見出し画像

皆で奏でる音楽のように美しい。映画「至福のレストラン/三ツ星トロワグロ」これは料理人の情熱の物語だ。

この映画で私がみせてもらったものはなんだったのだろう。そしてフレデリック・ワイズマンがこの映画で語りたかったことは?

上映時間4時間の作品を見終えて劇場を出るとき、
このタイトルの「至福」について、

そして
この映画の原題Menu-Plaisir「歓び」について考えてみたくなった。


映像は市場に食材を調達することから始まる。
生き生きと育った葉物の野菜が山と積まれる中、
顔なじみの店主と談笑しながら商品を物色。

立派な平茸を見て「まるで彫刻だ」とその美しさをたたえるのはトロワグロ家の長男だ。
背後には、緊張した面持ちの若い人たちをひきつれ、彼は生き生きと素材を吟味する。


全編を通して思ったのは
とにかく皆驚くほど本当によく「話す」ということ

メニューを考えながら、
その素材について、
ソースについて、
試作品を作りながら、調理したものを味見しながら
経験も交え想像も加え
その選択の意味、美しさ、を豊かに語るのだ。

毎日毎日こんなにもこういった「確認」に時間をとり、スタッフと共有していくのだろうか。
私はそのやり取りの長さにだんだん「滑稽さ」すら感じてしまう。
あまりにも細かく、しつこく、長すぎるのではないだろうか。

しかしどうみても「しかたなくやっている」ようにはみえない。
また「そうするべき」という義務も感じない。

「そうなってしまう」のだ。

彼らは料理に対する思い入れが強すぎて、
料理のことが常に頭から離れず、
語らいだしたら止まらないのではないだろうか。
そしてその思考する時間も、仲間と語らうことも
すべて料理人としての「至福」であり
「歓び」なのではないだろうか。

料理人としてのその意識の深さを見るとともに、
この仕事に対する情熱を強く感じた。

ああこれからそんな彼らの日常をみせてもらえるのか!私は嬉しい気持ちでいっぱいになった。
そしてその予想通り
この映画は彼ら料理人の情熱の物語であった。

それぞれのパートを責任をもって担当する人々がいて、まるでオーケストラの仲間たちと壮大な美しい音楽を奏でるかのように完璧で美しい一皿を創り上げていくのだ。

お店に訪れる人々に最高の時間をすごしてもらうためではあるが、
同時に、
料理人たちにとっても、
最高の時間を得ることになるに違いない。


調理器具を手慣れた様子であやつる。
食材を食材で包む。
混ぜる、のせる、漬ける、コーティングする、揚げる、焼く、コーディネートする。
その音も映像もすべて美味しさであり
美しい芸術なのだと改めて気づかされる。


養蜂の箱にあつまったミツバチたちの羽音。
窓から見える一面の緑。
草原には牛がいて、
厨房には日の光が気持ちよく入る。
何種類もトレイに載ったチーズのワクワクするような美しさ。
仲間と肩車しながら花を摘むスタッフの笑い声。




パーマカルチャーについても語られ、
ここでもまた私は興奮する。
この方法のことは以前池澤夏樹氏の小説「光の指で触れよ」で知りとても興味を持った。

人と自然が共存する社会システムをデザインしていく考え方で、書籍の中では農業を主に例としていたが、この考え方はコミュニティなど生活すべてにおいて「持続的な暮らし方」をめざす。

日本でも一部ではじまっているが、
私は東京での自給自足生活の実現を想像し、未来への可能性を思った。
自給率が世界一高いフランスだけにトロワグロも当然のようにこういうことを考えるのだろうなと感じた。

トロワグロのスタッフはお客さんともよく話す。
お客さんもそれを望み、楽しんでいる。
そこには笑いがあり想像があり歓びがある。

料理のことを語っているが、
料理のことだけではない。
時に子育ての話にもなり人生を語る。
料理人としての生きざまだけでなく
人としての「生きている」そのものをみせてくれる。


私は、ワイズマンの作品は今回2回目で、
少し前にアマプラで「ボストン市庁舎」を観た。

その時も思った。
皆本当によく「話す」と。
そして市庁舎の人々、
特に市長の「人間」を強く描きだしていた。


今回の映画「至福のレストラン」でも
ああ、「人間」だ。と思う。

トロワグロが親子三代55年間続き、これほどまでに続いているのは
この「人間」たちの結晶なのだというその感動を
ワイズマンはみせたかったのではないだろうか。


料理を愛し
人間を愛する。

この映画の
原題Menu-Plaisir「歓び」は
そんなすべての愛に対する「歓び」を描いているのだと感じる。


どんな世界でも
やはり大事なのは「人間」

それはとても興味深い大事なメッセージとして
私の心に響く。

ワイズマンの以前の作品も
もっと観てみたいと思う。




いいなと思ったら応援しよう!