【四刷重版出来記念企画第二弾】櫻井義秀・中西尋子『統一教会 日本宣教の戦略と韓日祝福』第四刷まえがき 「安倍元首相銃撃事件と統一教会への対応をめぐる一考察」全文公開:第2回(全3回)
櫻井義秀・中西尋子『統一教会 日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の2022年8月重版時に加筆された「まえがき(第四刷)安倍元首相銃撃事件と統一教会への対応をめぐる一考察」を全文公開いたします。
3 被害者家族の苦難と二世信者の困難
山上容疑者の家族は典型的な統一教会による被害者家族である。もちろん、母親は現在も教会員であると統一教会側から発表されており、本人の意思で献金したと統一教会が記者会見で述べている(朝日新聞7月19日付)。統一教会信者が姓名判断などで自宅を訪問し、母親の家庭内の悩みなどを聞き出し、各種セミナーや集まりに誘い出す中で「壮婦」信者として教化していったことは想像に難くない。その結果として、伯父の話にあるように子ども達を残して清平の修練会に1ヶ月以上も出かけ、また、資産の相当額を献金することで自己破産に追い込まれたのである。母親にとって頼れるところは統一教会であり、献金や修練会への3加で先祖や夫の霊を解怨し、「壮婦」信者として一般市民に布教していくことに充実感を得たこともあったかもしれない。しかし、山上容疑者を含む子ども達の教育資金や子ども達の面倒を見る時間まで統一教会に捧げた結果、残念ながら子ども達はまさしく不本意な人生に変えられたのである。
事件後、統一教会の二世信者が話題となった。二世信者とは、近年日本で使われるようになった言葉である。主としてエホバの証人信者の子どもが、特殊な環境で育てられた自分たちの人生を振り替える著書が数冊出たことが契機となったが、NHKが「二世信者」「宗教二世」という番組を制作したハートネットTV「“神様の子”と呼ばれて〜宗教二世迷いながら生きる〜」2021年2月9日、逆転人生「宗教二世親に束縛された人生からの脱出」2021年5月10日)。
今回も、統一教会の問題を報道番組で扱う際に統一教会の二世信者が直面している困難から容疑者の経済的・精神的苦悩を探ろうという企画が目に付いた。筆者が出演したABEMAテレビ(7月12日)や日本テレビの報道番組(ひるおび7月15日)でもこの構成であった。
しかしながら、山上容疑者は統一教会の信仰者ではないので二世信者ではない。統一教会の場合、教義に従い合同結婚式に参加して祝福を受けた真の家庭の夫婦は原罪のない子どもを授かることができると言われている。それに対して結婚後に統一教会に入信した壮年壮婦信者が、子ども達に信仰を持たせた場合、統一教会特有の言葉で「ヤコブ」と呼ばれるワンランク下の二世信者となる。統一教会の二世信者達は親たちと同様に合同結婚式で信者同士の祝福を受けることが期待されているが、教団幹部の子弟たちの層、原罪のない子ども達の層、ヤコブの層には壁があり、交差的な祝福には親たちが抵抗感を持つと言われる。
いわゆる二世信者において親たちが教会に一切合切献金して困窮を強いられているのは、日本人の一般信者家庭である。幹部家庭では二世信者も将来を嘱望されているので子ども達は日本の大学や場合によっては韓国の鮮文大学という統一教会立の大学に進学する。そして、最も悲惨であるのはヤコブに子ども達を教化することができず、自分だけで信仰の証を立てなくてはいけない壮婦信者の家庭である。捧げ尽くす人生を自らに課すことで自己破産してしまうケースは珍しくなく、本書でも事例を解説している。まさしく山上容疑者の家族がその例であった。
私が統一教会の調査研究を始めた30年前、統一教会信者は明らかに自らの意思であるいは正体を隠した勧誘による信者となった一世信者のケースが大半だった。しかし、十数年前から二世信者が大学に進学するようになり、統一教会の学生組織である原理研究会や地区教会においても二世信者たちが組織の中核をなしていくことが報告されている。私も二世信者である学生達と話したことがあるが、親元から離れることで高校生までの熱烈な信仰が冷めてしまい、大学の勉強やサークル、バイト、友人関係のなかで新しい生き方を模索していく学生が大半だった。二世信者は当然のことながら自分の意思で回心したわけでも信仰的な生き方を選択したわけでもない。当該宗教を家族の宗教文化として育ってきたのである。その中だけで違和感を持たずに育ち成人すれば、統一教会を担う二世信者となろう。しかし、少なくない若者が親たちの生き方とは別に自分の生き方を探そうとしている。そのために、奨学金を借り、バイトだけで自活している学生も少なくない。私はそうした学生にいつでも相談に来てほしいと話しているが、同時に自分の人生は自分で切り開くしかないのだということも話してきた。
二世信者の問題は統一教会のような特定教団に固有の問題であり、NHKがフォーカスをした「宗教二世」という切り口では問題が不鮮明となろう。世界の宗教人口の大半が親から地域から宗教文化を受け継ぐ宗教二世であり、日本の神職や住職も8割方そうといってよい。二世信者問題は、こうした宗教文化の継承に関わる一般的な問題ではないのである。特定教団の宗教二世の問題には、虐待やネグレクトを含むDVや扶養の責任放棄といった問題があり、これらは児童虐待や子どもの貧困化のひとつの類型として公的支援が必要かつ可能なのではないだろうか。
親ガチャという言い方が近年広まっているが、被害者家族や「宗教二世」の問題でもそのような言い方が可能かもしれない。しかし、彼・彼女たちには無力感を持たないで欲しいと思っている。私たちは自分が生まれ落ちる国や時代、社会階層や家庭を選択することはできない。条件が不利であっても自分で切り開ける余地はあるし、世の多くの人達はそのようにして生きてきたし、これからもそうせざるを得ない。そうした人たちを支援するのが宗教文化や宗教団体の役割だったのだが、残念ながらそうではない宗教団体がある。しかも、社会問題化する教団であっても関係を維持したい政治家がいることも事実なのである。
4 統一教会と自民党
統一教会の実態の理解しにくさは、2015年に世界平和統一家庭連合に改称したところにも現れているように本体が宗教団体なのか、国際勝共連合に始まって今回問題となった天宙平和連合や世界平和女性連合のような国際連合NGOを含む政治団体なのか、あるいは日本で霊感商法を実施したハッピーワールドをはじめとする多くの企業からなるコングロマリット(韓国では財閥系企業体)なのかがわかりにくいということにある。統一教会は別組織であるとか友好団体であるとか述べるが、宗教組織と政治組織のトップが同じであり、経済組織も含めて幹部が人事交流しているところからも一体のものとみなして差し支えはない。ここでは自民党との関連を少しだけ歴史的にたどり、現在の自民党政権へ接続しておきたい。
統一教会は日本の右派政治家や笹川良一のようなフィクサーたちと初期から関係を持った。統一教会の日本宣教を開始した韓国人の崔奉春は密入国のために数度警察に連行・拘留を受けたが、崔奉春の釈放と在留資格の取得に尽力したのが笹川良一である。また、統一教会は本部を1964年に世田谷区代沢から渋谷区南平台町に移転するが、ここには岸信介の私邸があった。当時の日本は韓国や台湾と共に冷戦体制の真っただ中にあり、保守派の政治家は国内の学生運動や労働運動を抑えて共産化を防ぐ手立てに苦慮していた。韓国の朴正煕政権は統一教会とその別働隊である勝共連合を反共宣伝活動に使い、統一教会もまた政権庇護のもと勢力を拡大していたのであり、日本でも同様な組織の有効活用が検討されたのである。
笹川と岸は1967年7月に山中湖畔の笹川私邸で文鮮明と会合を持ち、翌年1月に韓国で国際勝共連合が発足し、同年4月に日本の国際勝共連合が発足した。会長は統一教会会長である久保木修己、名誉会長は笹川良一、顧問団には玉置和郎他自民党政治家が名を連ねた。国際勝共連合は、アジアの共産主義化を防ぐ手立てとして、①1970年の世界反共連盟会議、②1975年のアジア反共連盟大会、③1979年からスパイ防止法制定促進国民会議を日本で展開した(櫻井2020:154-165)。
久保木たちは自民党議員を中心に「勝共推進議員」を増やし、大会にも動員した。1980年代から90年代にかけての保守系議員への食い込み方としては、統一教会の若手信者を選挙の運動員や私設秘書として無償で派遣するのが一般的であった。統一教会員自身が政界に出馬した例としては、1986年、1990年、1993年と3回の衆議院総選挙で落選した阿部令子がいる。阿部は自民党の渡辺美智雄の秘書となり、1990年には自民党の公認を得ている。政策秘書となる前は、名古屋地区の高等学校原理研究会の責任者、全国大学原理研究会経済隊において霊能者役で霊感商品を販売していた経歴がある(有田1990:144-151)。
この時期、統一教会は霊感商法によって多額の資金調達に成功し、統一教会は国際勝共連合による右派政治家のロビィング活動や文鮮明のファミリー・ビジネスを支えていたのである。文鮮明は1981年に佐賀県の東松浦半島(唐津市)から壱岐、対馬を経て釜山へ至る全長220キロメートルの日韓トンネルの構想をうちあげ、地質学者や議員などからなる研究会や国際ハイウェイ財団を設立し、ここにも自民党議員が名を連ねた。
ところが、1989年にベルリンの壁が崩壊して東西冷戦体制が崩れ、文鮮明が1991年に北朝鮮の金日成を電撃訪問して金剛山開発に資金援助の約束をして戻ってきた。共産主義打倒といった理念は消え失せ、はしごを外された初代の日本統一教会の会長であり国際勝共連合を率いてきた久保木は傷心のうちに死去した。
2000年代以降の活動は国際勝共連合独自の活動というよりも、右派的政治運動として日本会議他の運動に協賛するような「ジェンダーフリー」反対キャンペーンや、スパイ防止法から特定秘密保護法の制定に向けた運動に関わることになる。原理研究会の大学生を動員した「ユナイト」は、2015、16年に国会議事堂前で反安保法制、反原発などデモを実施した「自由と民主主義のための学生緊急行動(SEALDs)」へ対抗すべく組織された学生団体である。こうして、現在の自民党政権の保守派の政治家たち、すなわち清和会の議員達と統一教会の関係が維持されてきたのである(有田「旧統一教会をめぐる報道の“空白の30年”に有田芳生議員が危機感」ABEMAプライムニュース7月16日付)。
しかしながら、自民党と統一教会との関係はイデオロギーや心情を共にした盟友というよりも、互いに相手を利用し合った戦略的互恵関係という方がよいだろう。反共活動という最大の目標が失われて以降、日本の植民地支配に対する恨(ハン)を信念とするコリアン・ナショナリズムの統一教会と神道政治連盟や日本会議などに結集する清和会の日本主義が野合する必然性はない。保守的な家庭・地域・民族など共同性を重視する価値観が共有されている程度であり、あとは自民党政治家が統一教会のマンパワーを活用し、他方で統一教会は自民党政治家の看板によって自治体のイベントに食い込んだり、国会で統一教会の諸活動批判を封じるなどの恩恵を受けて関係を継続したのである。安倍元首相による統一教会関連団体への祝辞やメッセージはその類いである。
安倍元首相や清和会の政治家はお付き合い程度という認識だったかもしれない。統一教会系のイベント開催やメディア露出についてはその都度批判が寄せられてきた。前述の関連団体に対する祝辞や挨拶に加えて、たとえば、山谷えり子氏(参議院議員で国家公安委員長歴任)他自民党の国会議員が統一教会関連団体の『世界日報』において選択的夫婦別姓制度の導入をめぐる問題で反対の談話を寄せていた(しんぶん赤旗2014年11月9日付)。
しかしながら、こうした野放図な関係は途方もないリスクをはらむものとなった。山上容疑者によるテロである。私は山上容疑者による私憤という当初の報道に対して、安倍元首相という大看板を利用して統一教会問題を最大限にアピールしようという容疑者の意思を感じていたが、それは山上容疑者が犯行前に送付した手紙によって裏付けられることになった。
容疑者は、統一教会を批判するブログを実名で運営している男性宛に匿名で手紙を寄せていた。そのなかで安倍氏について「本来の敵ではないのです」「最も影響力のある統一教会シンパの1人に過ぎません」と記述する一方、「安倍(元首相)の死がもたらす政治的意味、結果、最早(もはや)それを考える余裕は私にはありません」と殺害を示唆していたという(読売新聞デジタル7月17日付)。