ヒューマノイド∽アイドロイド∅ガール (12)
一瞬にして、頭が真っ白になった僕は、これまでの事を整理しようとした。
まず、始発で来いというおっさんの指令に従い、ボロボロなまま出社した僕は、いきなりおっさん本体に遭遇し、当たり前のように「ご指導」を食らった。
早くも心が折れそうになったが、幸いおっさんとは廊下で別れる事が出来た。
とりあえず、昨夜の暴行現場(社長室)にいきなり連行されることはないようだ。
それから僕は、おっさんの簡潔すぎる話をつなぎ合わせ、これからやるべきことを思い出そうとした。
確か、今日僕はカスタマイズをする予定で、教育用ヒューマノイドがコミュ部に用意されているらしい。
となると、行先は一つしかない。僕は、思わずガッツポーズをした。ヤ〇ザ事務所と比べたら、コミュ部は天国だ。
昨日まで、あんなにクソつまらないと思っていた場所が輝いて見える。
あの緩かった日々が少しでも戻ってくることを願いつつ入室すると、全てのモニターにおっさんフェイスが映し出されていた。
反射的に逃げ出そうとした僕の背後でドアが閉まった←今ココ!
しばらく呆然と立ち尽くしていた僕は、全てを諦め、座り慣れたクソチープな椅子に腰かけた(涙)。
それからは、ガチの地獄が待っていた。
昨日も辛かったが、今日はもっと辛い。
おっさんの顔をした何かは、おっさんとは似て非なるやり方で、僕のメンタルをゴリゴリ削り続けた。
その特徴は、とにかく根気強い事だ。
おっさんなら、とっくの昔にキレて終わっていたであろう所から、このおっさん型の何かは極めて冷静にネチネチ責めてくる。
その的確さと、執拗さは、最早人間離れしていると言ってもいい。
何せ、相手は人口知能なのだから……。
(やっと覚えたようだな。たったこれだけの事を)
こんなクッソムカつく煽り方が出来るAI野郎に、僕は既に半日近く指導(拷問)を受けている。
壊れ性能と人間離れした腐れ外道ぶりだけが取り柄の、ゲス知能にだ。
僕は、そろそろかましてやるつもりで――全力で謝った。
「すみませんでしたぁあああああっ!」
(謝るな、やれっ!)
「す……はいいいいいいぃっ!」
おっさんの皺ひとつまで再現したフルCGが、ゴミでも見るように僕を見下ろした。
もう屈辱とか、怒りとか、そんなものはとっくに僕の感情のラインナップから抜け落ちていた。
機械の靴を舐めるつもりで僕は懇願した。
「お願いです。一分でいいので僕に休憩を下さい」
(んだとぉ?)
ゲス知能は、モニター越しに僕を見下ろし、散々もったいぶってから言った。
(……まぁ、予想外に時間はかかったが、一応時間内に終わったしな……分かった。休憩行っていいぞ。飯休憩だ)
ガチで泣きそうになった。僕は、ドアが開錠された事に気付くと、思わず叫んだ。
「やったああああああああっ! やっと飯食えるぅうううっ!」
クソAIにも、やっと人並みの温情が……そんな期待は、一瞬でぶち壊された。
(やはり駄目だ! 働け!)
次の瞬間、また背後でドアが施錠される音がした。
「そんなぁ……」
このコピー。ほんとにコピーなのか?
このおっさんイズムをフル注入されたAI――「おっさロイド」のゲスは、とことん僕を嬲りつくすつもりらしい。
こいつは、半日以上かかって潰した僕のメンタルをさらに破壊し尽くすつもりなのか?
ニゲナキャ、ヤラレル……僕は、走り出した。
開かないことなど百も承知だが、それでも億分の一でもドアが壊れている事を願い、僕は罠に飛び込んだ。
「あああ、開かない。壊れろ、壊れろおおおおおおお!!!!」
(お前なぁ……)
呆れた様子のおっさロイドは、もう弄る事すら面倒な様子で事務連絡を始めた。
既に、鈴里依舞の型取り作業は終了し、アイドロイド完成予定は十五時三十五分二十秒前後。
それまで僕のやるべき事は、午前中の研修内容の復習程度とのことだ。
僕は思った。時間余ってるなら休ませろ。飯食わせろ、と。僕は、思わず不平不満を口にした。
「始発出社で、半日たってるんですよ? さすがに倒れますよ。休憩下さい。飯買ったらすぐ帰って来ますから」
(言いたい事はそれだけか?)
おっさロイドがオリジナルばりに僕を睨んだ。いきなり心が折れそうになったが、僕は力強く頷いた。
正義は我にあり――僕は、おっさロイドの言葉を待った。
(っとに気が利かねぇ野郎だなぁ……付き人が自分の飯だけ買ってくるのか? ついでに依舞達の弁当買ってくるってどうして言えねぇ? ボーっとしてんじゃねぇぞっ!)
正義が、タヒんだ――余りにも妥当過ぎるお怒りに、僕はぐうの音も出なかった。
これは、間違いなく命取りだ。オリジナルなら間違いなく、重くて痛い何かが飛んできただろう。
幸い、AIに実力行使はない。何か挽回する為のアクションを起こさなければ……慌てて財布を取り出そうとする僕に、おっさロイドが言った。
(どうせ金もってないだろうが……いいよ。飯代、会社でみてやるよ。お前のID、決済に使えるから、それで済ませろ)
「えっ?」
何かこみ上げてきた。ここに来てこんなに人の優しさを感じたことがあっただろうか? 初めて、おっさロイドの顔を見たくなった。
鼻をすすり顔を上げた僕。モニターに映っていたのは、超絶ヤ〇ザチックなガン睨みだった。
(……だたし、余計なもん買いやがったら(ピー)す。依舞が気にくわないもん買いやがっても(ピー)す。ついでに、城ケ崎の好みも聞け! 今すぐ!)
さすがおっさん型AI。法的にやばい発言内容には音声処理のおまけつきだ。
僕は、昨日死にかけの頭で覚えた館内図を頼りに、アイドルクリエイティブ部(通称ブ部)に向かった。
それから数分……(涙)。
(おいっ、早く歩け)
「はいっ!」
(そこ右だ! 馬鹿っ!)
「すみませんっ!」
(ボタン押せよっ! エレベーターいっちまっただろうがっ!)
コミュ部出たのにおっさんがいる(号泣)。
ドアの開錠と引き換えに、強制的にスマホに入れられた「おっさロイドアプリ」と、これまた強制装着させられたワイヤレスイヤホンの相乗効果により、僕のメンタルは風前の灯――何かもう、胸が一杯だった。
僕は半泣き状態で鈴里依舞たちがいるらしいフロアの一角に向かった。