雀闘
これで3回目。
あいつが俺の餌を横取りした回数。俺は忘れない。食い物の恨みは恐ろしいと人間は言う。人間だけではない。俺らの世界でも同じだ。
一回目は、枝にぶら下がる芋虫を見つけたときだ。俺は思わず声を上げて、飛びかかった。あいつはその声に気づき、ほんの一瞬遅れて飛び出した。左右に揺れる芋虫に狙いをさだめ、飛びかかる。タイミングはばっちりだった。もう捕まえられると思った瞬間、自分の意思とは関係なく、俺は体勢を崩しかけた。本能的に落ちないように体勢を調えようとして、芋虫を食うことができなかった。枝に止まってふりかえると、芋虫はもういなかった。危険を察知して逃げたと思ったら・・・
あいつが少し離れたところで、芋虫を食っていた。間違いなく俺が狙ってたやつだ。あとで聞いた話では、俺が芋虫を捕まえるその瞬間、ヤツは俺の足に頭をぶつけていたそうだ。俺がバランスを崩したのはあいつのせいだった。
二回目は、気に群がるコガネムシを見つけたときだった。俺は知っている。暑くなり、寒くなり、心地よくなって、その後また暑くなる前にコガネムシは木の樹液を吸うために群がる。あいつらはなんであんなものに群がるのだろう。ベタベタして気持ちが悪いのに。でも、それは俺にとってチャンスだった。この事に気づいているやつもいるが、まだそんなに知られていない。他のヤツの目を盗んで、俺はコガネムシが集まる木に向かった。
予想通り、コガネムシが群がっている。樹木を吸うのに必死でまるで警戒心がない。たくさんいるとはいえ、俺が一度に加えられるのは一匹だ。できるだけ丸々と太った大きなコガネムシがよい。しっかりと吟味して、俺は一匹に狙いを定めた。そして、飛びかかろうとした瞬間、俺の真上を何かが通った。
あいつだった。あいつは俺を付けていたのだ。そして、俺が狙いを定めている隙に、飛び出したのだ。俺は驚いてうまく飛び出せずに、枝に残ってしまった。あいつは、コガネムシをくわえた。そして、コガネムシたちに羽ばたきを3回して去った。コガネムシたちは羽ばたきに驚いて一斉に飛び退いてしまった。あいつは俺にコガネムシを取らせないために邪魔をしたのだ。
今回は草場のミミズだ。俺たちにとってミミズは大好物だ。堅い皮もなく、食べやすい。その上、ある程度の大きさのものを選ぶことができたら一匹だけで腹を満たすことができる。あの時、俺が見つけたミミズは一発で腹が満たせる大きさのミミズだった。草の陰にいるからか、かなり油断している様子だった。
俺は枝からミミズに狙いを定めた。上空から一気に飛びかかり捕まえなければならない。こちらの行動がバレるとやつらはすぐに土の中に潜る。潜った穴から口を突っ込んでも、俺たちのような短いくちばししか持たぬものにはどうしようもなくなってしまう。
俺は前に体重をかけ、飛び出す体勢を取った。その瞬間だった。後ろから何かに当たられて、それはそのまま枝から落ちる形になってしまった。地面に落ちるのは避けようと、羽ばたくとそのまま前方の木にぶつかってしまった。たまたま枝が近くになったので、何とか地面への落下は免れた。
顔を上げた俺は目を疑った。あいつが、丸々と太った大きなミミズを飲み込んでいるではないか。しかも目線をこっちに向けている。勝ち誇ったような、見下すような目で俺を見ている。
俺の中で何かが切れる音がした。獲物の横取りだけでなく、こちらの怪我を狙ってきている。このままでいたら、俺は殺される。その前にやつを再起不能にしなければならない。
俺はあいつを倒す計画を一晩考えた。あいつが獲物を見つけて襲いかかる場面で襲いかかるという戦法。いや、これではあいつと同じことをしているだけだ。それに、この方法を取っていると言うことは、俺が同じことをするかもしれないと警戒しているに違いない。
あいつが油断しているときに、襲いかかる戦法。不意打ちができればこちらが有利になる。しかし、油断している場面とはいつなんだ。あいつは俺の視界に入らないところにいる。いつも急にどこかから現れる。あいつの場所を捜すのにキョロキョロしたらバレてしまうではないか。油断を狙うのは非常に難しい。それに、あいつの居場所を見つけるのも難しい。
となると、おとり作戦しかない。俺が獲物を見つけて、狙い定めて飛びかかれば、あいつはどこかから現れる。その瞬間があいつと接近できるチャンスだ。獲物を狙うふりをして、やつが近づいてきたら攻撃を食らわしてやろう。
翌日、俺は一匹の蛙を見つけた。小ぶりの蛙だ。一口でいける。うまそうだが、今回は食べるわけではない。よかったな、蛙。今日は俺の目的のためにお前の命は助かるんだ。
俺は蛙をじっと見つめた。どうすれば捕らえられるかを計算して飛びかかる。もちろん、それは見せかけで、本当は後ろから現れるであろうあいつに飛びかかることが本意である。
しばらく眺めることで、あいつはどこかから俺の様子を見ているはずだ。そして、目の前にいる蛙にも気づいている。姿は見えないが、もうどこかでスタンバイしているはずだ。俺は飛び出す体勢を取った。少しずつ体重を前にずらし飛び出す姿勢だ。そして、俺は踏ん切った。
その瞬間、俺の後ろから羽音が聞こえてきた。狙い通りだ。俺は飛ぶのをやめて後ろを振り返った。あいつが猛スピードで突っ込んできた。この距離ならかわすことができない。驚愕の表情のまま俺にぶつかってきた。
俺はあいつから離れまいと体を足で掴んだ。腹の下に食いこませた。これで逃がさずに済む。しかし、やつとて必死だった。俺の足の付け根にかみついてきた。激痛が走ったが、気力で乗り切った。そして、俺はあいつの顔を狙ってかみついた。頭頂部にしか届かず、グルーミングと変わらない程度の威力となってしまった。
俺たちはそのまま絡み合ったまま落下した。お互いに体を固定していたので、足から着地することになった。あいつが少し下にいたので、あいつの足が折れるのが分かった。これで、あいつはもう満足に動けまい。しかし、俺は足をかみつかれていたので、左半身から落ちる形になった。腕に痛みが走ったが、折れた様子はなかった。
そこで、俺はもう一発かみついてやった。今度は首にヒットし、あいつはひるんだ。これまでの恨みと言わんばかりの一撃に満足できた。
しかし、その時、異変にきづいた。周りの景色が猛スピードで動いている。飛んでいないのに飛んでいるような感覚・・・
そして、黒い枝がたくさんあることに気づく。さらに、その向こうには壁・・・違和感を覚えて視線を上にやると、顔が見えた。あいつと同じくらい驚愕した人間の顔がそこにあった。
俺たちは地面に落ちたのでは無く、走っている自転車のカゴに落ちてしまったようだ。あいつと俺はほぼ同時に危機的状況に気づいた。お互いにすぐに飛び立とうとした。
あいつは足を折ったもののそのまま飛びだつことができた。しかし、俺は、さっき傷めた左腕のせいでうまく飛べなかった。人間に捕まってしまう。人間は残酷な生き物で、俺たちのような野生の動物を捕まえては殺して楽しむと言われている。
人間は急ブレーキをかけた。俺はその反動でカゴの前身を打ち付けてしまった。
結局、俺は間抜けなのだ。獲物を見つけたとき、周囲に気を配ることができずに、あいつに先を越される。命が危ないと知って、闘いを挑み、不意打ちが成功したと喜んでいたら、これだ。こうやって俺は命を無くすのだろう。弱肉強食の世界。あいつのようなずるいヤツが生き延びていく。いや、生きるための行動は「狡」ではないのかもしれない。それが処世術なんだ。
ひとしきり頭の中で考えが終わると、俺は目が覚めた。そこにはもう人間はいなかった。植え込みの下に置かれていた。左腕がかなり痛むが動かないわけではなさそうだった。しかし、世界がかすむ。頭を打ったせいだろう。
人間はどうやら俺を殺さなかったらしい。むしろ、外的に見つかりにくい場所に置いていってくれた。俺らにとってよいタイプの人間もいるようだ。
あいつに復讐しても何も良いことはなかった。これからは獲物を見つけて捕らえるときには、警戒をしてあいつにみつからないようにすればいいか。もう闘うのはやめよう。
そう思った瞬間、木々が揺れる音がした。俺はその瞬間大きな牙を捉えたあと、もうそこに俺の思考は存在しなくなった。
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