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二重人格?ーいいえ、それは本当の私の声
私はスピリチュアルな生き方や現象を信じている。それを隠していると、本当に言いたいことが制限されたり、曖昧になってしまうし、もう大体読み手には察しがついてしまうと思うから言うことにした。実際、知れば知るほど怪しくないし、むしろ"人生で出くわす不思議な出来事がすべて腹落ちする"、欠かせない概念だとすら思っている。
だけど、2年くらい前までは、そんなこと面白半分に見たり聞いたりしていただけだった。要するに毛嫌いはしていなかったけれど、しっかり信じて、ましてやそれを人と話したり、発信するなんて思ってもいなかった。
いつから私の考え方は変わったのか――そう考えたとき、20代の頃からずっと「自分がまるで二重人格者みたいだ」と感じていたことを思い出す。それこそ私にとっては、自分自身の性格が、"人生における腹落ちしない不思議なこと" だったのだ。
AさんとBさん:二つの私
ある日私は、Aさんとして懸命に生きる。
真面目に、誰よりも真剣に働き、組織のルールを守り、結果を出しながらも常に謙虚であろうとする。自炊をし、栄養バランスを考え、運動はどんな日も継続しなければならない。すべては地に足のついた、"正しい"人生のため。
だけど別の日には、Bさんとして気楽に生きたくなる。
ゆったりとした家で、たくさんの動物に囲まれて暮らしたい。仕事は家からできる気ままなものがいい。料理は美味しく健康的なものを食べたいけれど、時にはポテトチップやアイスクリームも欠かせない。
AさんもBさんも、どちらも私の本心だった。
だから私は、Aで突っ走ることもあれば、限界が来たらBに逃げた。だけどBの世界に飛び込むための勇気も環境も足りないから、Bで選んだキャリアをAのやり方で進め、そしてまた苦しくなる――これを何度も繰り返してきた。
転職10回、揺れるキャリア
たとえば、Aの視点で選んだ銀行員や会計士という仕事。自分の性格では真っ当に生きられる気がしなくて、せめて仕事くらいは地に足のついたクソ真面目なものにして、信頼の土台を築こうと思った。だけど情熱もユニークさも発揮できず、もどかしさに耐えられなかった。
次にBの視点で選んだ料理人やイラストレーターという仕事。だけど料理人は、みんなが家族と食事をしたり、仕事終わりに飲んでいる時間に働かなければならず、その働き方がつらかった。イラストレーターも、人に依頼された絵を描いてもお金にならず、不安で押しつぶされながら掛け持ち仕事をして毎日働き続けた。
気づけば転職10回、キャリアチェンジ5回。
いい歳だし、もうやりたいことで出世するなんて無理だ。同じ道を歩んできた同年代の人たちには到底追いつけない。
毎回一年生からのスタートも、正直辛かった。いろんな業界を見れて楽しかったし、すべて自分の糧になっている――だけど、その業界では私はいつも新人だ。他の経験を持つ私に価値を見出してくれる人は、どこにもいない。
魂の声を知る
本当にやりたいことをやろう――そう決めて始めても、いつも必ず行き詰まってしまったのはなぜだろう。私はもう、私が下す決断が信じられない、そう思ってしまっていた。
だから正直に、カウンセラーに「自分が二重人格のように感じる」と話した。その時言われたのは、
「人は、体と思考と魂でできている。現代人は思考が強く、魂の声を聞けなくなっている人が多い。でもあなたは、魂の声も強いから、思考と魂の両方が主張しているのだ。やるべきことをやりたいことだと勘違いしたり、不安からやりたいことを否定してしまうことがあるけれど、魂の声を大切にしなさい。」
その言葉を聞いた時、
私は二重人格ではなかったんだ。Bさんは、魂さんだったんだ。と腹落ちした。
AさんとBさんの共存
今の私にも、Aさん(思考)とBさん(魂)は共存している。だけど、Bさんの存在感は前よりも強くなり、もう見失うことはないと感じている。
最近は、考えすぎにならないよう、不安や恐れに飲まれないよう、瞑想や内観を習慣にしている。Aさんの暴走を見張り、Bさんが置いてけぼりにならないよう、心のバランスを整える時間だ。
それでも、Aさんがいたからこそ、ここまでやってこられた。 真面目に働き、地に足をつけ、私の人生を支えてくれたAさん。これまでのAさんの活躍に感謝こそすれ、後悔はしていない。だけどこれからは、Aさんには少し休んでもらい、Bさんにバトンを渡そう。
Aさんがホッとしている気配と、Bさんが小躍りしている気配を感じている。