20210413 ノスタルジーは嫌いだよ。
PVLの子どもが、やっと専門の病院で診てもらえることになり今日は診察日。一人前の付き添いということなので、夫に託す。
診察後の夫とやりとりしていたら、診断で、白質の壊死は広範囲に及んでいるけれど、範囲の割に知的影響はほぼ出ていない、ということも言われたと。
”広範囲”?!
これまで、範囲はわずかなので、もしかしたら障害というのもないかも、くらいに言われていたとこからの出発だったのに!
衝撃の言葉に放心。
気づかずに、2年以上過ぎてしまっていたのか、という衝撃。
その後に、父のガン闘病について基礎的知識を得ようと、病院のガン相談支援室を訪問。介護保険、それによってフォローできること、医療費のこと、緩和ケアのことなどについて。一通り教えてもらう。
父は、骨への転移のため、痛みが出ていて寝起きが苦痛だと言っていた。介護保険を利用できれば、可動式ベッドもレンタルできることなどを知った。
遠く離れている家族ができることはかなり限られている。窓口に行くのは、結局妻(後妻)になるわけで、それは大変だろう。
そうした手続きを手伝えたらいいのだけど。
いくらためになる情報を伝えたところで、動ける余裕があるだろうか?と思う。窓口に行き、話を聞き、申請のための書類を書いたり。なかなかの作業だ。
しかし、父の自宅療法が少しでも父にとっても介護者にとってもいいものになればいいなと思う。
二つ続けて「重い」課題を抱え、足取り重く帰宅の途につく。
夕方の空や、ツツジの赤の映えた色が目に止まる。
この瞬間の色を忘れない、と思った。
家に帰って、子どもの様子を詳しく聞くと、リハビリの成果もあってかとてもいい感じで成長している、とのことだった。壊死は広範囲に及んでいたかもしれないが、幸いにも認知の部分に大きな支障は出ていないとのことだった。頑張って、ここまで来たのだ。本人も頑張ったし、公園探訪ん日々や、押し車での近所をパトロールの日々を思い出した。
リハビリ受診は遅かった。でも、何もしてなかったわけでもなかった。
そう思えた。
息子は、いい感じで成長しているので、積極的なリハ入院をしてもいいかもしれない、とのこと。この時期の成長に、力を入れてあげたい。
父のことも、いい方向に向かうといい。お願いします。