選ばない幸せ、選ばれないからこその無責任
たぶん10年ぶりくらいに元気な日々を過ごしている。
メンタルにもフィジカルにも大きな問題はない。
ストレス指数は高いけど、気に病むほどではない。
そんな日々の中、選ばない幸せもあるとこの前知り合いから言われた。
友人たちはライフステージを上がっているのにわたしは変わらずそのままの場所にいる。何もないと話したときに言われたことだ。
選ばない幸せもあるのだからいいじゃないかと。
確かにそうかもしれない。
束縛もない、制限もない、自由で、楽。
寂しさを感じる時もある気がするけど、心の底から寂しいなんて本当は全く持って思っていないんだと思う。
これが幸せなのかと思ったけども、選ばないからこそ、無責任なのか?と考えてしまった。
子供がいないから責任を背負っていない。
守るべきものも、人もいないから責任がない。
自分のことだけを考えていけばいいから責任がない。
選ばないからこそ、無責任に生きている。
世の中には責任を背負っている人はたくさんいるのに。
どちらがいいという良し悪しはないはずなのに、私は無責任なのだろうかと、選ばない幸せは幸せと言ってはいけないのかと思ってしまった。
なんだかもやもやとした金曜日。
久々に買ったちょっといいビールは、冷えてなくてぬるくて、開けたら泡が吹きこぼれた。
元気だし、何も気に病むこともないけど、実際問題どうしたいのかわからなくなってしまった。
わたしはわたしを生きていくしかないのだから、何も深く考えずに、これからも生きるしかないのかなと思いつつ、ぬるいビールを啜っている。