アダルトゲームの時代 ~オタクの原点~

 1996年のLeafによる「雫」「痕」と翌年の「To Heart」の発売~2006年の「涼宮ハルヒの憂鬱」「ゼロの使い魔」「灼眼のシャナ」等のライトノベルブームの間の10年間は、オタク史におけるアダルトゲームの時代です。
 それ以前からNECのPC-9801というPCとMS-DOSというOS上で動かすアダルトゲームも人気だったんですが、PCが高価(30万円程度)なのとCUIの操作が難しかったので一般にはあまり普及していませんでした。ですが、1995年にWindows 95が発売されパーソナルコンピュータが急速に普及した事と、新世紀エヴァンゲリオン等によるアニメブームがあり、一般層にエロゲーが急速に普及しました。1996年にはPC-9801でアダルトゲームが151本発売されたのに対し、97年は35本、98年は2本とWindows95の普及速度は圧倒的でした。
 四半世紀が経過した今「アダルトゲームの時代」とは何だったのかを分析し、文章として後世に残します。

↑雫(Leaf)がPC-98エロゲーとWindowsエロゲーの中間点に当たる

 この記事を書くにあたり『エロゲー文化研究概論 増補改訂版』(宮本直毅 総合科学出版 2022年)という書籍と、当時のアダルトゲーム雑誌を以下の5冊用意しました。
◇「E-LOGiN 2000年2月号 アスペクト」(1980年代に"LOGiN"というPCゲーム雑誌があり、"ファミ通"も元はログインの1コーナーだった。その姉妹雑誌。)
◇「カラフルピュアガール 2001年3月号 ビブロス」(ビブロスはBL系の出版社だそうで男性成人向けも扱っていた。雑誌内ではBLゲームを扱うコーナーがある。)
◇「TECH GIAN 2002年4月号 エンターブレイン」(1995年~2006年に"TECH Win"という一般向けPC雑誌が刊行されていて、その姉妹雑誌である。テックウィンには「ペリーのお願い」「ここがあの女のハウスね」等の面白動画が収録されていた。)
◇「カラフルピュアガール 2003年12月号 ビブロス」
◇「TECH GIAN 2008年12月号 エンターブレイン」

↑テックウィンの「ここがあの女のハウスね」に何者かが勝手にホワイトアルバムの画像をつけた面白Flash動画

・アダルトゲームのランキング
 まずは当時どのようなアダルトゲームが人気だったのか客観的に見るために当時の雑誌に掲載されたランキングを引用します。更に雑誌で紹介されている中で注目すべきソフトを挙げます。

①E-LOGiN 読者が選ぶおすすめソフト 1999/11
 1,Kanon(Key)
 2,こみっくパーティー(Leaf)
 3,ママトト(アリスソフト)
 4,To Heart(Leaf)
 5,鬼畜王ランス(アリスソフト)
 6,ワーズ・ワース(エルフ)
 7,同級生(エルフ)
 8,絶望(スタジオメビウス)
 9,痕(Leaf)
 10,加奈 ~いもうと~(ディー・オー)
 紹介:夜勤病棟、こみっくパーティー

②カラフルピュアガール 読者が選ぶ魂のソフト 2001/3
 1,AIR(Key)
 2,こみっくパーティー(Leaf)
 3,Canvas ~セピア色のモチーフ~(カクテルソフト)
 4,顔のない月(Root)
 5,To Heart(Leaf)
 6,アトラク=ナクア(アリスソフト)
 7,WHITE ALBUM(Leaf)
 8,果てしなく青い、この空の下で…。(TOP CAT)
 9,痕(Leaf)
 10,20世紀アリス(アリスソフト)
 紹介:AIR、誰彼、夜が来る!

③TECH GIAN おすすめソフトTOP10 2002/4
 1,大悪司(アリスソフト)
 2,君が望む永遠(アージュ)
 3,AIR(Key)
 4,グリーン・グリーン(GROOVER)
 5,Pia♡キャトットへようこそ!!3(F&C)
 6,Kanon(Key)
 7,夜が来る! -Square of the MOON-(アリスソフト)
 8,みずいろ(ねこねこソフト)
 9,エルフオールスターズ脱衣雀2(エルフ)
 10,こみっくパーティー(Leaf)
 紹介:妻みぐい、うたわれるもの、鬼哭街、はじめてのおるすばん、マヴラヴ、DCダカーポ

④カラフルピュアガール 読者が選ぶ美少女ゲーム人気BEST10 2003/12
 1,うたわれるもの(Leaf)
 2,大悪司(アリスソフト)
 3,D.C. ~ダ・カーポ~
 4,君が望む永遠(アージュ)
 5,それは舞い散る桜のように(Basil)
 6,Kanon(Key)
 7,Princess Holiday ~転がるりんご亭千夜一夜~(オーガスト)
 8,SNOW(スタジオメビウス)
 9,AIR(Leaf)
 10,マヴラヴ(アージュ)
 紹介:大番長、沙耶の歌、Fate/stay night

⑤TECH GIAN おすすめソフトTOP10 2008/12
 1,戦国ランス(アリスソフト)
 2,Fate/stay night(TYPE-MOON)
 3,リトルバスターズ!エクスタシー(Key)
 4,マヴラヴ オルタネイティヴ(アージュ)
 5,To Heart2 XRATED(Leaf)
 6,つよきす(きゃんでぃそふと)
 7,リトルバスターズ!(Key)
 8,FORTUNE ARTERIAL(オーガスト)
 9,G線上の魔王(あかべぇ そふとつぅ)
 10,聖なるかな -The Spirit of Eternity Sword 2-(ザウス)
 紹介:夜明け前より瑠璃色な、真・恋姫†夢想、対魔忍ムラサキ、真剣で私に恋しなさい!!、ヨスガノソラ

 加えて、販売店・メーカー・雑誌社の協賛と有志による「萌えゲーアワード」によってその年のアダルトゲームの大賞が決められているので、抜け漏れがないようそちらも引用します。

2006年 大賞:この青空に約束を(エンターグラム)、ベストキャラ賞等3部門:プリズム・アーク(ぱじゃまソフト)
2007年 大賞:遥かに仰ぎ、麗しの(PULLTOP)、2部門:恋姫†無双 〜ドキッ☆乙女だらけの三国志演義〜(BaseSon)
2008年 大賞:G線上の魔王(あかべぇ そふとつぅ)
2009年 金賞:真・恋姫†無双 〜乙女繚乱☆三国志演義〜(BaseSon)、真剣で私に恋しなさい!(みなみそふと)
2010年 金賞:黄昏のシンセミア(あっぷりけ)、銀賞:戦女神VERITA(エウシュリー)、
2011年 金賞:グリザイアの果実(フロントウイング)、以下省略

・「アダルトゲーム」とは何なのか?
 真っ先に理解してほしいのは「アダルトゲームをプレイするのはエロが目的ではない」という事です(仮にそうだとしたらランキングには"おっぱい天国"みたいなタイトルが並ぶはずです)。では何が目的かというとストーリーを楽しむのが目的です。当時のエロゲーには非常に可愛く魅力的な美少女キャラが登場し、ストーリーが感動的だったり燃える展開だったりして、とても面白い物だったのです。深夜アニメは2005年以前はそこまで質が高くなくライトノベルブームもまだだったので、1998~2004年頃はアダルトゲームがオタクにとって最も質の高い美少女コンテンツ媒体だったのです。

 アダルトゲームは大別して「抜きゲー」とそれ以外に分類できます。抜きゲーとは単純にオナニーのためのゲームで、シナリオは粗雑でまさに単なるポルノです。抜きゲーは熟女・凌辱・男の娘など性癖によってさらに細分化されましょうが、その分類にあまり意味は無いでしょう。
 抜きゲー以外のゲームの分類については「今更だけどエロゲしようぜ!」「ペシュカ.net(鮎川)」さんの分類を参考にすると「シナリオゲー」と「ゲーム性のあるエロゲー」があり、シナリオゲーの下位分類として純愛系・キャラゲー・燃えゲー・鬱ゲー等があるようです。そして普通アダルトゲームについて語られる場合は抜きゲー以外について語るのが暗黙の了解となっています。鮎川さんにいたってはポルノシーンを飛ばすそうです。驚きですがこういう人も多いです。

 ジャンルについて検討します。雑誌を見ると学園モノが多く、それだけで過半数に至ります。ファンタジー物は「ディヴァインラヴ(アボガドパワーズ)」や「Brave Soul(シエル)」「プリンセスナイツ(ミンク)」のようなファンタジー系RPGのエロゲーがありましたが、学園モノよりは遥かに少ないです。これは現在のファンタジーに傾倒したオタク文化とは大きく異なる所です。
 
 純愛モノ:凌辱モノの比率はおおよそ3:1程度で、暴力的なアダルトゲームは純愛よりもずっと数が少ないと言えます。また、凌辱モノのタイトルを見て見ても「凌辱教室」「人妻奴隷喫茶」のような即物的なタイトルが多く、特に批評の価値があるとは考えられません。

 その他傾向としては、2000年頃は病院で看護婦を相手にするゲームや探偵・捜査官が主人公のゲームが多いようでしたが、時代が2008年に近づくにつれ学園モノが増える傾向にあるようです。アダルトゲームは元々ポートピア連続殺人事件のような一般パソコンゲームのアドベンチャーから派生したもので、その影響で「EVE burst error」のような探偵物もありました。しかし、「アダルトゲームの時代」のビジュアルノベルの時代以降は、基本的にキーボードのスキップボタン(通常はCtrlキー)を押し続けるだけでクリアできる、ゲーム性が皆無の物が主流になりました。
 PC-98時代ではエルフの「同級生(92年)」「下級生(96年)」のような学園モノ大ヒットエロゲーがありますが、それと葉鍵系の影響により90年代末以降は学園モノがエロゲーの過半数以上を占めるようになったと推測します。この学園モノの流れが、2000年代後半のライトノベルの学園モノ化・美少女化・ラノベ化につながったと考えられます。同級生はときめきメモリアルよりも早い、オタク界における分水嶺的な作品だと言えます。(例:ハルヒ、フルメタルパニック、とらドラ、バカテス等。それまではロードス・スレイヤーズ・オーフェンのようにラノベはファンタジー系だった)。

↑学園モノエロゲー最高傑作であり、エロゲーの歴史の中でも五指に入るであろう「To Heart」

 意外にもロリコンゲームは「はじめてのおるすばん」程度しか目立った作品がありません。80年代のコミケブームの頃は吾妻ひでおや内田亜紀のようなロリコンブームやあるいは東京埼玉連続幼女誘拐殺人事件のように「オタク=ロリコン」というイメージがありました。しかし00年代のエロゲーを見ていくと実際には高校生から大学生ぐらいのキャラクターが登場するエロゲーが大多数です。90年代の場合は先のナースものや「鬼作」のようなOLモノも人気であり、更にヒロインの年齢が上がります。

 現在オタク文化の代名詞になっているアイドル物は「WHITE ALBUM」しか無く、そのホワルバも現代的な意味でのアイドル物ではありません。

 画力については、2000年頃の作品は絵が下手な作品だらけです。もちろん上手い人は上手く、私が雑誌をめくっただけでも「夜勤病棟」の森田和明、「ヴァリアブルジオ」の木村貴宏、「紅蓮」のAM-DVL等は現在の水準でも相当上手いです。しかし下手な人は中学生レベルの絵で当時のアダルトゲーム界のバブルぶりを感じさせます。2008年頃は画力が向上して、絵がちゃんとしている作品がほとんどになりました。
 エロゲーの9割9分の作品は2DCGのゲームですが、わずかにイリュージョンの「DES BLOOD」やTEA TIMEの「らぶデス」、雑誌には載っていませんがKissの「カスタムメイドシリーズ」等は3Dの作品です。2Dに傾倒した結果は記事の最後で述べましょう。

↑3Dのアダルトゲームは極めて少ない。(カスタムメイド3D2・Kiss)

・葉鍵とアリスソフト
 一般的なエロゲー史では「90年代末~ゼロ年代は葉鍵(LeafとKey)のビジュアルノベルの泣きゲーが大人気だった。一方でニトロプラスの燃えゲーも一部で人気だった」と語られます。しかし、ランキングを見るとニトロプラスは後に語られるより人気が低かったようです。ニトロは後の「まどかマギカ」や「シュタゲ」のヒットによって、あたかも以前から人気があったように歴史が書き換えられたのかもしれません。

 その一方で強い存在感を見せるのがアリスソフトでランキングの常連です。鬼畜王ランス、大悪司、エスカレイヤー、戦国ランス等々。アリスソフトの作品は当時のオタク全員が知っている程の知名度がありました。アリスソフトの特徴はストーリー・ゲームとしての面白さ・エロさの3つを成立させていた事です。他のメーカーがノベルゲームだらけだったのに、開発費をかけてゲーム性のヒット作を連発し、2024年の今でも会社が存続している事はまさに奇跡的です。

 アリスソフトは「鬼畜王ランス」等過去の作品を無料公開した事があったので大学生時代の私もプレイしたのですが、確かに一般ゲームに勝るとも劣らない面白さであり、女キャラだけでなく男キャラも魅力的な者が多く素晴らしかったです。アリスソフトの作品の中では「戦国ランス」が最も完成度と人気が高いと言われています。

↑戦国ランスは文字通り日本の戦国時代がテーマで、上杉謙信・毛利三兄弟・山本五十六のような戦国武将も女体化して出てきます。後の歴史ブーム・萌え擬人化ブーム・「戦国BASARA」のようなハチャメチャ系歴史ゲームを先取りしたような内容でした。学園モノノベル作品だらけの中、このような作品が大ヒットした事は信じがたい事です。

 こうした実情を見ると「葉鍵系」という言葉がありますが、ゼロ年代のエロゲー界の実情は「Leaf・Key・アリスソフト」の3つ巴の争いだったと言えるでしょう。そしてその後ろをGROOVER・アージュ・オーガスト・スタジオメビウスのような会社が追いかけていたと分析できます。LeafとKeyではLeafの方がヒット作が多い一方で、KeyはKanonとAirがジャンルを生み出すという意味で大ホームランを2発打った印象です。
 
 ちなみに90年代に同級生や遺作シリーズのようなヒットを飛ばしていたエルフは00年代には衰退しましたが、エルフ末期には「麻呂の患者はガテン系」シリーズという秀作を発売して有終の美を飾りました。

・アダルトゲーム詳細解説
 雑誌と萌えゲーアワードを見ていて気付いたのは、いわゆる「電波系エロゲー」や「鬱ゲー・グロゲー」と呼ばれる作品が「沙耶の唄」の歌以外載っていない事でした。例えば「さよならを教えて」「ゴア・スクリーミング・ショウ」「好き好き大好き!」「殻ノ少女」等です。このようなゲームは話題性があるのでインターネット上では有名ですが、実際にお金を出してエロゲーをする人はこのようなゲームを別にわざわざ金を出してプレイしたりしない物なのだなと思いました。

 今回は2004年~2007年の雑誌を買わなかったため、ゲーム紹介に抜けがありました。なのでこの時期のエロゲーの中で特筆すべき物を列挙します。
2003年:CROSS†CHANNEL(FlyingShine)、月は東に日は西に(オーガスト)、斬魔大聖デモンベイン(ニトロプラス)
2004年:Fate Stay/night(型月)、CLANNAD(Key)、SHUFFLE!(Navel)
2005年:パルフェ~ショコラ second brew~(戯画)、つよキス(きゃんでぃそふと)、夜明け前より瑠璃色な(オーガスト)、車輪の国・向日葵の少女(あかべぇそふとつぅ)、スクールデイズ(オーバーフロー)、対魔忍アサギ(Lilith)
2006年:D.C.II~ダ・カーポII~(CIRCUS)、(戦国ランス・マブラブオルタネイティヴ)
2007年:リトルバスターズ(Key)
 返す返すも、1998年~2006頃の充実ぶりが見て取れます。やはりこの時期が「アダルトゲームの時代」だったと言えるでしょう。

 CROSS†CHANNEはAir・Kanon・CLANNADのような葉鍵系と並んでセカイ系とされるゲームです。SNOWも然り、当時は葉鍵の影響を受けたゲームが多かったのです。このセカイ系というムーブメントを生み出した事もエロゲーの大きな功績の一つです。しかしこのムーブメントによってゲームの内容が著しく内省的になり、ジャンルが押しつぶされてしまうという弊害もありました。

CROSS†CHANNEL

 この記事を書くためにゲームのランキングのような物をいくつも調べました。それで気づいたのですが本当に抜きゲーや凌辱系ゲームの事が書かれていません。同じエロゲーでもシナリオゲーと抜きゲー系は、メーカーやユーザー目線でさえ全く別物として扱われています。「萌えゲー大賞」でもエロを目的としたゲームは「エロス系作品Pink・Black、フェチ系作品」として別枠です。じゃあ純愛系にはエロシーンが無くていいのかと思うと不条理でなりません。
 なので、「エロを目的としたエロゲー」について調べる事は極めて困難である事。いわゆるエロゲーマーは純愛系・感憧系・燃えゲーの作品のみプレイする人の事であって、エロを目的としたエロゲーの歴史は今後誰にも一切書かれないだろうという事がわかりました。将来の人がエロゲーについて調べる際に混乱する事は必須でしょう。なので蛇足かもしれませんが、せめて私が今回調べてわかった事だけここに断片的に書いておくことにします。
純愛抜きゲー:スミレ、Lose
凌辱:Lilith、つるみく(旧たっちー)、ワッフル、フリル、ALL-TiME、BISHOP
輪姦:Guilty
触手:Colors
催眠:Black Rainbow、STUDIO邪恋、筆柿ソフト
グロゲー:Black Cyc、ClockUp
バカゲー:ライアーソフト
 これはただ自分が知ってる会社を並べただけです。多分自分が知らないだけで「熟女だったらこのブランド」「ロリだったらこのブランド」みたいな物もあるんでしょう。エロゲーの会社やブランドという物は本当に規模が小さいので、それを網羅する事は難しく、AirやFateのような超有名エロゲーの裏には名前も知らないエロゲー会社が膨大に存在する訳です。そこがコンシューマーゲームと違う所です。

・エロゲーの時代の終焉と、それでも続くもの
 今回、私は「00年頃後半にはエロゲーが衰退しているだろう」と考えて2008年の雑誌を買いました。しかし実際に読んでみた所この時期にはマブラブを初めまだまだオタク界でも有名な作品がたくさん発売されていたんです。私は2006年のハルヒの頃に急速にエロゲの時代が終わったのかと思いましたが、実際には衰退はじわじわとした物だったのです。「エロゲー文化研究概論」179pによると、エロゲーの市場規模は2002年~2003年辺りの560億円が最盛期だったそうです。それが2012年までの10年間で半減したそうです。そう考えると、2000年代後半は衰退しているとはいえまだまだエロゲーの存在感は大きかったのです。京アニでさえ2007~8年にクラナドを撮ったわけですから。
 真にエロゲ界が終わり始めるのは2012年頃からでした。2011年に「グリザイアの果実」が発売されたのが最後で、客観的な眼で見てこの作品以降、エロゲー界はオタク界全般・アニメ好き全般まで射程に入るような作品を発売する事が出来ませんでした。2012年にはアニメ版トルバスターズが放送されましたし、2012年~2014年には恋と選挙とチョコレート、ホワルバ2、ワルキューレロマンツェ、大図書館の羊飼い、先述のグリザイアのようにエロゲーが原作のアニメが続々放送されました。しかし、リトバスとグリザイアを最後にエロゲー系アニメがヒットする事は無くなりました。時代はソシャゲ・アイドル・ガルパン・艦これ、数年後にはなろう系の大波がやってくる訳で、もはやエロゲーの学園モノや純愛ラブコメなど当時の視聴者にとっては古臭い物にしか映りませんでした。

↑最後のエロゲー人気作「グリザイアの果実」

 エロゲーは時間の止まったジャンルになりました。いつまでも同じような青春のちょっと切ない学園モノ純愛ラブストーリーの繰り返し。紙芝居同然のグラフィックノベルで8000円の値段がするという時代錯誤。エロゲーの売上が復活する要素などどこにもありません。以下の記事によると、2021年の売上は85億円だそうで、もはや壊滅状態だと言えるでしょう。

〇直接要因
 2010年代になりPS3レベルの画質が当たり前になったにも関わらず、いつまでも葉鍵時代のようなエロゲーを求める優しいファンに甘えて永遠に紙芝居ゲームを作り続けた事。3Dのエロゲーを作ったりアリスソフトのように遊べるエロゲーを作らなかった事。

〇間接要因
 ソシャゲの方が遥かに儲かる訳だし、ラノベやインディーゲームという道もあるのに、わざわざエロの烙印を押される上に儲からなくなったエロゲー業界に入る新しい才能などいない事。事実FANZAもエロソシャゲを運営していて、そちらに客を取られた可能性がある事。最近は同人エロゲーでゲーム性のあるゲームが販売されている。人によっては一からプログラムを組んだり3Dのゲームまであるのに、8000円で紙芝居のコンシューマーエロゲーなどもはや売れる売れないの問題ではなく、客を愚弄している域に達している事。(実際プレイすると面白いは面白いんだけどね)

〇根本要因
 そもそも純愛エロゲーにはエロシーンが不要であり、エロゲーである理由が無い事。あまりにも葉鍵の影響力が大きかった。根本的に矛盾している物を販売しているという自覚が無かった。かといって、2010年代にときメモレベルの一般ギャルゲーが売れる訳が無い。じゃあどうするか?

 こうして、2012年のリトバスの頃を最後にしてエロゲの時代は終わりました。しかし、TYPE-MOONを初めエロゲから育ったクリエイターは大勢います。エロゲが無かったらガイナ・ニトロ・型月等が無くなるので、90年代後半~2010年頃までのオタクの歴史をつなげられなくなります。もしもエロゲーが無かったら、萌えの時代が来ないという事です。アニメがガンダム・ポケモン・ジブリのような子供向け作品に回帰していき、オタクの意味が「いい年して特撮を見ている人」みたいな70年代の原義に戻っていきます。そして美少女を描く蓄積が無いので美少女ソシャゲを作れず、ソシャゲがモンストやドッカンバトルのようなソシャゲしか作れなくなり、当然その後の中韓ソシャゲも無くなります。秋葉原が無いという事はAKBも無いので、その後のアイドルブームが来ず、モー娘や小室ファミリーの延長線上のアイドルが生まれていくでしょう。そう考えると、アダルトゲームの時代が無かったら、今のアニメ・ゲーム・アイドル文化は全く違う物になっていたかもしれません。

 そして純愛エロゲが生き残る道というのは全年齢ソシャゲ化だったかもしれないと思います。考えてみると、エロゲーの紙芝居とソーシャルゲームの美少女キャラとの対話画面は非常に似ています。という事は一旦チームを解体して、ライターや絵師やディレクターがそれぞれソシャゲ会社から仕事を請け負う形で、エロゲー時代に培った素晴らしい能力を発揮するのが一番良いやり方だったのかもしれません。すべては過ぎ去った事ですが、本当に惜しい事です。要は「FGOやヘブバンを目指せば良かったのに……」という事です。

 これまで見てきたアダルトゲームという物は、現在の美少女やアニメ文化の古層に当たる物なのです。(最古層がシベールで、エロゲがその次の層ぐらい)。また、そもそもオタク絵とはエロゲ絵であって、オタクアニメとはエロゲ原作アニメの事だったのです。オタクっぽいアニメ絵を街中で展示する事に異常に攻撃的な人がいるのもこれが原因の一つかもしれません。いずれにせよ、2024年現在では我々のルーツの1つがエロゲにある事も忘れられ、アダルトゲームの歴史は我々の遺伝子の一部としてこれからも残って行くのだろうと私は考えます。

↑エロゲーは紙芝居である。ソーシャルゲームもまた紙芝居である。

・私とエロゲー
 さて、これまでオタクの歴史を書いてきましたが、実は私・元オタク自身は上に挙げたようなゲームをほぼ全くプレイしていません。理由は私は1980年代後半生まれなので「エロゲーの時代」の頃は中高生でとてもエロゲーをプレイできる環境では無かったからです。大学生になってからもお金が無かったし親と同居していたので抜きゲーを数本買っただけで、社会人になった後は2010年代以降なのでエロゲーの時代が過ぎてしまっていました。
 なので、ずっと私にとってエロゲーとは「自分より5~10歳上のオタクが愛好する文化」という印象でした。いつもオタク雑誌のライターやネットのテキストサイトの人がオタク的教養の一つとしてエロゲーを語っていました。そこには「ウィット」や「大人の余裕」を感じましたし、葉鍵の影響があったので「何だか良く分からないが感動的で、誰もが真剣になるニューウェーブの芸術」という印象を受けていました。自分自身そうしたニュアンスを成人して別のオタクコンテンツに熱中する内に忘れていきました。でも、当時のオタクやエロゲークリエイターには猛烈な熱量があったんです。それが私にとってオタクカルチャーに触れた原体験でした。

 それは今の巨大企業がコンテンツを支配する時代とは全く違う風景でした。

↑本文とは関係ありませんが、個人的に一番好きなエロゲー主題歌「ようこそ!ヒミツの雀バラや!?」を紹介します。このような曲は「電波ソング」といい、「巫女みこナース・愛のテーマ」「さくらんぼキッス 〜爆発だも〜ん〜」のようなハイテンションで珍妙な曲がインターネットで人気になりました。電波ソングはアダルトゲーム時代の終了と共に消滅しましたが、今でも「うまぴょい伝説」や「INTERNET YAMERO」のような曲に電波ソングの影響があります。ウマ娘と言えば当時のアダルトゲームのような"古い絵柄"を感じたい場合、ウマ娘の「ダイワスカーレット」というキャラを調べてみてください。