癌になった宗教2世の母の病院に躁鬱の娘が付き添った話。
久々に会った母は笑顔で、
「大丈夫、仏様がついてるから」
と病院に向かうバスを待ってる間、そう呟いた。
7月11日、梅雨も明けてないのに猛暑真っ盛りのこの日。
急遽、仕事を休み医師から、母の癌の進行状況や治療方針を聞くために病院に向かう支度をしてた。
電話では気丈に振る舞い早期発見だからと言っていた母だったが、事態は深刻かもしれない。
そう思い緊張の面持ちで、前日、私は躁鬱が爆発し意味不明な言葉を喋り、部屋の中でぐるぐる犬の様に回った後、死んだ様に眠りこけていた。
そんな精神病真っ盛りの私とは違い母は根っからのギャルである。
陰キャで根暗の私とは全くの正反対。
齢62歳で、10年以上EXILEのATSUSHIを愛し、テイラー・スイフトと西野カナの曲に泣き、JUJUを持ち歌にする。
喋ればその場がパァと明るくなり、誰とでも仲良くなれる、そんな母だ。
昔、母と行ったとある野外フェスでは、私がライブを見てる最中、見知らぬ若い女性と仲良くなり談笑しており、後にその女性が出演アーティストのSCANDALのメンバーだったり、英語もろくに喋れないくせに飲み屋で、仲良くなった知らない外国人の悩みを聞き、その持ち前の明るさから励ました外国人に泣いて感謝されるほどなのだ。
陽キャギャルの母から陰キャの娘が産まれるのだから、可笑しい話である。
私の陽の部分は母の子宮に取り込まれ、母に吸収されてしまったのではないかと思うレベルである。
だからなのだろう。
私と母は兎に角、根本的に合わないのだ。
今回のことで、私はやり場のない怒りと悲しみを抱えていた。
実は、母から検査の結果が癌と連絡を受ける数週間前、私は叔母達から母との接近を禁止されたばかりだった。
この事は書くと長くなる為、詳しくはまた追々別の記事にでも書くとするが、毎月家に入れてるお金とは別に母からの陽キャのテンションで毎回、度重なるお金の催促と宗教の話に辟易する様になった私は、今の彼氏と付き合ってから、母から逃げる様に家から徒歩数分の彼氏の家に転がり込んだのだ。
叔母達から「母とさばのの親娘関係がこのままだとダメになるということで、金銭面のことも私達に任せて今は、さばのの心身の安定を先に考えて欲しい」その為に出された接近禁止だった。
元々、癌になる前に糖尿病を克服した母は、嬉しそうに「これからはもっと仕事して借金も返せて楽しく暮らせる!」と喜んでいた母を見ていた私はやっとだと思った。
宗教からも母からも距離を置き、母も仕事して立ち直れる。私も自立ができる。
そしたら少しは母への恩返しができるかもしれない。
私の人生も変わる。
そう思った矢先の母の癌の宣告だった。
流石にこの時ばかりは神仏を恨んだ。
母や叔母達は、念じてれば大丈夫というが、念じてもお経を唱えても何もならないじゃないか。
私たち親子が何をしたってんだ。
前世で動物を大量殺戮したとかそんなレベルじゃないと許されないぞ。
たとえ前世で何かやったとしても、ここまで苦労してきたんだから、許されてくれないのかね。
そう沸々と怒りが湧きながら、炎天下の中バスを待つ私に母から「鍵が見当たらないから後20分待ってて!」と電話があり、更に怒りが湧いた。
20分後、1ヶ月ぶりに会った母は笑顔で駆け寄ってきて、サマージャム97の歌詞の如く「暑すぎて参っちゃうね〜」なんて呑気ににこにこしながら、私のリストカットを隠した絆創膏を見て「あんたはすぐ怪我するんだから」と娘の腕の傷を心配した。
「お母さんも大丈夫?」
と聞くとやはり、何かあっても親娘なのだ。
お互いの体の心配をする。
そして、冒頭の言葉を呟いた母の笑顔はどこか強張っていて、やはり緊張してる様に思えた。
会話もそれ以降特になく、長いこと待ったバスが来て乗り込むと「音楽聞いていい?」なんて言うから、お互い何も喋らず病院に向かう道中、好きな音楽を聴いていた。
時折、話しかけてくる母はニコニコしながら、大好きなEXILEの白濱亜嵐の話をしてくる。
あんた本当に癌なんか?思ったが、嬉しそうに白濱亜嵐くんの顔面の良さを語る母を見てた。
私の左耳からは白濱亜嵐、右耳からSyrup16gのRebornが流れ、陽キャと陰キャの邂逅で頭がバグりそうになりながら病院に向かった。
バスを降り電車を乗り継いで、病院の最寄りの駅から炎天下の中、歩いて向かう。バスの中で少しバグったせいか、暑さのせいなのか、それとも母の緊張が移ったのか、足早に先を歩く母の後ろを私はとぼとぼと歩いていく。
子供達が水浴びする声や蝉の鳴き声に塗れて、病院前で叔母の春絵さんの声が聞こえた。
春絵さんと合流すると、春絵さんと嬉しそうに母は早速、宗教の話をする。母方の一族は皆んな宗教をしてるので、外でもお構いなしに仏について語ってる。
勘弁してほしいと思いつつ病院でも呼ばれるまで、母の緊張を解すように春絵さんは、仏の教えを説いてた。
地獄の様な光景だなと思いつつ、母が麻酔科の先生から説明を受けてる間、春絵さんと胃癌になった信者さんの話をされた。
「あの人もね、胃を半分切除しても頑張って生きてるから、だから大丈夫よ〜」と呑気に言う春絵さんに何がや…と思ってたら、先生に呼ばれた。
「乳房の全摘は確実です。」
ピリついた病室で先生はそう母に告げた。
本当にドラマみたいな事言うんだな。
と呑気にそんなことを考えてた。
母の癌は幸いにも早期発見のステージ2の乳癌で、転移は確認できなかった。
ただ、リンパまで癌がいってる可能性があり、抗がん剤の治療を先にするか後にするかと言う話だった。
全摘も抗がん剤も避けられないと分かり、母は涙ぐみながら先生の話を聞いていた。
仮の手術の日取りも叔母と吉日を確認し合いながら、決めている母を見てこの期に及んで神頼みなのかと、ただただ他人事の様に眺めてた。
先生から娘さん「何かご質問はありますか?」
と先生に振られるものさっきまで、白濱亜嵐の話をしてた母から流れる涙に「特に何もないです」としか言えなかった。
陽キャギャルの母は常に身なりに気を使い、常におしゃれをしていた。
美容師だった祖母に習い髪を染めるのは、お手の物だし、着る服もいつも鮮やかでラインが強調された服を好んでた。
そんな女として生きてきた母が、女の象徴である髪や乳房を無くすなんて耐えられないだろうと思った。
母の顔が見れなくて待合室でボッーとしてたら、母に叔母の春絵さんが「綿でも詰めようね!」なんて言ってる。不謹慎すぎる。
そんな春絵さんの言葉に母も「綿だと萎むじゃない!せめて、ボールにしてよ!」なんて返してて、この姉妹はやはりイカれてるなと思った。
病院の帰りに春絵さんと母と3人で、喫茶店でパフェとペペロンチーノを食べた。
さっきまで、涙ぐんでた母は覚悟を決めたのかケロッとした様子で、「パフェこんなに食べられないから、半分こしよ」なんて女子高生みたいな事を言いながらパフェをどれにするか選んでいる。
いちごパフェを目の前にした母は子供の様にはしゃいで、パフェを口に頬張りながら春絵さんと話していた。
手術の日取りがいい日や病院が吉凶だとか、地区長のおばさんからの言葉とか、春絵さんと母の間に挟まれその話を聞きながら、私は黙々と塩辛いペペロンチーノを食べていた。
春絵さんと別れて帰る途中もお互い音楽を聴きながら、バスに乗る。
バスを降りると母がこちらを振り向き「今日は有難うね」と私に向かって言った。
「大丈夫だからね」そう言うしかできない私は母の背中をさすると、母はまた笑って
「大丈夫、仏様とあーちゃん(亡くなった祖母)が見守ってるから!」
と言って満面の笑みで笑った。
母の小さな背中を見送るとイヤホンからEXILEのEXITが流れる。
誰にも目指してるゴールがある
初めて会う新しい自分
そんな歌詞を聞いて、私と母のゴールはどこなんだろう、治療の先に母は新しい自分と向き合えるのだろうか、そう思いながら帰路についた。
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