丫人 2
そこは薄暗い部屋だった。ふかふかのベッドの上にいた。少しザラザラしている。森林の香りがして、心地よい気温の部屋だった。
ぼーっとした意識の中、手元に目をやった。掛け布団は真緑だった。真ん中に太い黒い筋が通り、そこから均等な感覚で細い黒い筋が伸びている。緑のにおいがする掛け布団だった。
布団に目をやると、茶色い粉みたいなものがたくさん積み重ねられている。弾力があり、温度も人肌を保ってくれている感じだった。
ベッドのフレームは木目調で自然木を想起させるものだった。床も壁も木目調で、ウッドデッキをもっとリアルな木で作り上げたような場所だった。
「ようやっと、目覚めたか?」
今まで忘れていたが、出勤途中に声を掛けてきた人物の声だった。正確には声と影しかないので、人物かどうかわからない。
「はぁ。なんだか眠っていたようです。おかげで命拾いしました。ここはどこですか?今から仕事に行かないといけません。」
「何言っとるんや。仕事はもういかんでええんや。これからは自由や。」
「あれ?関西弁でしたっけ?」
「あぁ。おっさんも関西出身やろ?だったら、関西弁でしゃべってええで。」
「いや、俺は長野出身で、大学からこっちに来たんです。」
「なんや、こっちの人間違うんかいな。まいったな。」
「何かいけなかったんでしょうか?」
「いや、こっちの問題や。気にせんといて。」
意識がだんだんと戻ってきた。こんな会話をしているわけにはいかない。仕事に行かなくていいなんて、どうしてこの人に決められなくちゃいけないんだろう?
「えっと、助けていただいたことにはお礼を言いますが、本当に時間が無いんで仕事に行きます。その、カバンとスマホが見当たらないんですが、どこですか?」
「あ?あんな大きいもん運べるわけないやろ?置いてきたわ。」
「えっ??あの場所に放置したんですか??それは困ります。ほんと、もう、おいとまします!」
俺はベッドから降りて、出口へと走り出した。
「おっちゃん、あかんで!走って出たら危ないで!」
なりふり構わず、出口から飛び出した。本来ならそのまま進むはずの俺の体はなぜか前に進まない。そして、体が傾き始めた。前方に頭から下に向き始めて、地面が天井に見えた。
そう、扉の向こうは空中だったのだ。
「えぅ!?落ちる!!落ちてる!!!ぎゃー!!!!」
ところが、俺はゆっくり落ちていった。ふわふわとゆっくりと舞い降りる。地面にふわりと着地した。地面だと思ったところはまだ地面ではなく、その下に地面が見えている。
「なんだ?この茶色でこぼこの地面は・・・」
「おっちゃん大丈夫かー?なんや、そこにおるんかいな。思ったよりゆっくり落ちたから驚いたやろ?悪いことは言わんから、そこのはしごからこっち登ってきな。色々説明するから。」
明らかに現実では起こらないことが起きている。俺はまだ寝ているのだろうか?とにかく事情がわからないので、はしごを登って説明を受けることに決めた。
入り口に立って中を覗いたときに、異変に気づいた。ベッドの上には人のサイズ以上の大きな緑の葉っぱが置かれている。ベッドのふかふかだったものは落ち葉を小さく刻んだものだった。
「これって・・・木の中なのか?」
「お、おっちゃん、勘冴えてるな。その通り!」
「どういうこと?やっぱり俺、まだ夢の中か。」
「いや、これは現実や。おっちゃんは信じられへんかもしれんけど、死ぬのを回避した代わりに、矮小化しとるんや。」
「矮小化?小さくなっているってこと?」
「そうや。命と引き換えにめっちゃ小さくなってるんや。だから今、俺がみえるやろ?」
その時ハッとした。目の前にいるおっさんが、さっきまでの声の主だった。
「俺は矮小化した人間やないと見えないんや。なんせ、俺は3cmくらいしかないからな。おっちゃんよかったな。5cmくらいあるで。小さな巨人や!」
「3cm?5cm?どういうこと?そんなに小さく見えないけど。」
「さっき、おっさんあっこから落ちたやろ?でも、ゆっくり落ちたやん。それは俺らが小さくなって、かなり軽くなっているからゆっくり落ちたんや。それにおっさんが着地していた場所は木の枝や。地面はまだその先。」
確かに、あの時地面はまだ先だと思ったが、着地した場所が木の枝だとは思わなかった。
「最近、どういうわけか、命を失いかけたおっちゃんが矮小化してしまう現象が起きてるんや。ここには何人か住んでる。それぞれが命拾いしたおっちゃんを探し出して、ここへ避難させてるんや。おっちゃんでかかったから運ぶん大変やったんやで。」
「最近起きている失踪事件ということですか?」
「失踪事件かぁ。そう思われてもしゃーないやろうな。」
「あなたがこの事件の主犯ってことですか?」
「ちゃうちゃう。俺はこの辺で矮小化した初期の頃の人間や。もう100年くらい生きてるんやで。」
「100年!?どういうことですか?」
「俺にもわからへん。仕事に行こうとしたとき、姿はないけど、影がある声に呼ばれて、気づいたらここにおったんや。」
「今回と同じ現象ですね。」
「そうや。俺も最初わからんかった。自分が小さくなってることに気づいたんは、外を歩き回っているときや。」
声の主は自分が小さくなったときのことを語り始めた。
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