最初で最後の巻頭言
「巻頭言をお願いできますか?」。
時折、私に原稿を依頼してくれる旧知の専門雑誌の編集者からの電話だった。
私は耳を疑った。
「巻頭言」は、大学や研究所の高名な先生方が書かれるものであって、市井の者である私にとっては望外のもの。
それを執筆できるチャンスが何故か来た。
「締め切りは1週間後です」。
編集者のその一言で謎が解けた。
巻頭言を依頼していた高名な先生の原稿が落ちかけているのだ。
その苦肉の策として、原稿の提出期限を厳守する私に白羽の矢が立ったに違いない。
この際、代役でも何でも構わない。
これは最初で最後のチャンスだ。
一も二もなく引き受けた。
文章は二日で完成した。
一緒に掲載される顔写真は、近所の写真館のオヤジに「奇跡の一枚を撮って下さい」と懇願した。
平身低頭してお願いした甲斐があって、本当に『奇跡の一枚』を撮ってくれた。
三日目に完成し提出した原稿は、専門雑誌に後日、無事掲載された。
結局、巻頭言はこの一度きりだった。
しかし、顔写真とともに自分の文が掲載された専門雑誌を目にした時の幸福感は、退隠した今でも私の大切な宝物である。
<了>