今回は、練馬区光が丘にあるきくかわクリニック院長でもあり、東京医科大学老年内科にもご所属の菊川昌幸先生から、「認知症とは、特にアルツハイマー病について」とのタイトルでご講演いただきました。
1. 平均寿命と健康寿命
認知症についてお話しさせていただく前に、2つの寿命についてご紹介します。
平均寿命と健康寿命ですが、この2つの寿命には男女ともに10年近い開きがあります。私たち老年内科医は、いかに健康寿命を平均寿命に近づけて上げるか、ということを意識して、診療をしています。
ではそのために何をすれば良いのか。
健康を損なう原因、生活障害をきたし、要介護となる原因として、脳血管障害、認知症、骨折の3つが大きく影響しています。この3つを重点的に治療していくことが、とても重要になってきます。
2, 超高齢社会と認知症の急増
現在の日本では25%以上が65歳以上であり、世界一の高齢化社会、長寿国家です。これが2050年には35%、つまり三人に1人が65歳以上という、人類が今まで経験したことのない高齢化社会に突入します。
今から10年前ですが、認知症の方は460万人程度いるのではないかと考えられていました。その当時、軽度認知症の方が400万人くらいおられ、その半分くらいの方がその後認知症を発症したと考えると、現在はおよそ600万人近い認知症の方がおられるのではないかと推定されます。
認知症は、75歳を過ぎると指数関数的に激増します。80歳を超えると、半分くらいの方が認知症を発症しておられますので、高齢者によくあるコモンな(身近な)疾患であると言えます。認知症の原因として、アルツハイマー型認知症が7割、そのほか脳血管型、レビー小体型とつづき、この3つが認知症のメインとなるタイプになります。
3. 認知症について
認知症と加齢に伴う物忘れと何が違うのでしょうか?
基本的に老化に伴う物忘れは、生活に支障がないことが大前提です。しかし認知症に伴う物忘れは、生活障害が出てきます。
また物忘れであれば部分的に忘れることが多く、ヒントをあげると思い出せることが多いのですが、認知症の場合は、出来事そのものを思い出せなくなり、いくらヒントをあげても思い出せなくなります。
認知症の7割が、アルツハイマー型認知症です。ただアルツハイマー型以外にも認知症の原因はあり、正しく診断し、適切な薬を使用することで、治療できたり、病状の進行を遅らせたりすることもできます。また病状の見通しが立ち、介護環境を整備しやすくなります。
4. アルツハイマー型認知症
アルツハイマー型認知症は、高齢者にはとても身近な病気です。その進行は年単位で、緩徐であることが特徴です。また徘徊や興奮など、激しい症状がみられる人が多くおられます。なおこの激しい症状は、周囲の対応次第で良くなりますので、介護者への指導が大切になってきます。
アルツハイマー型認知症の方の脳のMRI画像を健常者と比べると、海馬と呼ばれる部位の萎縮を中心に、脳全体に萎縮が起こっています。
病理としては、アミロイド(いわゆるシミ)が沈着することが特徴です。海馬や側頭葉を中心に神経原繊維変化リン酸化が起こり、その後最終的には神経細胞が死滅し、病気を発症しています。
80歳でアルツハイマー型認知症を発症する場合、30年前である50歳くらいからアミロイドの蓄積が始まります。その後、かなり長い時間をかけて病理変化が起こっています。
例えばアルツハイマー型認知症を発症した画家の自画像を見ると、年を経るにつれてしっかりと書けなくなっていきます。時計の描画テストも同じです。
生活障害には、物忘れ、同じことを繰り返す、置き忘れ、日付がわからない、ということが起こります。そのほかにもリモコンが使えない、ガスが使えない、薬を飲み忘れや飲み間違えが増えるなどが生じます。
簡単に物忘れと認知症を区別するため、1分間動物スクリーニング法が有用であることがわかりました。動物の名前をできるだけ多くあげてもらいます。1分間で13個以上言えると健康だと言えますが、それ未満だと認知症の可能性が高くなります。
もっと簡単に区別する方法は、最近のニュースについて聞いてみることです。通常最低でもひとつはあげられるものです。これが認知症だと全くあげられなくなります。「歳なのでテレビや新聞を見ないのでわからない」という反応もありますが、これは認知症によくある話を合わせてくる「取り繕い」である可能性があります。
Mini-mental state examination(MMSE)は、世界中で行われている認知症のテストですが、23点以下だと認知症の可能性が高くなります。
5. アルツハイマー型認知症の治療と対応
アルツハイマー型認知症では、なかなか治癒を目指すことは難しいです。もちろん新しいタイプの薬である抗体医薬が出てきてはいますが、まだまだその効果は定かではありません。
やはりまだ、進行を遅らせる治療が中心となっています。
では、治療において何を目指すのか、ということですが、今の生活が長くできるように、自宅で長く生活できるようにすること、介護する方の負担ができるだけ起こらないようにすることが、現状における目標になります。
薬剤としては、コリンエステラーゼ阻害薬であるアリセプト、レミニール、そして貼付剤であるイクセロン、またNDMA受容体阻害薬であるメマリーという4つが出ています。
非薬物療法としては、デイサービスが重要です。最近、認知症の方の筋力維持が、イコール認知機能の維持とパラレルであるということがわかっています。また人とのコミュニーケーションも重要です。
私たちが行った研究ですが、デイサービスに行っている人と行っていない人では、認知機能の進行に差はありませんでした。しかしサービスに行っている人のうち、楽しく参加できているかどうかを比較すると、楽しんでいる人の方が、有意に認知機能の悪化が遅くなっていました。つまりデイサービスなどでは、できるだけ楽しくなるような工夫をすることが、とても大切になってきます。
また家族に対しては、本人ができることはさせてあげる、例え上手にできなくても、また動きが遅くても、できることを手伝いながらでもさせてあげる、そしてできないことを補うことを意識するようにお伝えしています。またプライドを傷つけるような質問はしないこと。本人を試すような質問はしてはいけません。
また認知症の方は、感情がとても豊かになられ、普段置かれている環境や雰囲気の影響を強く受けます。いつも周りから怒られていると萎縮してしまいますし、穏やかな環境にいると穏やかになられます。
最後に、家族が病気について理解することが重要です、そしてサポートをしてあげることです。医療、介護、行政福祉が一緒になって、患者さんを支えていくことが大切になってきます。
6. 認知症の予防について
アルツハイマー型認知症は、長年の生活習慣病の上に成り立っています。高血圧や脂質異常症を放置していると、血管老化が起こり、アルツハイマー型認知症に至ります。生活習慣病の数が増えるほど、アルツハイマー型認知症を発症する危険性は高まることがわかっています。したがって生活習慣病を治療すること、放置しないことが予防につながります。
人と接することや知的活動の習慣も予防につながります。例えばダンスをする、頭を使うチェスや将棋などが予防につながります。また筋力を保つ運動も重要です。
魚に含まれるEPAもいい栄養素です。これは生魚の方が良いでしょう。
ワインは無理に勧めるものではないですが、週に1杯程度が良いと考えられています。
65歳以上で毎日40分くらいのウォーキングや運動をしている人では、がんや認知症を発症するリスクが減ったという報告もあります。
日々の生活を健康的に過ごすこと、これが認知症予防に重要なことだと言えるでしょう。
7. 質疑応答
今回は非常にたくさんのご質問をいただき、みなさまの関心の高さや日々のケアでお困りの点が多いことが見受けられました。今回の在宅医療研究会オンラインが皆様の活動に少しでも貢献できればうれしいです。時間の都合上、すべてのご質問について取り上げることができなかったので、ぜひ続編などを検討していきたいと思います。菊川先生、ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました。
今後の予定につきましては下記リンクよりご確認ください。
医療職・介護職・福祉職の方であればどなたでもご参加いただけます。