天敵彼女 (38)
放課後、佐伯は俺を空き教室に連れ出した。
いつもならこんな呼び出しには応じないが、俺は素直に佐伯の後をついていった。普段、とことんふざけた奴だが、たまにまともな時があるからだ。
ちなみに、奏と早坂には教室で待ってもらっている。
「何だかごめんね。実は、早坂が親父さんの件で俺に悪いって悩んじゃってるみたいなんだよ。俺としては、別にそんなに気にしてないんだけど、親父さんからメールが届いたりするたびにごめんねって謝ってくるんだよ。
ち……早坂って、昔から真面目過ぎる所があるから、何だか心配なんだよね」
「そうか……後で奏に相談してみるよ」
「悪いけどよろしくね。このままだと何だかまずい事になる気がするんだよね」
佐伯は、そう言うと空き教室を出た。
俺は、また何となく佐伯の後をついて行った。
空き教室から俺達のクラスまでは歩いて数十秒の距離だ。
道順が分からない訳でもないのに、後ろを歩くのもおかしい気がした俺は、佐伯を追い越そうとした。
「ちょっと待って」
「どうした?」
「何か声が聞こえる」
佐伯が俺を呼び止めた。どうやら俺達のクラスから誰かの話し声がするらしい。
俺は、思わず佐伯の手を振り払った。やはり奏達を放っておくんじゃなかったなどと考えていると、開いたままのドアの隙間から教室の中が見えた。
どうやら奏に誰かが話しかけているようだ。
「ねぇねぇ、君転校生でしょ? すっごくかわいいね。この後どっか行かない?」
「この後約束があるので」
「そんな寂しいこと言わないでよ。折角出会えたのに」
「ごめんなさい。そろそろ連れが帰ってくるので、もういいですか?」
「ええっ? 彼氏いるの?」
「はい」
「えっ?」
「います。なのでもういいですか?」
「チッ……分かったよ。でも、何かあったら相談してね。いつでもいいから」
「結構です」
「もう容赦ないなぁ……じゃあ、またね」
あからさまにチャラい男が俺の横を通り過ぎて行った。
確か、あいつは小学校が一緒だった奴だ。
何かスポーツをしていて、結構有名だった気がする。中学からは、スポーツ推薦でどこかに行ったようだが、どうしてうちの高校にいるんだ?
そんな事を考えていると、クラスの女子が話しかけてきた。確か、奏達の前の席の子だ。
「ごめんね。アイツ、すっかり変わっちゃってて……」
「ああ、確かスポーツ推薦で遠くの私立に行ったんだったよね? どうしてうちにいるの?」
「えっ? もしかして、うちの高校に入学したの知らなかったんだ……あいつ中学校の部活中に怪我しちゃって、何とか復帰しようと思って頑張ったみたいなんだけど、結局こっちに帰って来たんだよ。それから遊ぶようになって、もう別人みたいだよ」
「そうか……あいつ、もっとちゃんとした奴だったよね?」
「うん、大会ですごい成績出しても、全然偉ぶったりしないで、みんなに優しくて、男女問わず人気あったんだけどね。今のアイツはちょっと危ないっていうか、八木崎さんも早坂ちゃんも可愛いから気を付けた方が良いよ」
「そうか……分かった。ありがとう」
俺は、奏の前の席の女子に礼を言うと、奏の元に急いだ。
「奏、大丈夫?」
「うん、ちょっと驚いたけど、峻の姿が見えたから怖くなかったよ」
「そっか……早坂も大丈夫だった?」
「ええ、私は……大丈夫です」
一瞬、早坂が遠い目をしたような気がしたが、俺は気にしない事にした。
それから、俺達は一緒に下校した。
早坂と佐伯は相変わらずどこかぎこちない雰囲気だったが、全く話をしない訳でもなかった。
親同士も仲が良く、本人同士も幼馴染のようなので、その内打ち解けてくるはずだ。多分、時間が解決するだろう。
俺は、何とかなると思うようにした。
相変わらず仲良さげに話をする奏と早坂を、少し後ろから見守る俺。佐伯が何か言っている気がしたが、何も聞こえなかった。
もうここは校舎の外だ。警戒レベルを上げないといけない。
「じゃあ、また明日」
「うん、また明日ね」
校門の前で奏と早坂が別れた。
俺と佐伯は、それぞれの警護対象を追いかけた。
振り返ると、また佐伯がスマホをいじっていた。
頑張れ……俺は、すぐに視線を戻し周囲の警戒に入った。