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オットよ、たまにはカフェに行こう


うんざりする母ののろけ話

「最近週末、カフェでデートしてるんだけど~」
再婚して10年になる母と、久々のランチ。

一番目の夫、すなわち私の父親とは幸せな結婚生活を送れなかった母が、円満に暮らしているのは嬉しい。けれども、正直わざとらしいのろけ話にはうっとうしさも感じてしまう。

母親の恋愛話は、幾つになってもキツイものがある。義父の話を聞いてみないと分からないが、どうやら母が無理矢理デートに誘っているようだ。

実父に不倫され、私が15歳の時に離婚。女手一つで高校卒業まで育ててくれた母。義父に会うまで苦労の絶えなかった母が手に入れた幸せに、うっとうしさを感じるなんて、イヤな娘だと心の狭い自分が情けなくなる。

「で、そっちはどうなの?」

来たよ…。35にもなった娘の夫婦生活なんてほっておいてくれたらいいのに。
「お互い仕事で忙しいけど、順調だよ~」

あいまいな私の返答が不満らしく、
「家事は手伝ってくれてるの?」
「積極的に、夫婦の会話の時間を作らなきゃ」

あげくの果てには、
「もう結婚して5年でしょ?あんまり言いたくないけど、そろそろ孫の顔だって見たいわ」

言いたい放題の母に、愛想笑いでやり過ごす。

自分が離婚したときのこと、忘れたの?

心配してくれる友達のことを、
「人の不幸を気にかけてくるなんて、ヒマなの?性格悪すぎるんだけど!」
と、文句を言ってたクセに。

アレはどう見ても、完全な八つ当たり。

母は外面がいい。

「心配してくれてありがとう」とか、
「持つべきものはやっぱり親友」
なんて言いながら、私に愚痴りまくっていた当時の母を思い出す。

高校受験を控えた娘のことなんて、これっぽっちも気にかける人じゃなかった。

不倫して私たちを捨てた父が一番悪い、
母は被害者だ。

そんなこと、分かってるけど、じゃあ私はどうなの?

15歳という多感な時期に、両親の離婚に母の愚痴。
私は高校卒業後、就職を機にひとり暮らしを始めた。母には反対されたけど、一緒に暮らすのはもう無理だった。

母から離れたくて、わざわざ家から遠い会社を選んだのだが、娘の気持ちなんて全然分かっていないだろう。

お互いパートナーをみつけて、今はそれぞれ幸せに暮らしている。
それでいいじゃないか。

どうして、娘と同じ土俵に上がろうとするのだろう?しかも夫婦の話題で。
母に対抗意識を持たれても、返しようがない。

娘より幸せな結婚生活を送っていると確認し満足したのか、言いたいことだけ言って、

「晩ご飯の買い物があるから、そろそろ帰らないと~」
と、デザートを食べ終わった瞬間に席を立つ母。

「私が作ったカレーが食べたいんだって!」

ああ、そうですか…

たしかに母の作るカレーは美味しいが、勝手にどうぞと言いたい。

「お母さんのカレー、美味しいもんね」

ひきつりながらも笑顔で返した私を誰か褒めてくれないだろうか。

私は何なのだろう?
なぜ母親に、結婚生活でマウントとられなきゃいけない?
楽しくないランチになると分かっていても、誘いを断れない私は親孝行者なのか、自己主張が出来ない弱い人間なのか。

せっかくの休日を台無しにしてしまった。

何もなかった5年目の結婚記念日

母とのランチにグッタリ。家に着いた瞬間ソファに飛び込んでしまった。
母のこと、本音を言えば羨ましい。認めたくないけど。

実は、先月結婚5年目の記念日を迎えたとき、オットに
「記念日はさ、久々に二人でカフェにでも行ってお祝いしようよ!」
と誘っていたのだ。

マンネリから抜け出したい私は、けっこう本気だった。

結婚前、出来れば付き合って2~3カ月の頃の様に、大事にされたい、かまってもらいたい願望が捨てきれない。

結婚して5年、馬鹿げているとは自分でも分かっている。
でも、空気のような存在なんて、なんだか空しい。

「カフェか、いいね!」

と、デートの誘いに乗り気に見えたオットだが、記念日には何もなかった。ふつうの日、なんの変わりもない木曜日。

仕事で疲れ切っていた私も、手の込んだ料理なんて作れなかった。なんなら外食に誘われるかもという淡い期待も見事に砕かれ、イライラしながら作ったカレーを二人で黙々と食べただけ。

ケーキとかワインとか、何にもなし。私一人張り切るのが悔しくて、何も準備しなかったのだ。

結婚記念日に味気ない雰囲気の中でカレーを食べたことを思い出すと、母が今日笑顔でカレーを食べることにモヤモヤしてしまう。

私の思いとは裏腹に、結婚記念日の夕食がカレーだけということに、オットはなんの疑問も持っていないようだった。

その週末、今日こそカフェデートかもとそわそわする私だったが、土曜日も日曜日もお出かけはなかった。そもそもデートに行く約束すら忘れられており、私も自分から誘う気力が残っていなかったのだ。

私だけが結婚記念日に期待していたことを思い知らされただけの休日。

デートに行く約束を忘れていたからといってケンカするような年齢でもない。
分かっているけれど、もうオンナとしてお前のことは見ていないという、オットの無言のメッセージだけがひしひしと伝わってくる気がした。

せっかく忘れかけていた記憶だったのに、母とのランチでまた思い出し、イライラする。

私は結婚記念日に楽しみにしていたカフェデートに行けなかったことと、
再婚した母が毎週、カフェデートをしていること。

たったこのふたつの事実に、自分が女性として劣っているような、人間として価値がないような思いがどんどん膨らんでしまう。

35歳。カフェなんてひとりで行けばいいじゃないか。
ひとりの時間も楽しまなきゃ。

カフェに行かないくらいで、魅力がなくなったなんて、なんて短絡的な考え方なんだろう。我ながら情けなくなり思わずため息が出る。

もう一度恋がしたい

表面上は、夫婦喧嘩もなく穏やかに過ごしている私たち。
お互い仕事が忙しく、平日はほとんど会話もない。

一応寝室は一緒にしていたのだが、テレビを見ながら寝たいオットと、静かな環境でないと眠れない私。寒がりの私と暑がりなオットとは、クーラーの温度設定も全く違うのだ。
いつの頃からか、オットはリビングに布団をひいて、テレビを見ながら寝るようになってしまった。

最初はリビングのソファで寝落ちしてしまうオットを心配して、布団をひいてあげたのだが、その時はまさかこの状態がずっと続くようになるとは思ってもみなかった。

夜は同じ空間で一緒に過ごし、たわいもない話をしながら寝落ちする。悩み事があってもパートナーの存在を感じながら、安心に包まれて眠る。

独身時代に憧れていた夫婦生活とはほど遠い。こんな結婚生活、意味があるのだろうかと、最近疑問に思えてくる。

私たち夫婦には子どももいない。

子どもがほしくないと言えばウソになる。かと言って、夫婦で積極的に話を進める勇気も勇気もない。

自然に任せていたらいつの間にか5年という月日がたってしまったのだ。

結婚が決まったとき、二人くらい子どもを授かって、夜はみんなで布団を並べて寝る。そんな生活を想像していたのに…。

原因は私にあるのか、オットにあるのか。またはふたりともなんらかの問題を抱えているのかは分からない。

分からないし、知ろうとも思わない。積極的な治療が必要になったとき、協力しながら前に進む夫婦の姿がどうしても想像できないから。

育児に奮闘している友人を見るとうらやましく思い、街中で妊婦さんを見かけるだけで劣等感を感じる私。

…たぶん私は子供がほしいのだと思う。

しかし現実は、結婚したせいでオットとの距離が出来てしまったように感じる。
「結婚なんてしなければよかったのかな」
と、一度浮かび上がったネガティブな感情が、頭から消えてくれない。

一度目の結婚に失敗しても、再婚してから幸せそうに暮らしている母の笑顔がチラつく。ちょっと勝ち誇ったように見えたのは私の被害妄想なのだろうか。

母親にライバル意識を持ったオンナなんて、オットが聞いたらあきれるだろうな。そんな妻となんてカフェに行きたくもないだろう。

リビングに飾ってある新婚旅行の写真を眺めながら、大きなため息が出た。

「ずっと幸せにするから」

そう言ってくれたのに。今では私になんの関心も無くなってしまったオット。

写真に写る私たちは本当に幸せオーラ全開で、私もこの幸せがずっと続くと信じて疑わなかった。

あの頃は、

「夫婦の愛情なんてもって3年。一瞬なんだから」
という母親のアドバイスにも、笑って飛ばせる余裕があった。

私とオットは特別。なんの根拠もないのに、そう信じてた。
夫婦なんてこんなもの。

でも、私はもう一度愛されていると実感したい。オットから関心を持たれ、私と一緒にいたいと思ってもらいたい。

バカバカしいのは、十分承知である。けれども、もう一度恋愛がしたいのだ。
母親になれないのなら、妻として価値のある存在でありたいと考えてしまう。

35歳、肌も体力も20代の頃との違いをヒシヒシと感じ、もう若くないという焦りもある。

ふと疑問がよぎる。

私はオットともう一度恋愛がしたいのか。
誰でもいいから、恋愛がしたいのか。

不倫願望なんてないが、ときめいたりドキドキしたり、幸せを感じたい。
いっそ、お互い人生をやり直した方がいいんじゃないだろうか。

「バカバカしい」

わざと大きな声を出して、この感情を吐き捨てる。もう結婚5年目、結婚記念日に何もしなかったくらいで大げさだ。現実に戻らなくては!!!

3日間の独身生活

私たちは二人とも、出張とは無縁の職場で働いている。残業もほとんどないので、短い時間とはいえ、毎日顔を合わせて食事をする。が、会話はほとんどなし。

今日は遅くなる、食事はいらないといった報告のみ。まるで職場の業務連絡である。

ある日、オットが
「社員旅行で韓国に行くことになった」
と言ってきた。

さほど嬉しそうではないが、これも親睦を深めるための仕事の一貫なのだろう。もともとインドア派で家で静かに過ごしたいオット。乗り気ではなさそうだ。

「そんなんだ!どうせ行くならめいっぱい楽しんで来て!」

と答えたが、正直、オットが楽しもうが楽しめまいが私には関係ない。妻と近場のカフェには行かないくせに、職場からの海外旅行には乗り気でなくてもく出かけてしまうオットなんて、どうでもいい。

また自分のイヤな部分が見えてしまった。自分でも呆れるくらいしつこい女だ。

平日の食後は、いつもオットはリビングで、私は片付けとお風呂を済ませてから寝室にこもっている。結婚記念日でさえ出かけなかった私たちなんだから、オットがいなくても絶対に大して変わらない。

なんなら離婚の疑似体験が出来るんじゃないかと、期待が高まった。

~旅行当日~

「じゃ、行ってくるね」

二泊三日の旅行に出かけるオット。乗り気ではなかったはずなのに、心なしか嬉しそうに見える。さては、オットも独身生活を楽しみにしているのではないだろうか?

そんなことを考えながら、久しぶりに玄関先まで見送りに出た。

「気をつけて。楽しんできてね」

見送って玄関のドアを閉めた瞬間、思わずガッツポーズをとる。

内心、三日間の独身生活を楽しみにしている私。家事からも解放される。離婚のシュミレーションも出来る。

心が軽いのは、気のせいではないだろう。

オットが見送った後ウキウキした気分だったのだが、夕食の時間になると急に【ひとりぼっち】になったような孤独感が押し寄せてきた。

もともと会話は多くない。家事のほとんどは私。それなのに、オットの存在がないことをヒシヒシ感じるのだ。リビングってこんなに広かったっけ?

ひとり時間を満喫しようと奮発して買ったデパ地下のお高めのお惣菜も、滅多に飲まないビールも、なんだかつまらないものに見えてしまう。

いつも占領されているリビング、思う存分楽しむつもりだった。明日は土曜日だから夜更かしするつもりだったのに、オットのいない空間を楽しめそうにない。

時計の秒針の音がやけに大きい。冷蔵庫ってこんな音してたっけ?
生活音にも心がザワザワしてしまい、あきらめて早めに寝ることにした。

スマホの着信履歴を確認するが、オットからは電話もメールも来ていなかった。夜10時、オットは離れている妻に「おやすみ」の一言も言えないんだろうか。

韓国とは時差もない。

せっかくの独身生活なのに、楽しむどころかオットの電話を待っている自分が無性に腹が立つ。

私だけがオットを思っているみたいで悔しい。

これ以上スマホの画面を確認するとオットに負ける気がして、私はスマホの電源を切って寝ることにした。

しかし、全く寝付けず時間がとてつもなく長く感じる。

翌朝、ほとんど眠れなかったが、とりあえずベッドから出て、リビングにおいていたスマホの電源を入れた。ちょっとドキドキしている気もするが、決してオットの連絡を期待していたわけではない。

履歴を確認するが、オットからのメッセージはなかった。

寝不足のせいか、どんよりした気持ちで、せっかくの独身生活を楽しむ気力も沸かない。

ぼうっとしていると電話がかかってきた。もしかしてオット!?嬉しさがこみ上げる。やっぱりオットから連絡がほしかったんだ!!急いでスマホを手に取る。

けれども、スマホに表示されている名前はオットではなく、母だった。

「お母さん、ゴメン」

今はとてもじゃないけど、母親とおしゃべりなんて出来そうにない。私は母からかかってきた電話を放置してしまった。

土曜日の午前、電話に出れなかった言い訳なんて、あとからいくらでも出来る。

もう何もする気にならなかった。オットがいないせいか、または連絡をくれないせいかは分からない。

とにかく私は自分が思っていた以上にオットの存在が大きいことを思い知らされた。

そして気づいた。

誰でもいいから恋愛がしたいわけじゃない。
オットと恋愛をしていたいのだと。

結婚記念日、プレゼントも用意してくれない、カフェにも行ってくれない人だけど、それでもやっぱりオットが好きなのだ。

カフェより市場!?

「ただいま~っ!」
私が聞きたかった声が玄関から聞こえる。ついにオットが韓国から帰ってきたのだ。

「おかえり」

私は出来るだけ嬉しい気持ちがバレないように出迎える。本当は飛びついて抱きしめたいという感情を必死に抑えた。

結局オットから連絡があったのは、二日目、土曜日の夜だった。私に電話したかったが、友人たちとお酒が進み、金曜日の夜はすぐに寝てしまったのだそうだ。

そして連絡は二泊三日の旅行中、その一回きりだった。

オットの社員旅行は、私がオットを今でも好きという気持ちと、オットが私に関心を持っていないことを再確認した時間となってしまった。

ウキウキしながら離婚のシュミレーションなんていってたから、罰が当たったのだろうか。

これからは、オットのことを好きだと思う気持ちは封印して生きていきたい。

特に問題のない夫婦なのにおかしな話だが、私は本気である。

そして、オットが私に持っている同じレベルまでオットへの関心を失くす。

そう決意したのだ。波風立てず、夫婦生活を続けるために。
万が一、離婚の話が出たときのダメージを最小限にし、母のようにならないために。

「市場が本当に面白くてさ、みんなめちゃくちゃ元気なんだよ。通りを歩いてるだけで、俺の悩みなんてちっぽけだなって思えるような雰囲気でさ~」

聞いてもいないのに、旅行の報告を楽しそうにしてくるオット。私が寂しく虚しく過ごした時間とはまるで正反対。募るイライラを必死に抑え込む。

そんな私の態度が、体調が悪いように見えたのか、

「大丈夫?風邪でもひいた?」

と呑気に尋ねてくるオット。それからさらに、

「あ〜でもやっぱり、お前と行ってたら最高だっただろうな」
と、私に笑顔を向けてくる。

私と行ったら最高だった!?耳を疑うようなセリフが飛び出した。

電話もせず、私に関心もないのにどうしてサラっとそんな発言をするのだろう。

嬉しいような、気持ちを弄ばれて悔しいような、何とも言えない思いがこみ上げる。思わずオットを責めるような口調で問いただしてしまう。

「何言ってんの?私に関心なんてないくせに。一緒に行きたいくらい
大事な奥さんだったら、結婚記念日スルーなんてしないでしょ?」

そしてとどめの一言。

「結婚記念日のカフェでお茶なんて、すっごい妥協案だったんだけど」

言ってしまってハッとした。

ついに言ってしまった私の本音。

本当はオットの方から積極的に記念日デートを提案してほしかったし、私へのプレゼントの準備もしてほしかった。

せっかくの記念日だからと私のために奮発してほしかったのだ。

プレゼントやディナーというより、きっと、オットの行動を通して愛されているという確信がほしかったのだと思う。

去年まで、私も結婚記念日に対して思い入れはなかったから、あの頃は愛されてないかも、なんて悩んでいなかったのだろう。

旅行話をしただけなのに、突然結婚記念日の話が出たからか、キョトンとした顔で私を見るオット。この表情を見るだけで、オットが結婚生活をどれだけ大切にしていないのかよく分かる。

せめて近場のちょっと雰囲気のいいカフェくらいなら、負担もなく連れて行くだろう。っていうか、カフェで結婚記念祝うなんて、私ってめちゃくちゃ健気な奥さん。
カフェさえも面倒なら、私たちの関係ってもう終わりじゃない?

これが私の本音。

だから、そのカフェにすら行かなかったというのは、私にとってオットから愛されてないという無言のメッセージのように受け止めてしまったのだ。

旅行の報告も出来ない、可愛げのない妻にあきれただろう。もうなにもかもあきらめた。オットから愛されることも、憧れていた結婚生活も。

そう考えていた私をオットは不思議そうに眺める。

「コーヒーなんて家で飲めばいいじゃん」

私の心に、悲しさを通り越した感情…呆れにも似た感情が湧き上がる。

「せっかくの記念日だったんだから」

と、オットは続ける。

「家で二人きりで過ごすのが一番よくない?」

私はその言葉に拍子抜けしてしまった。カフェより家で過ごす方がよかったと本気で思っているのだろうか。特別感が全くない時間が?

「手作りのカレーってさ、外で食べるご飯より断然上手いし」

「それに、俺しか食べられないって考えたら、優越感に浸れるし」

照れたような表情で衝撃的な発言をするオット。私にとってまるでお通夜のようなあの日の食事。オットはちゃっかり記念日を満喫していたのには驚いた。

と同時に、胸がチクリと痛んだ。イヤイヤ作ったカレーをそんな風に思いながら食べてくれてるなんて、想像もしてなかったから。私、ずっと仏頂面だったよなぁ。

なんのこだわりもない、イライラした気持ちで作ったカレーがオットには特別なものだったなんて思ってもみなかった。

ふと、

【男は火星から、オンナは金星から来た】

という母から聞いた言葉を思い出す。男性と女性は、お互い理解し合えないほどに、もともとの考え方が違うのだそうだ。違う惑星から来たくらいに。

そうだとしても、オットの言葉には驚いてしまう。

「私はカフェに行くの楽しみにしてたんだけどな」
私はポツリと呟いた。

「え~!?せっかくの記念日なのにカフェ?」

どうやらオットにも結婚記念を祝おうという気持ちがあったようだ。私は自分の心が少しずつ温かくなって、カチカチに固まった感情が溶けていく感じがした。

「カフェなんて別にコーヒー飲むだけじゃん。今年は5周年なんだし、特別なことしようよ!でさ、二人で韓国に行くのってどう?」

私は結婚式を挙げた日にこだわっていたけど、オットはもっと大きく捉えていたようだ。

私よりもっと考えてくれていたということは、もしかしてオットは今も私を愛しているのかもしれない。

「それにさあ」

真顔に戻ったオットが私に話しかける。

「なんか悩みあるでしょ?最近思いつめた顔よくしてるから、気になってたんだよね。俺に言いたくないのかなって思ってたから、こっちからも聞かなかったんだけどさ。」

「絶対気分転換した方がいいって。だから休み合わせて今年中に絶対二人で旅行しよ?」

私が思い詰めていたのは、結婚記念日にカフェさえも行かなかったから…。なんていまさら言えるわけもなく、黙ったまま頷いた。

声を出すとホッとしたのと嬉しさとで、泣いてしまいそうだったから。私ってまだまだ小さいな。

私の気持ちを知らないオットは楽しそうにお土産を広げ始めた。

アイクリームにハンドクリームにシートパック。

「どう?気に入る?」

いたずらっ子の様な笑顔で尋ねてくるオット。

どうして私のほしい物が分かったんだろうか?てっきり適当にお菓子とか韓国海苔とか買って来ると思ったのに。

「私がほしいもの、全部知ってるみたい。ありがとう」

私のことを考えながら選んでくれたことが分かるプレゼントが嬉しかった。

「気にしなくていいのに、目の周りの小じわが~!とか最近言ってるからさ。店員さんに一番人気のある目に塗るクリームはどれですか?って聞いてみたんだよ」

私が最近目尻の小じわを気にしていることも、一年中ハンドクリームが手放せないことも、週末はシートパックでケアを始めたこともちゃんと知ってたんだな。

っていうか、ちゃんと私のこと関心持ってるんだ。

オットがお土産を選んでいる姿を想像するだけで嬉しい。社員旅行で自由に買い物する時間があまり無かったかもしれない。自分へのお土産も見たかっただろうし、なにより、オットが女性のお化粧品を見に行くのって、ハードルも高かったはず。

言葉はなくても、私はちゃんとオットに愛されている。そう確信できた。

でもやっぱりカフェに行きたい

5周年記念に韓国に行くと決めた私たち。オットが楽しそうに韓国で撮った写真を見せてくれる。

本当に市場が楽しかったらしく、撮影した写真のほとんどが市場の風景だった。たしかに元気をもらえそうな場所である。

しかし、私は夫婦でゆっくり静かな雰囲気でお祝いしたかった。出会ってから結婚するまでのこと、結婚してから今までのこと。

出来れば未来のこと、子どもについてどう考えているのか。
話したいことはたくさんある。

二人だけの時間に浸りたかったのだが、なかなか理想通りにはいかないものである。

でも今はオットが私のために考えてくれていることが分かるから、以前よりはこだわりはなくなった。

カフェにこだわっていたというより、執着していた自分がちょっと恥ずかしい。
結婚生活が長くなって、お互いが当たり前になってしまった今、改めて愛情を確認し合うのは気恥ずかしい。

でも、確認する機会がないと、自分が愛されているのか、必要とされているのか不安になってしまう。

素直になれない分、もしかしたら、学生の頃より恋愛という言葉に振り回されているのかも。

私はなんとなく二人でひとつの山を越えたような気がした。

久々に母とランチをする。オットから預かった韓国のお土産を渡すために私から誘ったのだ。

「さすがオットくん、センスがいいわね!」

私と同じハンドクリームと、ちょっと高級そうなお菓子。嬉しそうに受け取った母に、オットと二人で韓国旅行に行くことを伝えた。

また、母ののろけ話にすり替えられそうな気がしたが、母は意外にも肯定的な反応を見せた。

「いいじゃない!素敵。夫婦なんてしょせん他人。歩み寄る努力しないと、幸せなんて逃げていっちゃうものよ」

やけに重みを感じる母の言葉。ちょっと痛々しく感じていた母のカフェデートにのろけ話。もしかしたら、離婚のときに味わった苦しさや悲しさに負けまいと必死に抵抗していたのかも。

そう思うと、母は母の人生を幸せにするため一生懸命に生きているのだと感じた。

オットが旅行から戻った後も私たちの生活には変化がない。
相変わらず、会話は少ないし、夜は別々に眠るのも変わらない。

でも、何も変化がないように見えるけれど、お互いなくてはならない存在なのだという安心感のある空気が漂っている感じがする。

感情は目に見えないからこそ、時には不安になり、ぶつかることもあるだろう。でもその度に乗り越えていければ、夫婦として成長出来るはず。

幸せな生活って結局こんな何気ない日が続くことなのかもしれない。

週末、相も変わらず家でゴロゴロしているオットに、声をかける。

「ねえ、あなたと一緒にカフェでお茶したいんだけど!」

オットも何かを感じた様子で、優しい笑顔で

「着替えるから5分待ってて」
と答えてくれた。


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