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天敵彼女 (69)

 俺は、信じられないものを見ている気分だった。

 いつも冷静な奏が、はしゃいでいる。それも、過去に例のないはしゃぎ方だ。

 古民家には、人を狂わせる魔力でもあるのだろうか?

 ついさっきまで俺の裾をつかんでいた奏は、うっかりすると見失いそうな勢いで俺の前を歩き始めた。

「わぁ、田舎の玄関だ。引き戸だよ、引き戸。引いたら開くの?」

「う、うん……開けてみる? っていうか、もう開けてるじゃん」

「あああああああ、土間だ。峻、土間だよっ!」

「あ、うん、土間だね」

「しかも、これ三和土だよね? 凸凹なのは下駄の跡かな? ご先祖の足跡だよ! すごい! 初めて見た!」

「三和土? 何それ?」

「あっ、かかか、かまどだぁ! すごい。煙突がついてる!」

「ちょっと、急に走ったら危ないよ」

「ねぇねぇ、かまどに煙突があるんだけど、どうしてなの?」

「えっ、ああ……昔は煙突とかなかったらしいんだけど、一酸化炭素中毒も怖いしね。俺がここに来るようになった時には煙突付いてたね」

「ふーん、だからかなぁ? 天井が黒いね。煤だよね? 煙で煤けてるんでしょ? っていうか、天井高いね」

「そ、そうだね」

「もしかして、囲炉裏もあるの?」

「う、うん……」

「どこ? 早く見せてっ!」

「分かった。見せるから、とりあえず靴脱いで上に上がろう」

「分かった!」

 俺は、それから奏が満足するまで本家を案内する羽目になった。

 その間、テンションMAXな奏に俺はとことん振り回され続ける事になったが、不思議な事に疲れは感じなかった。

 多分、楽しそうな奏の顔を見る事が出来て、俺も嬉しかったからだろう。

 気が付けば、俺は奏の案内にかかりきりになっていた。

 後で知ったことだが、父さんはその間に一人で家中の窓を開けたり、通水を済ませてくれていたようだ。

 ちなみに、俺には通水というのは定期的に水道管に水を流すことをいう。 

 これを怠ると水道管が錆びて破損したり、排水トラップの水が無くなる事で、排水口から下水の嫌な臭いが上がってくることになる。

 そういう地味だが大切な作業を一人で引き受けてくれた父さんのお陰で、ようやく奏のテンションも通常モードに近付いてきた。

 俺は、最後に奏を二階に案内した。

 そこは、天井が低く、窓もない為、生活の場としては向かない。かつては農機具を置いたり、養蚕に使われていたらしい。

 正直、余り立ち入りたい場所ではないが、天井の梁がよく見える為、一応見学コースに入れてみた。

 俺は、スマホのライトを頼りに二階の電灯をつけた。奏が後ろで歓声をあげるのが分かった。

「ひとまず、家の中はこの位かな……どう? 見たいものは見られた?」

「うんっ、最高だよ。ここは、梁がすごいね。すごいよこれは……」

「そ、そう、良かったね」

「やっぱり梁なんだよ。古民家は、梁がなきゃ駄目なんだよ」

「まぁ、ここにいる間はいつでも見れるから、また見たくなったら言ってね」

「ありがとう」

 俺は、上機嫌な奏を連れ、一階に下りた。

 そう言えば父さんは何をしているんだろうと思っていると、向こうから声をかけてきた。

「峻、奏ちゃんをちゃんと案内したか?」

「うん、まあね。父さんはどう?」

「こっちは大丈夫だよ。一応、風通しと水回りもやっておいたよ」

「そっか……井戸は?」

「大丈夫、水は問題なく出た。先月ぶりだから心配だったんだが、良かったよ。まぁ、本格的にはこれからだな。とりあえず、仏壇に手を合わせようと思うんだが、奏ちゃんも一緒にいいかな?」

「はいっ! ご一緒させてください!」

 俺達は、ご先祖様に手を合わせる為、仏間に向かった。

 奏まで付き合わせるのは申し訳ない気がしたが、この家に世話になる以上、挨拶的な事は大切かもしれないと、自分に言い聞かせた。

 仏間に入ると、壁に飾られた遺影にまず目が行った。俺が会ったことがあるのは、一番左に飾られたおばあちゃんだけだ。

 おばあちゃんは、俺を本当に可愛がってくれた。俺は多分、おばあちゃんに会いたくて本家に遊びに行っていたんだと思う。

 もう、ここに来ても、おばあちゃんに会うことは出来ないが、今でも俺がこの場所を好きなのは、きっとそういう事なんだろう。

 あの頃、小さかった俺も、気が付けば父さんと一緒に本家を管理するようになった。せめて、この家を少しでも良い状態のまま保てるよう頑張って行かなければと思う。

 そんな事を考えながら、俺は仏壇に手を合わせた。父さんも奏も黙って手を合わせていた。

 さっきまでのハイテンションが嘘のように、奏は真剣な表情を浮かべていた。俺には、横顔しか見えなかったが、いつもの落ち着きを取り戻してくれたようでホッとした。

 これもご先祖様のお陰かもしれない。

「何かごめんね。うちの事に付き合わせちゃって……」

 仏間を出た後、俺は奏に声をかけた。

 奏は、かぶりを振ると穏やかに微笑んだ。

「何だか、こういうのもいいね。峻のご先祖様に、私ちゃんと挨拶できたかな?」

「大丈夫だよ。俺よりちゃんと出来てたんじゃないかな?」

「そっか……」

 何故か嬉しそうな奏。俺は、何となく奏と本家に来てよかったと思った。

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