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【第5話】 ファシリテーターとの出会い④
「今回の園内研修の目的は職員間の相互理解を促進することです」
順子はそれを聞いて呆れてしまった。保育をより良くしていくことが目的の研修であれば、自分も文句はなかった。しかし、いまさら職員同士がお互いに知り合って何になるのだ。
「こちらをご覧ください。ヒアリングの結果をまとめたものです」
栗田は、順子と油井園長にA3サイズの表を渡した。そこには「職員が感じている園の良さや魅力」と、「職員が感じている園の課題」の二つの項目があり、表としてまとめられていた。
順子と油井園長は、「良さや魅力」が「園の課題」と同じくらいの量があることで安心した。しかし、やはり気になるのは「園の課題」の方である。
栗田は、「良さや魅力」と「園の課題」について一つずつ丁寧に説明を始めた。
「園の課題」に関しては、保育の方向性が共有さていない、職員間で情報共有ができていない、など、ある程度二人が予想していた通りの課題が出てきていた。
しかし、「良さや魅力」に、職員間の人間関係が良いという内容があったことに、順子は驚きを隠せなかった。
自分がやってきたことは、まったくの無駄ではなかったのだ。
それならどうして、栗田は園内研修の目的を職員間の相互理解にしようとしているのだろうか。
その謎について、栗田はゆっくりと語り出した。
「良さや魅力に、『職員間の人間関係が良い』とありますね。ところが、『園の課題』には、保育の方向性が共有されていない、職員間で情報共有ができていない、という内容があります。つまり、言い換えると、表面上は人間関係のトラブルはないが、より良い保育のために腹を割って話すことはできていないということになります」
二人は黙って栗田の話を促す。
「より良い保育のためには、職員間に互いに切磋琢磨する関係が必要です。切磋琢磨する関係とは、立場関係なく思ったことを率直に伝え合うことができる関係性です。そのような関係性を目指した最初の一歩として、参加・対話型の園内研修を行いたいと思います。いかがでしょうか?」
栗田からの提案は、整理されたヒアリング内容からも理にかなっている。とにかく試しに一度任せてみるのもいいかもしれない。ダメもとでやらせてみよう、と順子は考えていた。
しかし、さくら保育園では、参加・対話型の会議や園内研修を行ったことがなかった。月1回行われる職員会議では、各クラスからの情報共有に9割の時間を割いている。そして残りの1割は、油井園長と主任である順子からの話である。会議の最後に、二人が日常の保育や仕事において気になっていることを伝える、という流れができていた。そのような会議の流れは、順子が園に入職する前からあったので、特に疑問も感じずにいた。
また、園内研修は年に2回、外部の講師を招いて講演を聞くという形で以前は行っていた。しかし、オンラインの研修が増えたため、職員に参加希望をとって参加してもらっていた。そして、研修レポートを提出し回覧するという形が新しい当たり前として定着していた。
参加・対話型の研修をほとんど経験したことのない園長と順子は、職員がどのような反応をするのか不安になった。それは、いつも会議で積極的に発言することのない職員の姿が脳裏をよぎったからである。発言を促してもうつむいてしまう。二人には職員が、自分の考えや保育への思いなどほとんど持っていないように感じられていた。
最後に栗田は二人に聞いた。
「それで、今回の研修にはお二人は参加されますか?それとも後ろの方で見学されますか?」
二人は迷わず答えた。
「後ろで見ています」
園内研修は、来月の金曜日18時から実施されることになった。
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