丫人 1
今度は奈良で50代男性が行方不明。
日本中を見渡せば、行方不明になる人は数多くいる。しかし、ここ最近は、関西圏でおっちゃんの行方不明が続いている。
ニュースでは、社会が疲弊し、50代でリストラにあったサラリーマンが鬱になってしまい、失踪したのではないかと言っていた。
しかし、ここ2か月の間に、大阪で5件、兵庫で4件、京都と奈良で3件、和歌山で2件起こっている。滋賀は今のところ情報はない。これらの共通点は全て30代後半から50代のおっちゃんたちであることだ。
いつも通り、朝、仕事に向かった姿を最後に行方不明なのである。誰一人遺体として見つかっていない。ただし、通勤経路上で、カバンやスマホなどの荷物だけ見つかっている。誘拐されたのではないかとも噂されているが、身代金の要求などもなく、誘拐の線は薄いとされている。
怖いなぁ。急に全部嫌になってどこかに行きたくなるのだろうか?仕事が辛いのか家庭が辛いのか。詳しい情報がないけれど、残された家族はどうなるのだろうか?ある日突然、いつも居ると思っていた人がいなくなる。想像するだけで悲しくなる。
「父さんは、いなくなったりしないよね?」
「え?あぁ、もちろんだよ。仕事も家も辛いと思ってないよ。」
「よかった。じゃあ、行ってきます。」
息子が学校に行く前に、俺に聞いてきた。中学三年生。今年受験だ。我が子にしては勉強ができるほうで、進学校を希望している。親としては公立を希望しているが、本来が臨むなら私学でもいかせてやれるくらいの蓄えは用意している。
「今日は早出だから先に行くね。」
妻も慌ただしく出発する。介護の仕事は、通常勤務以外に、早出、遅出、夜勤と勤務時間がバラバラだ。シフト制なので、こちらの休みと一致しない日も多い。家族揃って出かけることが難しい。
家の中が途端に静かになる。朝食を済ませて、食器を洗う。我が家では最後に出る人が、食器を洗っておくことになっている。
さて、そろそろ出発するか。俺はスマホをスーツのポケットに入れ、カバンを持って出発した。
家から駅までは15分。住宅街を抜けて大通りを二本通過する。駅前の駐輪場はいつもいっぱいなので、ずっと歩いている。自転車置き場にうまくありつけた人たちがビュンビュン抜いていく。くそーっと思いつつも、ウォーキングはダイエット効果もあるんだ、こっちの方が健康だと、心の中で強がってみる。
「おい、おっさん。」
ん?今後ろから声がした。しかも「おっさん」?俺はまだおっさんじゃない。確かに40歳にはなっているが、結構若く見られるタイプなので、おっさんとは呼ばれないだろう。
「おい、おっさん。無視すんな。周り見てみろ、お前しかいないぞ。」
え?周囲を見てみると、確かに誰もいない。そう、誰もいない。声の主もいないのだ。
「あれ?幻聴?誰も居ない・・・」
「おい、おっさん。ここにいるだろう?おっさんはお前しかいないって意味でのいないだぞ?」
確かに声がする。幻聴にしては会話になっている・・・
「おい、おっさん。地面見てみろ。影の数数えてみろ。」
影?俺は地面を見てみた。足下には当然俺の影がある。いつも通りだ。だが、視界に入った影は一つではなかった。
「もう一つ影がある。同じような大きさの影がある。なのに、姿がない・・・あぁ、俺はおかしくなってしまったんだ。」
「落ち着け。おっさんは俺の声が聞こえているんだろう?声が聞こえていて、影がある。これだけで俺が存在することが証明されるじゃないか?」
「いやいや、姿がない時点で証明されない・・・ん?もしかして、透明人間!?」
「んー人に姿が見つけられないって意味では透明人間かも知れないけど、ちゃんと体はあるぞ?透明だったら影もでないと思うけどな。」
なんだか、妙に納得してしまった。声と影。確かに幻聴だったとしたら影は必要ない。
「というか、なんで俺を呼ぶの?俺死ぬの?まだ子ども小さいし、仕事も嫌いじゃないし、家庭もうまくいっているし、だから死ぬのなんて嫌だ。」
「だから、落ち着けって。おっさんは死なない。いや、死ぬんだけど、死なないんだよ。それに俺はお前を殺したりしない。というか、むしろ助けるんだよ。」
「俺は死ぬけど、死なない?」
「そう。おっさんは俺に声を掛けられなかったら、すぐ目の前の道で、警察に追いかけられている暴走車にひき殺さてたんだよ。というか、俺のこと無視して今から歩き出しても同じことになる。」
「えーーー!!あなたは神様ですか?」
「ま、そんなところだ。多分俺は神様だ。だから俺の言うことを聞け。」
「神様、仏様、どうか私を生かしてください。まだ死にたくありません。アーメン。」
「色々忙しいヤツだな。まぁ、いいや。都合良く目をつぶったようだしな。」
「?」
その言葉を最後に俺は気を失ったようだった。
目覚めるとみたことのない場所にいた。木の良い香りがする。適度な温度、適度な湿度、まるで自然の中で眠っているようだった。
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