天敵彼女 (50)
もうどれくらい話をしたのか分からない。
俺は、毒母が出て行ってからの自分の心の動き、未だに残るトラウマ、異性に対する考え方について、ほぼ包み隠さず縁さんに話した。
縁さんは、何も言わず俺の話を聞いてくれた。
その際、いつもは縁さんと込み入った話をしたがらない奏も何故か俺の隣にいた。
俺は、男と女は天敵同士だと思っている事。
どんなにお互いを思っていても、それは一時的な休戦協定に過ぎず、いつ一方的に破棄されてもおかしくない空約束に過ぎないと思っている事。
男女関係の破綻は、人生において非常に大きな挫折であり、人の精神を簡単に破壊してしまう事から、男女が付き合えば、結果として生殺与奪の権利を天敵に握られることになり、最悪数十年にわたって人生の不安定要素を抱え続けるようになる事。
しかも、それだけの犠牲を払っても報われる保証などどこにもない事。
自分は、男と女が不用意に近づけば、ろくでもない事にしかならないと信じており、だから奏との距離が近づきすぎる事を恐れている事について、ほぼオブラートなしで語った。
縁さんは、俺の話を表情一つ変えずに聞いていた。奏の顔は、見る事が出来なかった。
二人は、俺の話をただ聞いてくれた。俺は、この際ずっと言えなかった部分に触れることにした。
それは、奏の事は大切に思っているが、奏の中にある女の部分は受け入れられそうもない為、奏の幸せを見届けてから、いずれ去っていくつもりでいる事についてだった。
「そう……そうだったのね」
縁さんは、俺の話を聞き終えると、ずっと黙っていた奏に訊ねた。
「奏、あなたは峻君の話を聞いてどう思った? これだけの傷を抱えた子に中途半端に関われないのは分かるわね?」
縁さんが見た事もない程真剣な表情を浮かべた。
そこには、一切の嘘を許さない厳しさがあった。
奏は、大きく息を吸い込んでから、意を決したように呟いた。
「うん……分かってる」
何だか、ヘタレた自分が恥ずかしくなってきた。俺の為に、縁さんも奏もこんなにも真剣になってくれているのに……。
俺は、いつまでも中途半端なままでいいのだろうか?
何か言わなければいけないのに、言葉が出ない。
その内、縁さんが奏に念を押すように訊ねた。
「本当に? 峻君の事情もあるから、あなたの思うようにはいかないかもしれないわよ。それでも、あなたは待てるの?」
「……大丈夫。私、もう何年も待ってきたんだから」
縁さんは、奏の顔を覗き込み、じっと目を見つめた。
「奏はそれでも峻君がいいのよね?」
「うん」
奏が頬を赤らめ、縁さんが安心したように微笑んだ。
俺は、やっと息を吐くことが出来た。さっきとは違った意味で奏の顔を見られなくなった。
最後に、縁さんは奏に確認した。さっきまでの緊張感が嘘のようだった。
「じゃあ、私に何が出来るのか分からないけど、さっきの峻君の話を聞いて、私がどう思ったのか話をするわ。これは、あくまでも第三者としての意見だから、奏と峻君がこれからどうするかについては二人でちゃんと話をしなさい。分かったわね?」
「分かった」
奏がようやく表情を緩めた。
縁さんは、俺の方を向き直り、自分語りを始めた。