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川端康成はノーベル賞受賞4年後に自殺してしまったのか
その時その場所でその感情になることは、その人しかわからないってことがあるよね。
その時の背景やその人の境遇があっての感情だもんね。常識にあてはめても何の意味も無い。
そういうことを考える時、
理解したいっていうより
ただ、考えてみたいって思うんだ。
今日は川端康成の自殺について話してみたくなる。
私も娘も川端康成の作品は一冊も読んだ事がない。
娘と話していると
「ここまで話せる」という喜びを感じる事がある。そういう感情になることをお互いに理解しながら
満足するような気持ち。
娘にそれを伝えると
「わかる〜」と嬉しそうに目を輝かせる。
「話したい事が話せるってこういうことだよね!」
わたしたち人間はまだまだ深いものを秘めている。
なのに
そんなこと考えなくていいんだよという世間になってきてやしないか。
優しさのフリをして。
でも本当は皆
深いことを「出したがって」いる。
出してもよさそうな相手を探している。