見出し画像

ヒューマノイド∽アイドロイド∅ガール (3)

 休憩が終わった。

 どうでもいい監視の為のブースが次の現場だ。モニタールーム1も大概だが、この部屋はさらにクソ狭い。

 こんな所に、すし詰めになりながらの申し送りがずっと苦痛だった。どうせ一言二言で終わるのだからと思い、何度かブースの外から声をかけたことがあるが、何故か二人とも返事をしなかった。

 理由は、分からないが、ここでは廊下で仕事の話をするのはNGらしい。僕はいつものようにノックをしてからドアを開けた。

 それから、中の人と場所を入れ替わり、ドアが閉まるのを待つ。どうせすぐ終わる話なので、お互い立ったままだ。

 いつもながら圧迫感が半端ない。こんなクソな謎ルールだが、最後だと思うと、妙に感慨深い。

 正直、いつ辞めてもいいと思って働いてきたが、こんな形で去ることになるのは予想外だった。

 いつも以上に気合が入らない状態で、僕はもう一人のバイト仲間の言葉を待った。

 こいつの事は、仮にバイ2と呼ぶことにする。

 バイ2は、クッソ苛つく笑顔を張り付かせ、こちらを向いた。僕が何か言おうとすると、それより先に軽薄な声がブース内に響いた。

「おつー、斉藤君から聞いた?」

「ええ」

「じゃ、話が早い。色々ありがとねーん」

 一瞬、バイ2を殴りそうになった。クッソ狭いブースで大声を出すなよと言いたかったが、何を言っても時間の無駄なのは分かっている。

 「無口の斉藤」とは違った意味で、僕はこの人も苦手だ。

 「適当の麻生地」――いつも、底抜けに明るく、何を言っても反応が軽い。

 口数の多さと、表情の豊かさに、うっかり騙されそうになるが、ちゃんとした会話が成立しない点では斉藤と同類。つまり、この職場に心を通わせたヒューマンなどいないという事だ。

 僕は、いつものように表面的な言葉をつないだ。

「こちらこそ。ありがとうございました」

「これからは君一人だけど、大丈夫?」

「はい、多分……」

「そう。でも、本当にここでいいの? ちゃんと考えた方がいいよぉー。相談乗ろうか? 交代までの数分で」

 全く心配していないのがありありと分かるバイ2改め、麻生地。

 そもそもコイツはこんな楽なバイトでケツを割ったクソ野郎の片割れだ。迷惑かけますね的なテイストが欠けている時点で、人として問題外なのは言うまでもない。

 僕は、益々スルーの度合いを強めた。

「大丈夫です。その場の感じでいきますから」

「ふーん、余裕だねぇ」

「何とかなります。それ以上考えても答えは出ません」

「そうなの? よく知らなかったけど、君ってボジティブなんだね。安心したよ。ま、頑張って」

「はい、麻生地さんも」

「ありがと、頑張るよーん」

 これでさっきまで同僚だった奴らと正式に無関係になった訳だ。もう、会うことはないだろう。

 僕は、連絡先はおろか、顔と名前以外何も知らない相手に、別れの挨拶をした。

「お疲れした」

「じゃーねー。お疲れー」

 何とも言えないスッカスカ感を残し、麻生地さんというらしい元同僚が部屋から出て行った。

 もうあいつ等は過去だ。振り返るのはよそう。ムカつくだけだから……。 

 僕は、気を取り直し、形だけの監視業務の為の暇つぶし(ゲーム)を始めた。

 それから小一時間――何かブザーが鳴った。モニタールーム1に比べて、今いる監視係用のブースは手狭なため、余計に鼓膜に響く。

 もう少し耳にやさしい音にしてくれてもいいと思うのだが、音響工学的なものをここに期待するのがそもそも間違いだろう。

 僕は、慌てて席を立った。さっきのは終業の合図だ。

 多分、ここに来ることは二度とないだろう。まだ、クビを言い渡された訳じゃないが、既に未来は確定している。

 最後までクソみたいな仕事だった。明日から何しよう? 

 そんな事を考えながら、私物のイヤホンを装着すると、僕はいつものアップテンポな曲をかけ、帰り支度を始めた。

 もうこんな所に一瞬たりともいたくない。乱暴にゲーム機を鞄に詰め込むと、鞄の底で何かにぶつかったような嫌な音がした。

「うわ、ウッゼ……マジかよ!?」

 僕は、思わず愛機の様子を確認した。幸い、凹みも傷もないようだった。

 ホッとして、鞄のチャックを一気に閉めた僕は、ふとある事に気付き、その場に立ち尽くした。

 そう言えば、退職の手続きは? 備品の返却とか、社会保険的な事だってあるはずなのに、このクソカンパニーは何も言って来やしねえ。

 最後まで、薄情な奴らだ。とはいっても、最初の数か月以外で、さっきの二人以外と顔を合わせたことなどないのだが……。

 今更ながら、無口か適当に退職の流れを聞いておくべきだった。あいつら、最後まで不親切極まりないクソ野郎どもだ。

 もう何もかも面倒くさい。明日以降仕事はバックレよう。僕は、机の上にIDカードを置いた。もうここに来るつもりはなかったからだ。

 これで最後だと思い、クソ狭いブース内を見回すと、壁に笑える落書きがあった。

 何か肩の力が抜けた。悩んでも仕方ない。明日からの事は、明日また考えよう。

 僕は、鞄を肩にかけた。

(ドンドンッ! ガチャガチャガチャガチャッ!)

 次の瞬間、部屋が揺れた。

 ななな何が? ド、ドア? 誰か開けようとしてるぅ? でも、誰が? あの二人は、そんな事をするタイプじゃないし、そもそも仕事が終わった瞬間に、ここからいなくなる奴らだ。

 あいつらが、わざわざプライベートタイムに引き返して来る訳がない。

 じゃあ、誰なんだ? 思わず音楽を止めると、乱暴にドアが開く音がして、外の空気が狭いブースに流れ込んできた。

 何か来た。すごいプレッシャーだ。完全にあっけにとられ、思わず背を向けた僕。今度は静かにドアが閉まる音がした。

 ややや、やばい。僕は、フルボリュームで音楽をつけた。これ以上、何も聞きたくなかった。

 それから息が詰まるような数秒が過ぎ、いきなりそれは来た。

「「「おいっ、お前かぁ? ちょっと来いっ!」」」

 確実に、怒鳴り声だと思った。イヤホン越しでも耳にガンガンくる感じだった。

 正直、一切関わりたくない属性の人だと思った。念の為、音楽のボリュームを絞ってはみたものの、僕は安定のスルーを決め込んだ。

「聞こえねえのか? 全く……」

 壁を蹴ったような音の後、ものすごい圧を感じた。今度は無言だった。怖さが倍増した。

 早くもシカトはまずい気がした。僕は、聞こえなかった言い訳的意味合いを込めて、イヤホンを外した。

(コンコン、コンココンッ、ゴンッ!)

 何か聞こえる。イヤホン外すんじゃなかった。さっきから、すごくせわしないテンポで何かを小突いているようだ。

 僕は、イヤホンを慌ててポケットに押し込んだ。威嚇音はまだ聞こえる。しかも、それは徐々にハードな打撃音に変わっていった。

(ドンッ、ドンッ)

 何故ここにこんなヤバイ人が? ただのクビ宣告なら、こんなオーバースペックな威圧感は必要ないはずだ。

 まさか、こんなクソ業務ですら僕は何かやらかしたのか? 色々考えていると、いきなり背後でやばい音がした。

(ゴンッ、ゴンッ、ゴスゥ……)

 これ以上はまずい。さっさとプーになってここから出よう。僕は、クッソ急いで振り返ると、息をのみ顔を上げた。

「オイ、コラァッ! お前、さっき俺の事無視しただろう?」

 予想通り、激クソやばい目つきのおっさんがいた(悲報)。

 僕は、顔を背けつつ、返事をした。既に、おっさんにまつわる全ての事象を直視できない感じだった。

「いえ、そんな……」

「ほぅ、シカトしてねぇんだな?」

「いえ、それは……」

「どっちだ、ゴルァ?」

 おっさんは、それから僕を散々視殺した後、ようやく何か呟いた。

(コォィ。ハァシガルルゥ)

 僕には、そのように聞こえた。だから、「はい?」と聞き返した。たったそれだけのことが、おっさんの機嫌を著しく害した。ホント笑えないっす。

「お前、俺の事舐めてんのか? オイッ!」

 いきなりおっさんの顔が数センチの距離に迫ってきた。正直、ヤラレルと思った。僕は、内心ビビっているのを偽装する為、ちょっと事務的に対応してみた。

「あ、あなた誰ですか? ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ?」

 当然、そんな破壊力ゼロのやり方がこの手の御仁に通用する訳がない。どうやら僕は地雷を踏んでしまったようだ。

 おっさんの激激クソクソヤバイ目つき――その斜め上に青筋が浮かび、僕は重低音で怒鳴られた。

「俺を知らんとはどういうことだぁっ! クソガキがたるんでんじゃねぇぞぉっ! これから鍛え直してやるから覚悟しろよっ!」

 背中に衝撃が走った。どうやら思い切り張り手を喰らったらしい。僕は、何がなんだか分からないまま、早足で歩くおっさんを追いかけた。

 どうせクビだろうと思っていた僕にとって、おっさんの鍛え直す発言は、意外過ぎた。

 多分、ここから先は罰ゲーム的なイベントなんだろう。だから、さっさとあいつらは――正直、やられたと思った。

 僕は、すっかり忘れていたのだ。

 ここが地獄の芸能事務所NKプロだという事を……。

いいなと思ったら応援しよう!