【追加中】夏の掌編・自由詩三篇【不問1】

1.Summer'2024(仮)
今では身を炙りたてるような熱も風も、まだ少し優し気だった頃。

やる気十分の太陽が寝ぼけまなこを開くまでの間、通学路より少し足を伸ばしてまた戻るのさえちょっとした冒険だった。

飽きるくらい反復してる道筋からほんのちょっと、そうほんのちょっと足を伸ばす。『夏』の訪れを確かめる、子供たちのミッション。

大人はまだ床の中、夢の中。音を殺して戸を開ける。家の前の道路を左に曲がって、ちょいちょいちょいと公道へ。緑の匂いが次第に強くなる。瑞々しい生命の匂い、猥雑な生体の匂い、すぐ壊れてすぐ湧いてくるモノたちの匂い。

クヌギ林からこちらに向かって歩いてくる人影
自分よりもっと早起き組が、まだ暗いうちから虫取りに精を出していたようだ。その成果の程は表情から見て取れる。してやったり?おやうっかり?

そんな中に混じって、なんだかボロボロになった紙束をやけに大事そうに胸に抱えて通りすぎていく子がひとり……ふたり?なにしてんの、こそこそと。

垣間見える顔が無理に大人ぶってるような、却って子供じみてるような、
なんだか癪で、くっだらなく見えて、ふーんだ、なんて。


人の目を避けて探検気分、今日の目的地はルビーみたいな色を鈴なりにさせたあの木だ。

誰が植えたかグミに桑の実、誰のおうちか裏庭か。
草の汁だらけになってむしった木の実、シャツをシミだらけにして頬張るそれは儀式。ぼくらの『夏』の再訪を寿ぐ、許された者だけのイニシエーション。食い意地張らせた幼馴染が、へびいちごに手を出してノックダウンしたのもご愛敬。

―――今にして思えば、そこまで執着するような美味でも当然無かったのだけれ、ど。

気温の上昇とともにその色を濃くする葉の茂り。車の窓越しに見ているだけで、舌の奥から時間が巻き戻る。茹だる都市(まち)から連れていく。
かちり、かちり。一人堪能した朝も、二人笑いあった朝も。なんちゃって探検隊が駆けてった朝も。かちり、かちりと。

―――別に戻りたいなんて美化するつもりも、美化できる程のものでも無いけれ、ど。


でぶでよろよろの太陽が今よりはしゃきっとしていた頃、小さな足が進むたびに広がる景色は、他愛ないほどに冒険だった。

あの頃より大きくなった私の足は、貴方の足は、君の足は、これからどこまでいくだろうか。どこを巡っているだろうか。

それとも暑さにやられ日陰で暫し息をついているのだろうか。

それとも日陰さえ見つからないまま、立ち尽くしてやしないだろうか。

あの日の君の、『今』へ、祈る。

顔さえ声さえ名前さえ、もう思い出せない君に、祈る。

瞬きの間に過ぎ去る季節の煌きが、同じ空の下で長い旅路に臨むその背中を、柔らかく押してくれることを。

瑞々しくて、滑稽で、いたいけで、あっけなくて、まるで命みたいなあの季節を過ごした記憶が、日々を揺蕩う貴方の心に寄る辺と寄す処を齎してくれることを。

(了)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー2.Voiceless Voices(仮)
開かずの踏切の向こうで逃げ水が揺れているイメージーーー面影とはそのようなものだと誰かが呟いた

その喩えの意味はよくわからなかったけれど、前にも後ろにも行けずに立ち呆けたまま、視線の先には曖昧模糊としたものがこちらを小馬鹿にした風で待ち構えている、ような……そんな構図は、なるほど確かに嵌まっているようにも思えた

私はこの暴力的な暑さが少しでも失せてくれればそれで十分だったのだが、どうも暑さのほうがそれを良しとしないらしい。まるで執拗に生活圏内を徘徊するストーカーのように、知らぬ間に継がされた先代の負債のように


暦が進み、どこもかしこも俄に声が騒がしくなる。この国の夏に一区切りをつけていく為にとおよそ80年続いてきた習わしなのでみな慣れたものだ

60秒の沈黙に何の意味があるのかと誰かが挑発気味に問うた。感情的に反駁する声を制した誰かは、その沈黙に意味を見出す事、意味を持たせる事が肝要なのだと諭した

私はこの暴力的な暑さが少しでも失せてくれればそれで十分だったのだが、無数の死者の上に生きていながら電波に乗せて流れる死者の声が誰の耳にも正しく届かない事にも、己だけはその声を正しく聞き取れていると信じて疑わない輩が絶えない事にも、一抹の煩わしさと虚しさを覚えなくはない


過去にしてもらえない過去が鋭く尖り、今と未来にピンを刺す、あな懐かしい夏かしい

豪奢な日傘をくるくると回す

ちぎった花びらをひらひらと舞わす

コワレカケノデクヲヘラヘラトマワス

アァ忘れじのユーゲント、机に刻んだモーメント、振り返りざまにたなびくスカート、オストとヴェストのバスタード

穴が空いたままの世界
埋めるために持ち出した塊
窓の向こうの
どこにもないどこか、今じゃないいつか、世界の果て


……?


……?

……?


……少し、のぼせていたらしい。軽めの熱中症かもしれない、戻れなくなる前に回避しなければ、涼しい日陰へ


昼の日向で灼けたアスファルトに向けて打ち水を撒いているーーー現実とはそのようなものだと誰かが嘯いた

私はこの暴力的な暑さが少しでも失せてくれればそれで十分だったのだが、、、……こんなつまらぬ言葉遊びに興じていられる内に、聞こえぬ声を真っ当に聞き取れる夏は訪れるのだろうかと、そんな詮無い思案がよぎった



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