、裁判費用は20分の19を原告負担とした。統一教会は謝罪広告掲載の請求が棄却されたことを不服として控訴し、小学館も付帯控訴した(2)。
本書は一般書店に置かれることもあまりないA5判650頁におよぶ学術書であり、市民の目にふれる機会もそれほどないと思われるが、1,500部を超えて読まれていること自体、統一教会が日本社会に与えた影響の深刻さを示しているのではないかと思われる。同時に、本書の内容が統一教会の本部や統一教会の現役信者に対して一定程度の影響を与え、その方向性に関して統一教会が間接的ではあるが訴訟を通して反論したと見られなくもない。
2 在韓女性信者の補足調査
2010年と2011年、2回にわたって櫻井と中西は在韓日本人女性信者に対する補足調査を実施した。現在、統一教会の多くの現役信者や元信者が自身の信仰や教団についての思いや見解をブログで公開しているが、私たちもたまたまそういう縁を通して本書で調査した在韓日本人女性信者とは全く関係のない人たちに接することができた。10名近くの方に話を伺う機会を得たが、本書の八章から一〇章にかけて記載された内容が自分たちの経験でもあることを述べてくれた。
統一教会の合同結婚によって渡韓した女性達は約7,000人といわれているが、①現在も堅固な信仰を維持している女性、②統一教会の地域教会には所属しているが信仰は失った女性、③統一教会と縁を切って家族生活を送る女性に分かれる。中西が本書で調査対象として話を聞いたのは①の女性達であり、その後の補足調査で接触できたのは②と③の類型に属する女性達である。本書でも論じたように、1992年の三万組国際合同結婚式以降では、韓国人男性が信仰を持っていないケースが多く、彼らは日本人女性との結婚を望んで統一教会の合同結婚式に参加した。結婚後に、妻の統一教会への献金はおろか、教会に日常通うことすら嫌がる夫もいる。外国人花嫁としての自分に期待されているのが、舅姑の世話であったり、子供を産む妻であったりという(日本では家父長制的と感じられるかもしれない)現実に、理想の結婚や家庭を夢見てきた女性達は冷めてしまう人が少なくない。夫には家族としての愛情はわくが、目の前の現実は厳しい。生活のための糧をいかにして得るのか、子供達の教育をどうするのか、家を買うのか借り続けるのか、日本人としての国籍を持っていた方が得か損か、夫の死後、自分の居場所は韓国や今の家庭にあるのかないのか、といった諸々の決断を迫られることが起きてくると、信仰だけでは乗り切れなくなる。その結果として、ますます統一教会への信仰によって厳しい現実を乗り越えようとする女性(①に多い)と、人間関係や社会関係を維持するために教会を活用する女性(②に多い)、自分達をこのような現実に放り込んでおきながらその後のフォローアップがないことに教団に愛想を尽かして縁を切った女性(③に多い)に分かれていくのである。
とはいえ、①②③の女性たちが反目しあっているわけではない。結婚後の生活環境(居住地、夫の性格や職業、親族関係、自身の再就職など)は自分で選択できないので、いわば運次第というところがある。そうであれば、状況に応じて様々な信仰の形や生活のやり方があっても仕方がない面がある。③の女性であっても①②の女性の心境や立場は理解できるのである。
筆者達にとって印象的であったのは、韓国に渡ることで統一教会がよくわかったという彼女たちの語りである。家族を犠牲にしても信仰一筋の生き方を尊いとする日本人の信仰と、家族の生活を第一にする韓国人の信仰。それは第一には、本書で分析した統一教会の摂理観や資金調達や宣教戦略に基づいて日本人の資金・労力を一方的に収奪する韓国統一教会の日本に対する方針によるものである。しかしながら、それ以上に家族に反対されたあげく、離婚・自己破産を余儀なくされるまで突き進む信仰や、自己犠牲を賞賛する日本の体質といったものの異常性が韓国に来て初めてわかったという。幹部教会員の夫でもそのような気持ちはないというのである。
もう一つの印象的な語りは、自分たちは韓国で生き続けるしかないし、そうするつもりだという覚悟である。話を伺った方全員に子供がおり、子供は韓国人として育っている。その意味は韓国語でものを考え、韓国で学歴を積み、仕事を得ていくだろうということである。もう時間を元に戻すことができないのであれば、この状況で生きていくしかないのだという。信仰とは別の次元で家族への愛情や一個の人間として生き抜く決意をした人たちの言葉だと重く受けとめた。しかしながら、みなが強く生きられるわけではない。
3 春川事件
2012年8月、生活苦を理由に韓国の江原道春川在住の日本人女性信者(当時52歳)が韓国人の夫(当時51歳)の首を締めて殺害するという事件が起こった。事件当初、この日本人女性については「1995年にある宗教団体の斡旋で国際結婚した」と報じられた。その生活ぶりだが、10年ほど前から夫は腎不全のために人工透析で月70万ウォン(約7万円弱)ほどかかるようになった。その上、夫の飲酒と暴力に苦しめられていた。日本人女性は警察で「これ以上の治療費に耐えられず、自分も生きていくのが苦しくて〔殺害〕した」と供述したという(『中央日報』日本語版8月21日)。
この事件について『週刊文春』(2012年12月6日号)は「統一教会「合同結婚式」の悲劇 ―日本人妻はなぜ韓国人夫を殺したのか」という見出しで詳細に報じている。それによると、彼女は1995年に36万組の合同結婚式に参加し、17年間韓国で暮らしていた。夫は無職で、基礎生活受給費約50万ウォン(約4万円)と、彼女が食堂や家政婦の仕事で一日12時間働いて得る50万ウォンで生活していた。子供はいなかった。
彼女は統一教会に何度も相談して窮状を訴えたが、十分な支援を受けることができず、数ヶ月前から教会には出て行かなくなっていた。事件後、統一教会が選任した弁護士の要請で精神鑑定を受け、軽度の適応障害と診断されたが、本人は治療を望まず、殺人罪で起訴された。11月9日に春川地裁で初公判があり、2013年1月29日に判決が出た。彼女が適応障害と長期持続性のうつ反応に起因する心身微弱状態で犯行に及んだとして情状酌量はされたが、検察の求刑7年を上回る懲役9年を言い渡された。彼女は1月31日に控訴したが、2月1日にそれを取り下げ、刑が確定した。この記事を書いた記者は裁判の傍聴に行ったが、法廷には4名の女性信者が傍聴するだけで、初公判のときも判決のときも彼女の家族らしき人の姿はなかったという。
本書の10章で取り上げたように在韓信者向けの月刊紙『本郷人』からは生活に困窮する韓日祝福家庭は少なくないことが窺われる。春川事件の背景は、韓日祝福で韓国に嫁いだ日本人女性信者たちにとって人ごとではないと認識されたのではないか。
統一教会は事件について一切のコメントをしていない。在韓日本人女性信者の苦境以上の関心事が統一教会にはある。それどころではなかったのが昨年以降の統一教会である。
4 文鮮明の死と体制の変化
2012年9月3日、文鮮明が韓国京畿道加平郡にある統一教会施設の清心国際病院で死去した。1920年に北朝鮮に属する平安北道定州郡で出生したので、享年92歳である。葬儀(聖和式)は9月15日に七男で統一教会世界会長を務める文亨進が葬儀委員長(喪主)になって行われ、三男は葬儀への出席を拒まれた。その意味は後に述べる。遺体は統一教会の聖地である清平に埋葬された。日本の信者には葬儀までに一人あたり12万円の「聖和特別献金」を持って3万人が弔問に行くようにとの指示がなされたという。
日本では「統一教会は信者の合同結婚式で知られるほか、不安をあおってつぼや印鑑などを買わせる「霊感商法」とのかかわりが指摘され、日本で大きな社会問題になった」(『朝日新聞』9月3日)。「韓国でも「洗脳教育をしている」などと批判を受ける一方、多くの企業を擁する「統一グループ」を形成し、事業を展開した(『読売新聞』9月3日)」と報道された。
文鮮明の死後、統一教会が抱える三つの問題が鮮明となった。①文鮮明が統一教会の資産を息子達に分割支配させた結果、覇を競った三男文顯進(1969年生まれ)、四男文國進(1970年生まれ)、七男文亨進(1979年生まれ)の争い、②文顯進と文國進の争いが教団幹部と統一教会関係組織を巻き込んだ法廷闘争、③真のお母様といわれる文鮮明の三番目の妻韓鶴子と清平修錬苑を統括する金孝南(韓鶴子の母親洪順愛は文鮮明の信者でかつ大母様と称されるが、その女性の霊媒であり、訓母様と称される)一族との密接な関係、である。この三つの問題は相互に関連している。
三男の文顯進は長男文孝進が薬物依存症で2008年に死亡したため、長兄の役割を果たすべく統一教会の学生組織である世界大学原理研究会(W-CARP)の会長として日本の学生組織および幹部達とも強いパイプを形成し、ワシントン・タイムズをはじめアメリカや海外の事業を引き継いだ。四男の文國進は文鮮明から韓国の統一教会維持財団傘下の企業グループの経営を任され、七男文亨進は夫妻に可愛がられ、世界統一教会会長として統一教会の継承者に指名された。
ここで二つの事件が起きる。一つは、ワシントン・タイムズの売却問題である。三男が2006年に統一教会世界財団を継承して新聞社の運営に携わったが、運営資金は日本に依存していた。これを日本の統一教会を実質的に指揮していた四男が2009年に送金を止めさせて、2010年に四男傘下の会社に売却させたとされる。もう一つは、ソウルの汝矣島にある統一教会所有地約一万四千坪に72階建てのオフィスビルとショッピングモールを建設しようとした計画である。2005年に三男が関わるディベロッパーが統一教会維持財団と99年間契約で地上権設定をし、銀行・投資家から資金をかき集めて2007年に着工したが、2010年に四男の維持財団側が地上権設定の無効を求めて訴訟を起こした。結果的に、2年以上工事がストップしたため、関連会社が契約不履行の請求を三男のディベロッパーになし、このディベロッパーが維持財団に対して50億円相当の損害賠償を請求し、高裁まで勝訴した。双方とも妥協しないので、最高裁の決定が出るまで多額の裁判費用が発生し、損害賠償とその遅延金が、兄弟のどちらかと工事会社に支払われることになる。
文鮮明の妻の韓鶴子は、文鮮明の死後、世界平和統一家庭連合の総裁職を継いだ後、突然、四男の維持財団理事長の解任と七男の世界統一教会会長職の解任(アメリカ統一教会総会長を命じられるが、この職務も理事会により解任される)を命じた。その背景には、兄弟同士の争いをやめさせたいという意図よりも、韓鶴子と金孝南の関係があったといわれる。この女性は一信者でありながら、清平修錬苑及び関連施設を管理することを任されており、1995年以降、先祖解怨式・役事・病気治しをセットにした修錬会を行い、多数の日本人信者から献金を受けてきた。その献金を統一教会維持財団にそのまま納付せず、金孝南ファミリーが巨万の蓄財を図ったという疑惑があり、修錬苑に監査を要求した文鮮明の子供達と、金孝南および自分の母親の霊媒をこよなく愛する韓鶴子との対立に発展したという推測がなされている。
統一教会内における文鮮明ファミリーや幹部家族の複雑な人間関係、それと連動した多数の関係組織間の葛藤、それに翻弄される日本統一教会の情勢は、一部の現役信者が提供する(あるいは意図的な戦略かもしれない)情報や統一教会ウォッチャーの推測からだけでは十分に把握することはできない。それにもかかわらず、日本の統一教会組織が、文鮮明ファミリーや韓国の幹部たちから完全に蚊帳の外に置かれ、資金提供者としてのみ有効に活用されている事実だけは鮮明に浮かび上がる。
このような教団組織が今後も成長するかどうかは疑問なしとしないが、日本の統一教会信者が日々新規の信者獲得に向けた勧誘活動を行い、市民や信者から多額の献金を集める様々な摂理の工夫を重ねていることもまた確かなこととして警戒すべきであろう。
註
(1) 『中外日報』(「統一教会合同結婚過程調査報告」3月25日、「日本と韓国で問題認識に落差」5月1日)、『仏教タイムス』(「霊感商法、宣教戦略、渡韓女性 日韓の活動克明に調査」6月10日)、『読売新聞』(5月16日付で片山杜秀(音楽評論家、日本思想史研究者)による「統一教会「日本に根をはる理由」」)、『週刊読書人』(六月四日付けで島薗進(東京大学教授)が「研究の質を格段に高める歴史的意義のある書物」)、『消費者法ニュース』(84号、2010年7月、346-348頁に櫻井による自著紹介「『統一教会―日本宣教の戦略と韓日祝福』を出版して」。学会誌による書評も『宗教研究』84巻2号、2010年、415-421頁(藤田庄市)、『社会学評論』61巻4号、2011年、509-510頁(渡邊太)、『宗教と社会』17号、2011年、78-84頁(塚田穂高)、『現代社会学研究』24号、2011年、127-130頁(猪瀬優理)。新刊紹介は『北海道新聞』(5月9日)、『神奈川新聞』(5月16日)、『信濃毎日新聞』、『しんぶん赤旗』(5月11日)、『新宗教新聞』(4月25日)、『クリスチャン新聞』(6月20日付)、週刊誌『アエラ』(4月19日号)、『週刊ポスト』(6月4日号)、『宗教と現代がわかる本2011』(平凡社、2011年)など複数あった。
(2) 本訴訟の判決についての論評は、櫻井義秀「カルト問題と公共性-報道と裁判」(『消費者法ニュース』94号、2013年1月、136-139頁)参照。