見出し画像

イマジナリーフレンドと、イマジナリーフレンドを「作る人」との関わりについて



1.イマジナリーフレンドについて

 

 イマジナリーフレンド(Imaginary friend)という言葉がある。イマジナリーコンパニオン (Imaginary companion)とも呼ばれており、そちらのほうが学術的に使われる名称であるようだ。
 それは「想像上の仲間」とも呼ばれ、目に見えない友人とでもいうべき存在だ。主に子どもの元に現れ、実体はない。そして、その多くが名前をもっている。容姿や職業などが決まっているケースもあれば、会話する声のみの存在のケースもある。

 Svendsen(1934)が定義した内容は、以下のような文章になる。

想像上の仲間とは「目に見えない人物で、名前がつけられ、他者との会話の中で話題となり、一定期間(少なくとも数ヶ月期間)直接に遊ばれ、子どもにとっては実在しているかのような感じがあるが、目に見える客観的な基礎を持たない。物体を擬人化したり、自分自身が他者を演じて遊ぶ想像遊びは除外する」という定義をあげている。

(出典:子どもにとって「想像上の仲間」がもつ発達心理学的意義
- 6つの文学作品をめぐって -|山岸 明子|2017)

 ざっくり言えば、目に見えないが本人にとっては実在感のある友人であり、ごっこ遊びや演技とは異なるという形になるだろうか。ただ、この定義はイマジナリーフレンド・イマジナリーコンパニオンを研究される方によって、度々定義づけがし直されている。
 例えば、ごっこ遊びに近く、実体があるといえる「ぬいぐるみに名前を付けて遊ぶ」行為は、上にあげたSvendsenの定義には当てはまらない。
 けれど、ぬいぐるみを友人として会話することを、イマジナリーフレンドに近いものや同質のものとして捉えている方は多くいるようだ。
 
 本記事内では、イマジナリーフレンドをざっくりと「実体を伴わず、既存のキャラクターとは異なるオリジナルの部分を持ち、対話でコミュニケーションを取る」存在であると考える。

 イマジナリーフレンドには二種類ある、と唱えられている方がいる。
 一つは解離症状から無意識的に生み出されるものであり、実在している感覚がある「発生する」イマジナリーフレンド。
 もう一つは、作り出そうという意思を持って意識的に生み出される「作られる」イマジナリーフレンドであるという。今回取り上げるのは、意識的に生み出される「作られる」方のイマジナリーフレンドについてだ。
 


2.イマジナリーフレンドを作られていたAさんのお話

 
 今回の記事を書くにあたって「以前、15人のイマジナリーフレンドがいた」と仰られていた、お知り合いのAさんにインタビューをさせて頂いた。その際に伺ったお話を通して、イマジナリーフレンドを作ることとその人の人生との関わりについて考えてみたい。

 Aさんは大学生の女性であり、脚本を執筆されている。
 Aさんは中学一年生の頃、イマジナリーフレンドを作り上げた。しかし、当時のAさんはイマジナリーフレンドという単語を知らなかった。そのため、知らないうちに類する存在を作り上げていたことになる。
 彼女がイマジナリーフレンドを作るに至った動機は、可愛いものやお姫様などへの強い憧れだった。そうなりたいけどそうなれない。だから「なっている設定で生きられれば楽かな」とAさんは考え、まず様々な自分を生み出されたそうだ。

 彼女は、その設定の中ではアイドルであり、お嬢様だった。なお且つお姫様で、高校生でもあった。
 この四つの職業は気分で自由に入れ替えたり、複合して想像することができたそうだ。ただの高校生である日も、アイドルであることを親に反対されないよう隠し続け、高校に通っているお嬢様になる日もあったという。

 そんな自分に対応する人たちとして、Aさんは15人のイマジナリーフレンドを生み出した。アイドルの自分には、活動を支えるマネージャーやプロデューサー、ライバルのアイドルである女の子、恋愛関係になっていく男性アイドルユニットがいるだろう。そんな具合に、世界と自分とキャラクターとを結びつけ、構築していったのだ。
 
 当時のAさんはアニメをよく見ていたため、イマジナリーフレンドたちの顔のベースは二次元で、キャラクター調だった。それぞれに身長と名前、声━━つまりイメージとなる声優までもが決まっていた。

 Aさんがイマジナリーフレンドたちとお話されていたのは、パーソナルな空間のみだった。彼女には自分用の部屋がなく、話すのは主に風呂場だった。それは一人の空間でのみイマジナリーフレンドと話す、という意識を切り替えるスイッチのような意味合いもあったそうだ。

 そこで交わされるやり取りは、Aさん自身が考えたものだ。作り上げた世界の中で自分がピンチに陥り、イマジナリーフレンドが助けてくれるストーリーを、Aさんは積極的に作り出すようになる。それらを書き留めていき小説として残されるようになったのが、イマジナリーフレンドを作り出した時期と同じく中学一年生の頃だという。
 
 高校生になり、Aさんは部活動や学校生活に追われるようになった。その忙しさから考えなければならないことが増えてきて、イマジナリーフレンドとの会話に割く分の気力や時間は、高校生活に対して向くようになった。
 そのうえ、中学時代のAさんは高校生というカラーに憧れすぎていて、イマジナリーフレンドと過ごす中で過度に高校生活を理想化していた。実際の高校生になると、イマジナリーフレンドと過ごしてきた高校生活にはリアリティがないと思い始めるようになった。段々と大人に対するあこがれも薄れ、大人である自分を切実に物語の中に求めることはなくなっていった。

 そうして、AさんはイマジナリーフレンドとAさんに関係ない所で生きるキャラクターと、物語とを作り始める。それは小説や、脚本といった作品になり生み出されるようになった。
 さらにAさんを創作、中でも脚本の道へ進ませるきっかけになったのは、高校時代の文化祭の演劇だ。「アニー」というブロードウェイのミュージカルがあり、その作品を元にしてAさんは台本を書くこととなった。

 キャストであるクラスの皆が、Aさんの付けたキャラクターや台詞をそのまま喋って動いてくれる。Aさんにとって、それはたまらない体験であったようだ。観劇がもともと好きだったことも相まって、舞台の脚本を書きたいという気持ちがより強まったという。

 そうして、Aさんは段々とイマジナリーフレンドと会話することがなくなっていった。

 お話しされる中でAさんは自分自身を振り返られ、自分がイマジナリーフレンドと会話しなくなっていった理由を「イマジナリーフレンドを使って満たす欲求が、現実で満たされるようになったからだろうか」と結論付けられた。 
 その欲求とは友人への不満ではなく、家族への不満でもなかった。日常生活にも、Aさんは満足していた。
 ただ、自分自身に対する不満が強かったのだ。同時に「可愛い」や「高校生」、「大人」などの存在への強烈な憧れがあった。そうした欲求を満たすために、Aさんのイマジナリーフレンドたちは生み出された。
 Aさんは、イマジナリーフレンドの世界で、最終的には歌姫から小説家になった。「物語を書いている現実に繋がったから、イマジナリーフレンドのことを考えることがなくなったんだと思う」と締めくくられた。

 現在、Aさんは大学の課題をこなされつつ、積極的に脚本を執筆されている。また、大学では出来上がった作品を読んでくれる人たちが多くいて、とても満たされているそうだ。
 
 上記では「最終的には」と書いたが、Aさんはイマジナリーフレンドを完全に忘れてしまったわけではない。今でもいるし、引っ張り出そうとすれば出てくる。ただ、そうする必要性を感じないということのようだ。イマジナリーフレンドとの世界にいるAさんの最終結果は小説家である、という状態にある。
 

3.イマジナリーフレンドと、イマジナリーフレンドを「作る人」との関わりについて

 
 Aさんというイマジナリーフレンドを「作る人」に対してインタビューを行ったことで、いくつかの推測が立った。

・作られたイマジナリーフレンドは、作った人が満たしたい欲求を補う性質がある。
・イマジナリーフレンドを作る人は、自身の持っている欲求をある程度明確に意識している。
・イマジナリーフレンドを使う原動力になっていた欲求が現実で満たされると、イマジナリーフレンドは必要な存在ではなくなる。

 これらの推測から、私は作られたイマジナリーフレンドとは、作った人の欲求によって構成される存在であり、その人にとって一番進みたい方向を示している指針のようなものなのではないか、と考える。

 Aさんの場合は、イマジナリーフレンドを作って動かすことから物語を書くことについて意識されるようになり、やがてイマジナリーフレンドが示す欲求までもが、物語を生み出す小説家という形になった。
 これはイマジナリーフレンドがAさんに働きかけた結果、Aさん自身が進む道が変わったということになるのではないか。彼女にとってのイマジナリーフレンドは、今の彼女が抱いている欲求である「脚本を書き、多くの人を動かす」ことにつながる、重要な存在であったといえそうだ。




※画像はみんなのフォトギャラリーからお借りいたしました。ありがとうございました。

参考文献
イマジナリーフレンドは自分で「作る」ものなのか「作り方」があるのか|いつも空が見えるから

子どもにとって「想像上の仲間」がもつ発達心理学的意義
- 6つの文学作品をめぐって -|山岸 明子|2017

Imaginary Companion の実態とその発達臨床的意義|ベンカート鈴風サイトウ|2014

空想の友達―― 子どもの特徴と生成メカニズム ――|森口佑介|2014



いいなと思ったら応援しよう!