ブルーノ・ワルター マイベスト10(第2回)マーラー交響曲第1番『巨人』コロンビア響
第9位,マーラー交響曲第1番『巨人』 コロンビア響
1961年録音 Sony Classical SICC10316
ワルターはアメリカ亡命後、メトロポリタン歌劇場、ニューヨーク・フィルで活躍しましたが、コロンビアレコードが、ワルターのために作ったオーケストラがロサンジェルス・フィルを主体としたコロンビア交響楽団です。ワルターは晩年、ハリウッドに移住し、このオーケストラと主要レパートリーを録音しました。
マーラーの交響曲は、古典派の様式美の世界からロマン派の感情、情緒の世界を経て、その両者の性格を併せ持つ独自の世界を築いていると思います。初演当時は、「交響曲音楽の分野における法と秩序の破壊だ」と評されましたが、ワルターはその革新性の数少ない理解者であり、交響曲第9番、大地の歌の初演を務め(それ以前についてはマーラー自身が初演)、また、新しい作品ができるとマーラー自身によるピアノで聴かせてもらえる間柄にあり、マーラーの交響曲の解釈に精通していたと言えるでしょう。その演奏は、古典派的な曲の造形を大切にしながらも、マーラー特有の歌謡性とドラマティックな曲想を余すところなく表現しています。
ワルターの楽曲分析によれば、
と述べています。この録音のライナーノーツにはワルター自身によるライナーノーツやインタビューが所収されており、マーラーとワルターの人間関係、交流、楽曲について、その解釈などを知るうえで貴重な文献だと思います。興味のある方はご一読をお薦めします。
この交響曲は1888年、マーラーが28歳の時に作曲されましたが、マーラーの若き日の失恋経験に基づき完成する4年前に作曲された歌曲『さすらう若人の歌』の旋律が引用されています。この点について音楽評論家の門馬直美は、マーラーの作品における交響曲と歌曲の重要性、密接な関係、シューベルトとの類似性について、以下のように解説しています。
このことからも、『巨人』と『さすらう若人の歌』をあわせて鑑賞することで楽曲に対する理解をより深めることができると言えるでしょう。
この録音には『さすらう若人の歌』が併録されており、メゾソプラノのミラーの女声ならではの透明で繊細な表現で、第2曲冒頭の『野に出かけたよ 朝露はまぶしく』や最後の部分の『ぼくにも幸せが?ない!ない!そんなはずはない ぼくには永劫 縁はない』のバイオリンとハープとオーボエの慰めの表現(⑥2:20)や第4曲『ぼくのあの娘の 青い双の目』後半の『菩提樹』(⑧2:20)など抒情的で美しい旋律が散りばめられています。また、第3曲『もえたぎる刃が、ぼくの胸の内にはある』の緊迫した苦悩を表す激しい感情表現は、『巨人』の第4楽章冒頭からの嵐のような激しい表現を経て、フィナーレで苦しみから解放された清々しい表現となって完結します。通常は独唱はバリトンですが、フィッシャー・ディスカウとフルトヴェングラーによる名盤があり、聴き比べてみるのも一興でしょう。ワルターの指揮も、青春の喜びと輝き、失恋の痛みを歌う激情を表情豊かに表現した歌心豊かな耽美的な演奏となっています。
参考盤
マーラー さすらう若人の歌
〇メゾ・ソプラノ ミルミッド・ミラー
ワルター指揮 コロンビア響
1960年録音 Sony Classical SICC10316
〇バリトン フィッシャー=ディスカウ
フルトヴェングラー指揮 フィルハーモニアPO
1952年録音 WANER MUSIC JAPAN WPGS-50077
参考文献
音楽之友社 2015年 作曲家別名曲解説ライブラリー マーラー
音楽之友社 2002年 マーラー交響曲第1番(改訂版)ミニチュアスコア
ソニーミュージックエンターテインメント 2020年 SICC 10316~20 ライナーノーツ