天敵彼女 (87)
放課後、父さんはすぐに迎えに来た。
俺と奏は、担任に指定された駐車場に向かい、車に乗り込んだ。
一体何があったのか父さんを問い詰めたい気持ちはあったが、徒歩数分の距離を自動 車で移動すると、本当にあっという間に着いてしまう。
気が付けば、父さんの車がうちの駐車場に停まっていた。
「一応、周りに注意してくれ」
「分かった。父さんは、どうするの?」
「これから八木崎さんを迎えにいく」
「そっか……じゃあ、また後で」
「おお、じゃあな」
一瞬、父さんの表情にドヤった何かが浮かんだ気がしたが、その時の俺には気にする余裕がなかった。
それから、俺は周囲を警戒しながら、奏と一緒に玄関に向かった。父さんは、俺達が家に入ったのを見届けてから、クラクションを鳴らし、車を発進させた。
そんな感じで、ようやくホッとしたのも束の間、俺達はたった一日で強烈に様変わりした玄関の様子に圧倒されることになった。
「ちょっと峻、これおじさまに聞いてる?」
「……いや、全然」
「これはさすがにすごいね」
「うん、さっきドヤってたから、何かあるとは思ったけどね」
遠い目をする俺の前に、家の外の様子をリアルタイムで映し出しているモニターがあった。そこは、今朝まで壁だった場所だ。
さらに、以前から異彩を放っていた刺股は二本に増えていた。
この分だと、奏の家もとんでもない事になっているだろう。
俺は、父さんの相変わらずのやり過ぎ具合に、立ち眩みを起こしながらも、何とかリビングに向かった。
今日は、色々あって疲れた。このまま部屋に帰りたい気分だったが、やっと奏と落ち着いて話が出来る状況になったことに気付き、俺は踏み止まった。
「色々大変な時に悪いんだけど、状況を確認したいんだ……」
「うん、分かった。とりあえず、お茶にしようか……」
奏は、特に表情を変える事もなく、台所に向かおうとした。俺は、奏を引き止めた。
「俺準備するよ」
「いいよ。峻は待ってて」
奏は、俺をリビングに押しやると、腕まくりをした。俺は、奏の好意に甘える事にした。
「分かった」
それから、奏はお茶の支度をして、俺と向かい合う形でリビングのソファに座った。
「何の話からしようか?」
この時点で、奏はいつもの奏だった。俺は、ストレートに疑問をぶつける事にした。
「まず、明日から学校はどうなるの?」
「……しばらくお休みする事になると思う。授業は、オンライン授業で何とかなりそう」
「そっか……ここにはいられそう?」
「うん、また知らない場所に引っ越すより、この家にいた方が安全だと思うし、警察もパトロールの回数を増やしてくれるみたいだから」
「そっか……」
俺は、奏との日常が突然中断された事に、何とも言えない寂しさを感じ、黙り込んだ。
「大丈夫だよ。そんなに長い間には……」
奏が言葉に詰まり、口を押さえた。
「大丈夫?」
「うん……でも、ちょっと……甘えても良い?」
「いいよ」
「ありがとう……」
奏が俺の隣に座り、身体を寄せてきた。
「頭撫でて……」
「うん……」
俺は、奏が泣き止むまで、ずっと頭を撫で続けた。こんな事しか出来ない自分が情けなかった。
ふとテーブルを見ると、ティーカップの湯気が揺れていた。俺は、奏の肩を抱き寄せ、大丈夫だからと呟いた。