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内緒にした異名

 今から二十二年前、私は所用のため大阪から米子へ高速バスで行くことになりました。

 伯備線の特急やくも381系は、揺れて酔いやすく「ぐったりやくも」の異名があったので避けました。

 同じ所用先に行く先輩は、新幹線とやくもを利用すると言う。

 さらに「俺はバスでは行かない」と偉そうに放言したので、コイツ揺れることを知らないなと思いました。

 すると今度は「先着するなら駅で待っていろ」と命じてきたので、異名のことは内緒にしました。

 その日の夕刻、米子駅で待っていると、彼は青い顔をして疲労困憊で改札から出てきました。

 待合室のベンチに座り込んで開口一番「えらい目にあった」。

 「どうしたんですか」と白々しく聞きました。

 「すごい揺れた」、「振り子式車両で『ぐったりやくも』と言われてますからね」。

 彼は言い返す元気もなく、ぐったりと頭を垂れて暫く動けませんでした。

 翌日の朝早く、彼は私に隠れて高速バスの帰りの乗車券を購入していました。

                 <了>