天敵彼女 (40)
(ねぇ、あの二人って)
(やっぱり……かな?)
(ええ、ショック。やっぱり……よね?)
(多分……だよ。でも、……ないよ)
(うん……)
奏と近所のスーパーに行く間に、俺達はうちの高校の生徒数人とすれ違った。
何やらヒソヒソ話をしているようだったが、俺は目を伏せ適当にやり過ごした。奏は相変わらず全く動じる様子もなく、俺の隣を歩いている。
さすがに、スーパーまでは追ってこなかったので、俺はホッとしていた。
当然、俺にはその子達が誰なのかなんて分からない。そもそも顔を覚えていないからだ。
でも、奏は違うようだ。
「ねぇ、さっきの二人、同じクラスの子達じゃない?」
俺は、度肝を抜かれた(一回目)。
内心激しく動揺していたが、何事もなかった風を装った。
「えっ? そうだっけ?」
「そうだよ。確か、この前家の前で峻を取り囲んでいた子の中にもいたはずよ」
奏の返事は被せ気味だった。
俺は、度肝を抜かれた(二回目)。
「そうなの? 全然分からなかった」
「顔も名前も? もしかして、クラス一緒なのも知らなかったの?」
「う、うん……」
俺は、すっかり真顔になっていた。
この感じは、初めてサルマンさんと立ち会った時に近い。余りに実力差があり過ぎて、相手は何もかも分かっているのに、自分だけが目隠しをしている気がするアレだ。
もう色々テンパり出していた俺は、思わず本音をさらけ出した。
「折角教えてくれたのにごめん。俺、さっきの子達の事、全然知らない。顔も覚えてない。きっと興味がなかったからだと思う」
この時、俺は確実に何かの烙印を押されたと思う。世間の平均から大きく外れた人間にだけ与えられる、不名誉な称号的なやつだ。
「あっ、う、うん……」
奏が何かを言いかけた後、優しい笑みを浮かべた。
俺は、何かがスンとなるのを感じた。
それかしばらく気まずい感じの沈黙が続いた後、奏が呆れ気味に呟いた。
「もう……相変わらずだね。(まぁ、その方が私は安心だけどね)」
「何か言った?」
「別に……早く買い物しちゃおうよ」
「う、うん……」
奏は、何故か上機嫌だった。
俺は、店内に目を光らせながらも、少しホッとしていた。
何かとストレスの多い生活を送っているであろう奏が、少しでも気分転換が出来たのなら、それは何よりだ。
こんな事でいいのなら、いくらでも協力したい。
本当に、今日は一緒に来て良かった。
良かったはずなんだが、俺は何となく複雑な心境だった。
転校数日の奏が、俺よりもうちのクラスの事情を把握している……どう考えても、何かがバグっているとしか思えなかった。
俺も学年が変わったばかりだが、二年生だ。少なくともうちの学校の事を奏より知ってなければおかしい。
このままだと、俺は知らない内に秘密を握られ、一生奏に頭が上がらなくなるかもしれない。
情報収集能力に関する、彼我の余りの戦力差に気が遠くなりそうだった。
それからの俺は、買い物かご片手に奏に付き従う召使い状態になった。
相変わらず楽し気な奏だが、俺と話しながらも的確に必要なものをかご入れていく。
それは、まるで奏が二人いるようだった。俺にはとても真似できないと思った。
俺は、度肝を抜かれた(三回目)。
気が付けば、俺はレジの出口で会計をしている奏を待っていた。
「ねぇ、どうしたの?」
「えっ?」
「何だかボーっとしてたよ」
「そう?」
「うん、何だか久しぶりだね」
「何が?」
「最近の峻って、いつも周りに気を配ってくれてたでしょ? さっきみたいな顔久しぶりに見たよ」
「そうかもしれないね。これもらうよ」
「うん、よろしく」
俺は、奏から買い物かごを受け取ると、サッカー台に向かった。ここは外から見える場所だ。
当然、周囲の警戒は必要だが、俺は奏に頼むことにした。
「俺が袋詰めとかするから、奏は周りを見といてくれる?」
「えっ? いいの?」
「いい……っていうか、頼めるかな? 俺より奏の方が周りを良く見ているようだから、何かあったら教えて欲しいんだ」
「分かった。でも、手伝わなくていいの?」
「いいよ。俺、こういう作業好きなんだ」
「じゃあよろしくね」
奏が鞄から折りたたみのエコバッグを取り出した。俺は、それを受け取ると早速袋詰め作業を始めた。
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