第24回 「倉橋惣三に学ぶ|個の時間割」
『幼稚園真諦|倉橋惣三 著』
読むたびにあふれる気づきや学びを書き留めていきたいと思います。
この本は、昭和8年(1933年)夏の
「日本幼稚園協会保育講習会における講演の筆記」となっています。
実践からきている内容であることを踏まえると、およそ100年前の状況を見ることができると言えるのですが、知らずに読んだとしたら、現代に書かれたものだと思うほどに時を越えて響く内容です。
第24回は、
ダルトンプラン(ドルトンプラン)が
登場します。
第3編-4「個の時間割」
第2編で倉橋は、「時間割は保育案ではない」と話していました。(このマガジンでは第12回の内容です)
しかし、ここでは時間割自体は意義のあるものだとも言っています。
それはクラスの動きを時間で決めているのは理由があるからだと。
…皮肉を言えば、あれが日々の保育の実際に一番面倒のないやり方でしょう。
もう少し正面から解釈すれば、そうすることによって、教育が不均等にならないことも得られるでしょう。(P115)
これまでの話を踏まえると、これはどういうことになるのかが展開されていきます。
ダルトンプランでは、生徒各自が自分の時間割を作って持っています。(P115)
当時も現代と同じように一斉に同じ教育を与えたり詰め込むような教育への問題意識から様々な動きがありましたが、このダルトンプラン(以下、ドルトンプラン)の登場もそのひとつのようです。全員同じ教育=均等な教育という価値観から、学習者中心である個々に合った学び=皆同じ教育を受けていると認めるといった価値観のシフトとなっていたことが見えてきます。
そして、現代までのおよそ100年の間に退行するような動きをしてきて、学習者中心から離れる価値観がより一層強固になった現場も多くありますが、時代の変化とともに、100年前に目指した方向に進む力がここ10年でグッと高まってきています。
ドルトンプランとは、1908年、アメリカのヘレン・パーカースト女史が提案した教育法です。パーカースト女史は当時の学校教育の弊害に対する試みとして、一人ひとりの能力、要求に応じて学習課題と場所を選び、自主的に学習を進めることのできる「ドルトン実験室案(Dalton Laboratory Plan)」を提唱しました。(下記リンクより引用)
倉橋の話に戻ります。
ただ、これは中等学校では実現できるものの、幼児はそこまでの自己選定がまだできないため、幼稚園では、クラスの時間割が便利だと思われていると。
しかし、前回の話で、個からグループへと話していたように、” 幼児一人ひとりの自由感を大切にし、個の生活から始まっているのであれば、個からグループへといくのが自然の流れ ”という点を踏まえると、個の時間割を丹念に書きとめていくほかないと倉橋は話します。
加えて、出席簿とは、統計、調査のためだけのものではないと。
先生方が与えようとなさる教育が、果たして与えられているかどうかを心覚えするためにつけているのです。(P116)
しかし、出席簿は1日が単位になるため、教育効果などは測れない。
このあとに続く、倉橋の話からは、いろいろなことが盛り込まれている幼児一人ひとりの生活を記録していくことによって、適切なアプローチが可能となるというメッセージだと私は受け取りました。
そして、日々、子どもたちが帰ったあとに、” その一日の自分のした保育が、実際に子供によってどう行われたか、子供たちがどう生活してくれたか ” を振り返ることが大切だが、それをするためにも個々の時間割や記録が必要になってくると言います。
個性に即する教育といった心理心象的なことは、すでに多くの方が考慮しておいでになるが、もっと実際に個別的生活を明らかにすることは(大ざっぱな見通しでなく)、もっと研究されなくてはならぬことと思うのであります。(P117)
おわりに
おそらく保育に関わる多くの方が、100年前の懐かしい未来へと進もうとしているのではないかと思う内容が、最近のSNS等では散見されている。
それは、100年前より絶え間なく繰り返されてきた気づきであり、学びであり、対話であるように思える。一見新鮮に感じ、「新しい」と表現する方もいるが、長い間研究が重ねられてきた内容なのである。
こう言ってしまうと、現場が変わっていないじゃないか、むしろ逆の方向に向かってきた現場があるのはなぜだ?という声も聞こえてきそうだ。
そうなるべくした社会の変化や現場の背景がある。
一方でそれほどまでに時間の要するテーマに私たちは取り組んでいるとも言えるが、本来、保育が目指す方向が、時代の変化に求められいてるように感じている。
保育界も大きな変化へ向けたうねりがここ数年で大きくなってきている。
そして、「今」を大切にすることが、次の100年をつくっていくのだろう。
私たちにできることは、いつだって目の前の子どもと共に歩み、育ち合っていくことだ。
弛まぬ努力と戦略的な休息で、保育者としての自分を磨き続けたいものである。
ー第25回に続くー
倉橋 惣三|くらはし そうぞう
1882年(明治15年) - 1955年(昭和30年)
静岡で生まれ小学生のときに上京。
フレーベルに影響を受け、日本の保育や幼児教育の礎を築いた人物。
日本での“幼児教育の父”、“日本のフレーベル”と呼ばれている。
食べることが好きで、幼稚園真諦の本文中に出てくる例えでは、「食事」が用いられることが多い。
享年72歳。
[参考文献]
・倉橋惣三 「幼稚園真諦」(フレーベル館・1976年初版発行)
[参考にした記事]
ドルトンプランとは?|ドルトン東京学園 中等部・高等部
【ドルトンプラン教育とは?】特徴から実践している学校まで徹底解説