アメリカ人相手の交渉カード
講演の依頼を頂いたが、会社からなかなか許可が下りない。
講演は休日の日曜日なので問題はないはずである。
総務部に尋ねると、米国支社から赴任中の財務担当であるアメリカ人役員の許可が下りないと言う。
私が直接、交渉することになったが、アメリカ人相手の交渉は初めてだった。
新入社員時代の先輩の言葉が蘇った。
「アメリカ人を相手に物事を交渉する時は『夢・家族・母親』の順でカードを切れ」。
素直にその言葉に従った。
まず一枚目のカードは『夢』。
「講演をすることは私の『夢』です」、
「No!」。 駄目か…。
続いて二枚目のカードは『家族』。
「『家族』は、私が講演するのを喜んで、妻も子供も協力してくれています」、
「…no」。 ん?風向きが変わったか…。
最後の三枚目のカードは『母』。
「分かりました。講演は諦めますので、出来の悪かった息子の晴れ姿を、とても楽しみにしていた『母』に講演は許可できないと、あなたが今ここから電話をしてください」、
「Pardon?」。 …あれっ?
奴は、私に母との思い出を尋ねてきた。
状況が変わった。
私はここぞとばかりに、自分の素行や成績が悪いせいで、頻繁に母が学校に呼び出され何時も迷惑や心配をかけていたことを話すと奴はうっすらと涙を浮かべた。
私はそれを見て、こいつはチョロい奴だと思った。
奴は何度も頷きながら言った。
「OK」。
よし、これで一件落着、
…ではなかった。
私が役員室から意気揚々と出ようとする際奴は流暢な日本語で言った。
「講演料は全額会社に入れろよ。講演は、君の『夢』なんだろ? まさか、お金目的じゃあ無いよな」。
「…ぉふ こ~す」、
さすが財務担当役員。
奴の方が一枚上手だった。
<了>