天敵彼女 (37)
それからの数日は最高に楽しかった。
あのクソウザい佐伯が、早坂パパの娘愛に翻弄され、疲弊していく様はひたすらメシウマだった。
俺は、今すぐ弄り倒したいのを我慢して、ひたすら観察に努めた。
休憩時間が来る。佐伯がスマホを見る、頭を抱える。メールをする。すぐ返信が来る。ため息をつく。またメールをするのループが最高だった。
俺は、ずっと佐伯を見ていたい気分だったが、どんな祭りもいつか終わる時が来る。
早坂パパに耐性がついたらしい佐伯は、徐々にリアクションが薄くなり、つまらなくなってきた。
俺は、そろそろ次のステージに向かうことにした。
「おーい、大丈夫かぁ?」
俺は、休憩時間に教室で黄昏れていた佐伯に声をかけた。
さりげなく様子を伺うと、いい感じで元気がなくなっているように感じた。
この弱り方、プライスレス……俺は、真っ黒な本心を隠し、最初だけは心配している風を装った。
「まだ相変わらずメール攻撃すごいのか?」
「まあ、そうかもね」
元気のない佐伯。まだどことなく上の空だった。
こいつマジで困ってやがる……俺のテンションはさらにあがった。
「お前、いっそのこと付き合っちゃえよ。早坂のおやじと……プッ、年上は良いらしいぞ。包容力があって」
もう腹筋がやばかった。
俺は、上機嫌で佐伯を弄り続けた。佐伯は、いつもの勢いがなく、やられっぱなしだった。
やっぱり我慢してよかった。最初から弄り倒していたら、このしょぼくれ感は味わえなかっただろう。
ひとしきり爆笑して、そろそろ自分の席に戻ろうかと考えていた矢先、佐伯が俺を呼び止め、自嘲気味に笑った。
「冗談きついなぁ……っていうか、少しウザいよ。もしかして、これって普段の仕返し的な奴?」
「おっ、さすがに自分のウザさを自覚してたのか? 良く分かったな。困り果ててるお前の姿を目に焼き付ける事で、これからずっと上から目線でお前に接する事が出来そうなんだよ。ありがとな」
俺は、また佐伯の様子をチェックした。これだけ煽りまくった割に、全然ムカついた様子がないのがちょっと不気味だった。
「ふーん、今日は饒舌だねぇ。もしかして、俺の事励ましてる?」
「んなわけないだろう!」
「じゃあ、気になるんだ? 普段の君なら、わざわざ俺に声かけないよね? どうしたのかな? 俺に早坂の件から手を引かれると影響が出ちゃう人がこ
こにいるもんね?」
こういう切り返し方が佐伯らしいと思った。
これは、全く褒めてないが、ただでは転ばないしぶとさがこいつの特徴だと思う。
この抜け目ないウザさがある内は大丈夫だし、こいつはそもそも簡単に死なないタイプだ。
もう通常モードでいけそうだな……俺は、若干真面目な口調になった。
「まあ、お察しの通りだよ……お前が早坂の件から手を引くと、俺にも影響あるからさ……」
どことなく歯切れの悪い俺。
佐伯は、急に表情が明るくなった。こういう所が本当に面倒でウザい奴だ。
この辺からちょっと攻守が逆転した気がする。
「君は本当に八木崎さん思いだね。まさか、女嫌いの叶野様にも遂にぃ?」
「違う! でも、奏は特別なんだ」
「だろうね。接し方が全然違うからね。まぁ、早坂の件は気にしないで。君
と八木崎さんの邪魔にはならないようにするからさ……」
「本当に大丈夫なのか? 早坂の親父さんとはうまくやれそうか?」
俺は、思わず佐伯にド直球な質問をぶつけた。
心底意外そうに俺を見つめた後、佐伯は微かに表情を緩めた。
「うん、何とかね。もしかして、心配してくれてるの? 峻、優しい」
心配した俺が馬鹿だった。下手に元気づけたせいで、ウザさまで復活してやがる。
俺は、この辺が潮時だと思い、話を終わらせることにした。
「はいはい、大丈夫そうだな……それじゃあまたな」
歩き出す俺。佐伯は何故か俺を呼び止めた。
「あっ、ちょっといい? もしかしたら、俺よりも早坂の方がまずいかもし
れないよ?」
「えっ? それは、どういう?」
意味深な佐伯の言葉。
俺は、思わず振り返り、言葉の意味を確かめようとしたが、そこで始業のチャイムが鳴った。
「あっ、もう時間ないか……」
「そうだね。まあ、また後で詳しくするよ」
「よろしく」
俺は、自分の席に戻った。
外に出ていた奏達もちょうど帰ってきた。
「どこか行ってたの?」
「う、うん、ちょっとね……」
何だか奏の歯切れが悪い。
嫌な予感がする中、俺は鞄から教科書を取り出した。
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