ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 NHK交響楽団 マーラー交響曲第9番
今回は、昨年10月の定期演奏会のブロムシュテット指揮、マーラーの交響曲第9番について書きたいと思います。
マーラーの交響曲は生と死、そして愛がテーマになっており、交響曲第9番は大地の歌とならび、マーラーのこのテーマに対する結論といって良いでしょう。ベートーヴェンの『告別』の主題を引用しており、『大地の歌』の最終楽章『告別』で歌われる友との別れ、すなわち死と、エバーグリーン、永遠の大地への憧憬が、Ewing(永遠に!)のフレーズで、第9番に引き継がれています。
この演奏をEテレのクラシック音楽館で聴いたのですが、番組冒頭のブロムシュテット自身による解説が、平易でありながら示唆に富んだこの曲への理解が深まるものだと思いますので、少し長くなりますが引用します。
ブロムシュテットにとって、今回の演奏は95歳という高齢で、世界がウクライナ戦争やコロナ禍の苦境にある中での特別なものであり、死を人生、音楽、そして愛するすべてのものへの別れととらえながら、対極としての生の喜びを美しく歌いあげており、ウクライナの国旗のバッジを胸に付け、椅子に座った淡々とした指揮は、平和を希求した印象的なものでした。
第1楽章は、ソナタ形式により生と死が鮮明なコントラストをなしており、提示部、展開部、再現部それぞれにおいて、生の美しさ、生への憧憬と、忍びよる死への不安、恐れといった感情が激しく交錯しますが、特に、トゥッテイにおけるハープのグリッサンドを多用し、高弦と木管、金管の強奏を伴った幻想的な金色(こんじき)の光の海のような世界の美しさが印象に残りました。コーダでは、静かで清澄な音楽となり、苦しみからの解放、心の安らぎが奏でられ、ハープから木管へと受け渡され、最後にバイオリン、ハープ、ホルン、オーボエ、フルートが美しく静かに締めくくるところを聴いて、西行の『願わくは花のしたにて春死なんそのきさらぎの望月の頃』という歌が想起されました。静謐の中で、フルートをはじめとする木管が奏でる満月の美と、バイオリンとハープをはじめとする弦が奏でる満開からやがて散りゆく桜の美が描かれ、静かに極楽往生を願う音楽になっているように感じられました。
第2楽章の活気とユーモア、諧謔の雰囲気がある、交響曲や宮廷オペラの改革者としての反骨精神がうかがえるマーラーの若き日の美しき回想の音楽を経て、第3楽章に入ると、死へと向かう厳しい音楽となり、ウィーンを追われ、自らの死を予感していたマーラーの心象風景が、終楽章の『告別』の予告のところで、甘美で、どこか懐かしく、名残惜しげな音楽となって奏でられ心打たれました。
第4楽章は静かな別れを描く音楽となっており、大地の歌で描かれた生の象徴としての永遠の大地への憧憬と人生、音楽、そして愛するすべてのものへの別れが歌われ、明鏡止水のような淡々とした静謐の中で締めくくられました。ブロムシュテットは、N響の自発性を引き出しながら悠然とした耽美的な音楽を紡いでおり老大家だからこそなしえた至高の境地だったと思います。
この3年間のコロナ禍で、死が決して他人事ではなく、身近なことになったことで、生と死をテーマとしたマーラーの音楽の聴き方も以前に比べて随分深く切実なものになり、当たり前のように過ごしていた平和な日常の素晴らしさに気づかされました。待ちわびた春ももうそこまでやって来ており、今年こそは満月の夜、満開の桜を幸せを噛みしめながら楽しみたいと思っている今日この頃です。