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帰ろう、自分に。
「来月、インドに行くんだ」
「え!いよいよ、行くんだね。」
昨年から一人暮らしを始めた25歳の長男Mは時々週末うちに来ては一緒にご飯を食べる。
Mが一人暮らしをすると決めた時、夫はかなり驚き、
「同じ都内に?家賃やら生活費やらを考えたら
お金がもったいないじゃないか」と
しきりに嘆いた。
Mはもうずっと前から一人暮らしするんだって言っていたじゃない?と私。たしかにお金はね実家にいたら貯めることができるだろうけどと言いながら
その後なんだかうまいことが言えなかった。
でもMの一人暮らしはきっと旅の一つみたいなもんなんだろうなあ。
ふと気づいたように夫が笑いながら言うと
ああ、そうかもしれないねえとMも笑う。
うん、そうだ、きっとそうだと家族が皆笑った。
「インドかあ。いいねえ!」
私は思わず手放しで喜ぶ。
「はやく旅の話を聞きたいなあ!」
長男は幼い頃鉄道が大好きな子で、よく一緒に近所にある線路に行ってあらゆる電車をながめた。
そのうち1人で電車に乗ってみたいと言いだし、最初の一人旅が10歳の時。
電車に乗り、改札を出ただけでそのまま帰ってきたと言う栃木への旅だった。
その後当時にしかなかったお得なチケットを使って子供料金のうちに新幹線に乗ったりしながら
一人旅は拡大していった。
スマホもない時代。
本人も特に欲しがらなかったし携帯電話を持たせることもなかった。まわりのママ友達からは「そんなあぶないことよく許すね」とちょっと怒ったように言われたこともあった。
長男は幼い頃人と交流するのがとても苦手で誰とも遊ぼうともせずしゃべることすら嫌なのか、お友達と話しているところなど見たことがないくらいだった。
私にベッタリで、怒っても泣きながら離れない。
いろいろ想像していた子育てとは違うことに戸惑い、
なぜだろう、
私はそれらをすべて自分のせいのように思い
ノイローゼぎみになったこともある。
だから、そんな彼が目を輝かせて何かに夢中になって、外へ、しかも1人で出かけようとしている姿は驚きであり希望だった。
「好きなこと」というのはこんなに人を前進させ、強くするのか。
私はそんなことを長男の姿から学ぶ。
一人旅を全く心配していなかった訳ではない。
しかし、それに負けないくらいワクワクするような気持ちで、好きなことに没頭していく彼の姿を追っていた。
それに、許すも許さないも彼はもうすべてを1人で決めていて、なんの忠告も禁止も母親である私に望んではいなかったと思う。
彼の「計画」は綿密だった。
全ての時間と場所をギッシリと書き込んだコクヨのノートとボロボロになった時刻表をリュックに入れ「この通りにできるのかやってみたい」と言って出かけた。
そして帰ってきて「どうだった?」と聞くと、
満足そうに「何もなかったよ」と言うのだった。
おもしろいなあ。
なにかを見たくて出かけるだけが旅ではないのだと気付かされる。
彼は自分の可能性を試しているのか。
私には止める理由がわからなかった。
でも中学生の時に東京から四国に行ったとか
自転車で往復100キロ走って高尾山に登って帰ってきていたとか、夜行バスで京都に行ったことがあったとか
全く私が知らなかったことを
反抗期も過ぎた頃にこやかに、
何かのついでのように事後報告された時にはさすがに驚き、自分のあまりの「放牧育児」を申し訳なくすら感じた。
でもそれだけではなかった。
彼の旅はどんどん続く。
高校では禁止されていたのに内緒でバイトをし交通費を稼いでは鉄道だけでなく飛行機にも乗っていたらしい。パスポートもとってアジアやヨーロッパを巡っていたのだという。
こんな話を聞いて、今更ではあるが親として叱らなくてはいけないのだろうか?と頭によぎりつつも、つい、大笑いしてしまう。
なにそれ?
普通じゃないよ。
この気持ちはなんだろう。
親として不謹慎かもしれないが
なんておもしろい人になったんだろう!と
誇らしくさえ思えてしまった。
大学生になってからは「今タイにいるから夕飯はいらないです」なんてLINEが来たこともあった。
長男ならありえる、とLINEを凝視した。
娘は「お兄ちゃんらしい!」と笑った。
そんな長男がインドに行く。
行くんだ。行くことにしたんだね。
うん。インドは行っておきたくなって。
そうか。そうだね。いいと思う。
Mは、行くべきところだよ。きっと。
つくづく思った。
あなたの自分に帰れる場所は旅なんだね、と。
帰る場所が出かける場所だなんて
矛盾しているようだけど。
人との交流がなによりもつらそうだったのに、
旅で人のあたたかさにふれ、そのことを嬉しそうに話してくれた時、
人はどんなことが人生を変えていくのかわからないものだと思った。
自分の世界が広がっていったときのあなたの目の輝きを私は知っている。
人間っておもしろい!
インドはきっとそんなことを思わせてくれる
国だと思う。
次男も長女もお兄ちゃんに続けとばかり
皆おもいっきり自分のための羽を伸ばし
好きなことをとことん追求しながら
思ってもみなかったような人になった。
娘はいままで貯めておいたお年玉を使って外国に行ってくる!と19歳の時1人で10カ国以上まわり
大学の就活を海外でやってみたいと言い、
今日チェコに飛ぶ。
次男は数学が大好きな人になって理系の大学に進学したが、それ以上に好きな世界を見つけクラフトを極めるためにデンマークへの留学準備に眼を輝かせている。
外国に行かせてあげるお金は用意できないと伝えた時は、片っ端から奨学金の制度を調べ挑戦してくれた。
3人の目は確実に輝いていて
私の助言や心配なんてまるで眼中なく
頼もしい姿で
好きな世界を謳歌している。
彼らをみていると、思う。
私も帰ろう、もっと自分に。
まだまだきっとやりきれていない。
なにもかも無限大なはず。
好きなことをどんどんやってみよう!
ありがとう
ありがとう
感動で胸がいっぱいになる。
感謝の気持ちが
私を包んでくれる大きな幸せへと変化してゆく。