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お義母さんのやきもち#自分で選んでよかったこと

お義母さんが階段から落ちたらしい。
そのことを知ったのは、
はるこが入院することになったのと同じ日だった。

えっ!どこの階段?骨は?どうして?
夫のたつひこに次々と質問しながら
頭のどこかで「またか」と思う。

義母は以前にも職場の階段から落ちて
大怪我をしたことがあるのだ。
それをきっかけに働くことをやめていたはず。
今回怪我した場所は家の中の階段だった。

「肋骨が折れたらしいけど、病院に行って今はコルセットしながら普通に家にいるらしいよ。」
たつひこが、大丈夫みたいだよ。とあまりに軽く言うので、半ば呆れながら頭の整理が追いつかなかった。加藤家はいつもこんな感じなのだ。

夫は自分の親たちのことにいつもあまり関心が無くドライだ。実家からの電話にはいつもあからさまに嫌そうに話す。
なるべく関わり合いたくないのだろうとそんな姿を横目でみながら、
でも、私も夫のそういう態度をうまく利用してきたのだといつも感じていた。
嫁として、もう少し心体ともに動かすべきところを誰も何も言わないからシメシメとばかり知らないふりを決め込んできたのだ。
孫のお祝い金などはチャッカリもらうだけもらって。
だから今回も、
たつひこが大丈夫と言うならと、
その言葉にしがみつき、
すぐに自分の病気の方にシフトしてしまう。

次にお義母さんどうしたろうとふと頭をよぎったのは、はるこが入院して10日以上たってからだった。

お義母さんのことだから、コルセットで骨を押さえつけておけば治るとか言い張ってろくに通院もしていないんじゃないだろうか。
以前同じように怪我をした時も、そんなふうに治療に対して少しやけっぱちのような義母の感情を感じたことがあった。あの時も加藤家はあまり大騒ぎせず、なんとなく過ぎてしまったっけ…。

義父は数年前に頭を手術してからすっかり気持ちが弱ってしまった。最近はもう歩くのもしんどいと言って、一日中家にいるらしい。
とてもお義母さんを気遣う余裕はなさそうだし、
もともと仲が悪い二人。
ケンカばかりしている80代の二人が目に浮かぶ。


電話をしてみようか。
しかし、こんな日にちがたってからしらじらしく連絡して、心配してたみたいに話し始めるのも気が引ける。
そうだ、メールにしよう。


「怪我をされたとききました。
その後体調いかがですか」

当たり障りのない嫁からのメールにすぐに返信がくる。

「はるこさんも体調いかがですか。私は買い物にも行けるようになりました。検査がんばってね。」

私の入院のこと知っていたのか。と驚いた。
それなら私の連絡が遅くなったのも納得してもらえていたかなとすこしホッとしながらも、
本当にお互いなんにも気遣いあわない関係が定着しているんだななんてことを改めて感じた。

買い物にも行けるようになっただなんて、
そうかあ、行けなかったのか。
その間どうしていたんだろう。
骨折したんだもんね。痛かったろうなあ。
やっぱり結構大変だったんじゃないだろうか…。


「お義母さんにメールしてみたんだ。買い物行けるようになったって書いてあった。買い物行けないくらいだったんだね。お義父さんは絶対いけないよね。しばらくどうしてたんだろう。」

「ああ、それなら僕と弟で買い物したよ。車で。」

え?あ!そうだったんだ!よかった…
ホッとした。息子やってくれてたんだね。
でも珍しい…やはり親が80代にもなるとしらんぷりもできなかったのか。
だけどこのこと私にも話してくれてもいいのに。
加藤家って、たつひこって、
なんでいつもこうなんだろう。

いや、それはおまえがいままでそういう嫁だったからでもあるだろう?とツッコむ。
それがラクだからと
関わらないようにしてきたからじゃないか。

はるこは今回思いがけない病気で急遽入院となり、病室のベッドに横たわりながら様々なことに思いをめぐらした。
自分のこと、両親のこと、友人、親戚、職場・・・
主に人間関係のことへの反省や希望が多かった。

そしてお金。
毎日毎日朝から晩まで働いてその使い道はよく考えもせず、日常のことに飛ぶように消えてゆく。
大きな楽しみを計画するでもない。
むしろ大きな出費があるかもしれないことにおびえ、貯金や投資をしなくてはとあおられるような不安を募らせるばかりだ。

親戚づきあいなんて、誰かが死んだという知らせでお香典にお金を使うことだけ。
そんなことを改めて考えてみたらお金の使い方にむなしさを感じ始めた。
「私たち働いて働いてなんにも楽しんでいないね。
お金に振り回されてるよ。完全に」
私は思わずたつひこにLINEでそんなことを話してみた。
「たしかになあ。」
「もっと楽しみにお金使いたいねえ」

こんなことをゆっくり考えられた時間を得られたのは入院したからだなんて皮肉なものだ。
でもよかったな、考えられて。

こういうこと、本当はじっくり考えてみたかったんだと気づいたこともよかった。


そうだ。退院したら
お義母さんのお見舞いに行こう!と思いつく。
以前だったらこんなこと考えもしなかったのに。
お互い黙っていた方が面倒もないだろうといつもだったら思ったはずだ。
でも今回は違った。

元気なうちにもっと会わなくては!
はるこは腹をくくろうと思う。
これは嫁として?と考えてみたが、
いやもっと
人生の中で大事なことを取り戻したいような気持ちだった。
家族はきってもきれない人間関係だ。
わずらわしくもあり愛おしい。
それもすべて自分が選択してそうなるのなら
愛おしいほうにシフトしたほうが絶対ハッピーではなかろうか。
きれいごとかもしれないけれど
努力してみて絶対損はないと思った。

家族と仲良しって、最強なんじゃないか。
家族という人間関係をもっと大事にしたい!



一番に考えたのは彼らの「安心」だった。
自分が入院したことで、
怪我や病気をした時の不安が身近になり、
80代に入った義両親の心配はいくばくのものであろうかと思いをめぐらせた。
また、いつもいがみ合いが絶えない二人の関係もどうにかできないだろうかと思う。

少しでも不安や怒りから解放されて欲しい。

私に出来ることはなんだろう。
こんな気持ちになるのは初めてだった。



「退院の日が決まりました。
その次の日の土曜日おかあさんのお見舞いにお邪魔してもいいですか?」

義母に送ったメールに返事がすぐに来た。

「まだ退院したばかりは体もきついだろうとおとうさんも言っているので、また今度にしましょう。」

いつもならここで引くのが定番だった。
ではまた今度連絡します。と。
でも今回は違う。もう一度おしてみよう。

このタイミングを逃してはいけないと思う。
退院という機会を利用したい。
それに、義母の怪我がすっかり治ってしまってからでは遅いような気がした。
本当に心配しているということ、
これからは私も頼りにしてほしいこと、
心をいれかえたことをみせなくてはと本気で思った。


「私の体調をお気遣いいただきありがとうございます。もう来週から仕事も復帰しようと思っています。リハビリも毎日しているので、おかげさまで体の動きもだいぶ元に戻りました。
おかあさんの痛みのほうが気になります。
やはり是非この機会にお話出来たらと思い、もう一度だけ、とお伺いのメールをしてしまいました。
しつこくてすみません。」

はるこは本当はまだ本調子ではないのだが、
義母が気を使わないようにと意識しながら
元気なことを極力アピールする。
いつものような要件だけのメールにならないよう意識した。

あんなにそっけなかった嫁が、急にマメにメールを送ってきて、会いたいという。
お義母さん、きっと戸惑っているだろうな。
しかし、次の返信で
「では待ってます。無理しないでね」とあり
ホッとした。


はるこはマメという言葉に
こんな言葉を思い出していた。
「マメな男はもてる。」
男女関係において、マメに連絡を取れば自分に好意をもってくれているのではないかと嬉しくなり、相手のことをだんだん好きになるという説を以前どこかで聞いたことがあったのだ。
義母と嫁という状況は違えど、こういう人間心理は対人面において、同じなのではないか。

私はこれからは
まずはこまめに連絡をしていこうと心に誓う。


当日の朝またメールする。

今日は夕飯のお弁当も持っていきますね。
だから夜は是非それを召し上がって下さい。

夕飯のお弁当はお見舞いなんだしと奮発した。
料亭の鰻弁当、舟和の白玉あんみつ、フリーズドライのお味噌汁と高級割烹の茶わん蒸しを用意。
もちろんこんな内容はメールには書かない。


会うなりお義母さんは額に汗をながしながら階段をおりてきた。
少しふらついている。
2階の部屋でテレビをみていたのだとか。
2階には扇風機しかないと言う。
1階にはいつもお義父さんがいてクーラーがある。
普通に涼しいので1階にいればこんな汗をかくことはないはずだ。
私はすぐに状況をのみこむ。
お義母さんは私に「いいつけたい」のだ。

義父は自分のせいではないとばかりに
いきなり言い訳のようなことを言い出した。
「2階にばかりずっといるんだよ!」
義母のことを非難しているようだ。
義母も負けてはいない。
「こちらさんがいつも1階にいてうるさく言うものだから…」「そんな汗かくまで2階にいろなんて誰も言ってないだろう!」「汗?汗なんてかいてませんよ!」「かいてるだろうが!(嗤)」
やれやれ。着いて早々これだ。
さあ、今日はじっくり話を聞くぞと覚悟する。

義母は見たいテレビがあるのだと言う。
1階で見ていると「おとうさんが勝手に消してしまう」のだそうだ。だから暑いとわかっていても2階に行ってテレビを見るのだと言う。
テレビを消してしまうという義父の行動がまず気になる。ひどいではないか。

「おれは別に1階に居るななんて一言も言ったことはない!」ああこうやってテレビ消したことには触れず逃げようとして…
こういう逆ギレたつひこにそっくりだ。
あえてテレビの話にしてやる!

「おかあさんの見たいテレビ番組はおとうさんにはつまらなくて嫌なんですか?」

すると義母が夢中で話し始めた。
野球なの!大谷!朝やってるのよ。おとうさんもみてるのよ!でも(いくら大谷選手がすごいからといって)全部ホームランなわけないじゃない?でも(私は)いいのよ。(私は)大谷が見たいんだから。だから打たなくてもずっと(テレビを)つけてるでしょ?でもおとうさんは大谷が打たないならもういいって消しちゃうのよ。

ああ、メジャーリーグ見てるんですか!
それならお二人で楽しめますね!
おかあさんも野球好きなんですねー!

大谷が好きなのよ。見たいのよ。

大谷選手いいですよねー!
見てるだけで元気になりますよねー。

しばらく二人で大谷選手を褒めちぎる。
お父さんもたつひこも全く話に入ってこない。
こういう二人の態度もいつも気になる。
一緒に話に入ってくればいいじゃないか。
ワイワイみんなで話せばいいじゃないか。

大谷の奥さんも見に来ているの。
時々(テレビの)画面に映るのよね。と義母が言う。
はるこもそんな場面をみたことがあったので
ああそうですよね!知ってますと話を続けた。
大谷さん、奥さんとすごくお似合いですよね、ステキな方ですよねーと
はるこは大谷選手の奥さんも褒める。
あの人大谷選手のお母さんに見た目すごく似てませんか?など思っていたことを口にすると、
少し義母の態度が変わったのでオヤ?と思う。

大谷のお母さん?どんな人か知らないわ。
ふうん、似ているの…
私大谷の奥さん嫌い。

え。そうなんですか?

うらやましい。

え?あれ。
おかあさん、それって。

はるこは
結構本気みたいな義母の顔に少し驚いた。
一瞬言葉につまるが、わざとからかうように言う。

ふふ。やきもちですか?

同時にお義父さんの顔もぬすみ見た。
まっすぐ前を見ている。
まるでこちらの話には興味がなさそうだ。
でも、怒ったような表情にも見えた。

ああ。そういうことかあ。


そこですごした3時間ばかりで、
送られてきた郵便物で対応がわからないものを説明したり、今通っている病院の話、以前から心配していた歯の治療のことなどを聞く。
義母の怪我の状況は順調だという。
義父も思っていたより元気そうで、これならもう少し動けそうだなと感じた。いや、もっと動いた方がいい。

あとは気持ちかあと思う。


帰りにお弁当類をすべてテーブルに並べて説明すると、義父は「おー。おいしそうだなあ」と顔をほころばせた。

帰り際に義母が思い出したように話し出した。
お友達がね、この間バッタリあったら浴衣を着ていたの。それいいわねっていったら
みんなで揃って作ったんだって。
彼女、なんかサークルみたいのに入っているのよ。
今度踊るから見に来てっていわれたんだけどね。

うんうん、と聞きながらこの話はどこがポイントかなあと考えた。
お義母さんは
踊りにいきたいのか
浴衣がうらやましいのか。

浴衣ですかあ。いいですね。

いいわよね!
義母の弾んだような声に、
あ、浴衣の方だったかも!と、手ごたえを感じる。

義父がそこですかさず言う。
「あと10年若ければなあ。」

義母があと10年若ければ浴衣も似合うだろうがなあという意味なのだろう。
いつもこうなのだ。
いつも義母に憎まれ口をたたく義父。

はるこはムカッとした。
義父は冗談のつもりなのかもしれないが、
こうやっていつもマイナスなことばかり言う義父の発言が前からはるこは気になっていた。

100歩譲って義父の照れだとしても、あえて口にする義父の無神経さに腹が立つ。日頃からの二人の関係を思うと義父に寄り添う気持ちにはなれなかった。こんな会話に我慢を強いられながら同じ空間にいなくてはいけないなんて、そりゃ扇風機しかなくても2階に行ってしまいたくなる義母の気持ちが痛いほどわかった。
はるこは義父にやんわりと反撃したくなる。

10年若かったならなんて、
戻れるはずもないこと言うより
これからの楽しみを考えたほうがいいですよー。
浴衣着るのステキじゃないですかー。
お義母さんの浴衣姿私も見てみたいです!

でも言いながらはるこはハッとした。
80代の人にとって、
「これからの楽しみを考える」という言葉はどんなふうに聞こえるのだろう。
たまに会ってもっともらしい説教をする嫁の言葉をどんなふうに思うだろう。

誰も自分たちに関心をもとうとしてくれない家族の言葉を。

自分の80代を想像する。
どうにもならないいろいろな不安があるだろう。
それこそ「これからの幸せ」だなんて考えて毎日をすごせたら理想かもしれない。
だから
簡単に言ってくれるなと思うかもしれない。

お前たちになにがわかるのかと、
義父や義母は悲しい怒りを
心に秘めているのかもしれない。


義母が嬉しそうに力強く言う。
そうよね、これからのことよね!

はるこは
義母のその言葉にハッとする。
助けられたような気持ちを感じた。

この二人のことをわかってあげたいなんて思い上がっていた自分を恥じた。




1週間後またメールをしてみた

「この間お話されていた、お友達に見に来てと言われている踊り、私でよかったらお付き添いしますから考えてみてくださいね。」

1日おいて返事がきた。

「暑いし疲れるし今回はよしときます。
気にしてくれてありがとう。」


お義母さんに浴衣をプレゼントしてあげたいなあと思う。


大事なことを見極めたい。
そのために変わる。

自分の人間を変えていくことを選択するのだ。





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