預言者は知っていた - 1 (全8話) #創作大賞2024 #ファンタジー小説部門
【あらすじ】
預言者は神の言葉を聞き、民を正しく導く使命を負っていた。これは、神を愛し、祖国を愛し、隣人を愛するイスラエルの若き預言者、ヨナの物語である。
ある日、ヨナに神から言葉があった。彼は預言者見習いの少年とともに都へ上り、王に神の言葉を伝え助言する。そして、自分の後継者として少年を紹介する。驚く少年に、ヨナは「イスラエルを頼む」と言い残して港から船で西へ向かった。出航後、嵐に遭遇し沈みそうになる船。そのときヨナが取った行動は……。
ディズニー映画『ピノキオ』の原作とも言われる有名な聖書の記事を、諸説と想像を組み合わせて大胆に再構成したファンタジー小説。
序
紀元前8世紀、イスラエルはサマリヤを首都とするイスラエル(北王国)とエルサレムを首都とするユダ(南王国)の2つに分かれていた。この物語は、イスラエルの若き預言者ヨナの物語である。
イスラエルの民は、神を主と呼んだ。多くの民は預言者を通して主の御心を聞き、正しい道を歩んでいた。
ガテ・ヘフェル
イスラエル、ガリラヤ湖の西にあるガテ・ヘフェル。ヨナは母ヤウラと二人で住んでいた。父アミタイは近隣諸国との戦いで帰らぬ人となっていた。そのころまだ少年だったヨナは、主の励ましを受け、母と支えあいながら成長し、王に助言するほどの預言者として活動していた。
朝早く山から戻ってきたヨナに、ヤウラは声をかけた。
「おかえり。主はお前にどんなことを話されたんだい?」
ヨナは笑っている母を見てうれしくなった。父が亡くなってしばらく母は暗い顔をしていたが、最近やっと元気が出てきたようだ。
ヨナは母に答えた。「いつものように世間話さ。今年は作物のできがいいとか、となり村の逃げた牛がみつかったとか、そんな他愛もないことだよ」
「嘘を言っちゃいけないよ。今日こそ『ヨナよ。マリヤと結婚しなさい』って言われたんだろ。母さんも主の御声が聞こえてるんだからね。ああ早くかわいい孫をこの手に抱きたいもんだよ」
ヤウラはヨナが幼馴染のマリヤと結ばれればいいとつねづね思っていた。なので、毎日そのように主に願っていた。
「まいったなぁ。母さんまで預言者になっちゃったら、俺の商売、あがったりだよ」
ヨナもヤウラにつられて軽口を返す。でもまあ、そんな母の望みをかなえてあげてもいいかなと思う。マリヤは明るくて優しい良い娘だ。
「ほら、未来の奥さんが今日もやってきたよ」と言うヤウラの視線の先にマリヤが立っていた。
「ジャスト・タイミング! ちょうど朝ごはん時……。おばさんの絶品シチューは毎食食べても飽きないのよね。ああ、いい匂い! 花より団子のマリヤが今朝もやってきましたよ~」
ヨナは振り返った。マリヤは2つ年下だが、彼より背が高かった。視線を合わせようとすると見上げなければならないのが癪に障るので、マリヤと話すときのヨナはいつも背伸びをしていた。
「マリヤ、おまえの思考はいつも食べ物中心だな。まあそうでなくちゃマリヤらしくないけどよ。いつもありがとな」母の“ヨナとマリヤの結婚の預言”の話を聞いたせいか、珍しくストレートな言葉がヨナの口からこぼれた。
明るさを周囲に振りまく彼女にヨナは感謝していた。ヤウラが元気になったのも毎日マリヤが来てくれたおかげだ。
「どうしたの。ヨナがしおらしい言葉を口にするなんて……ご機嫌取り? まさか、私に言えないような〇〇なことをやらかしたんじゃないでしょうね」
「んなわけあるか。品行方正な預言者、ヨナ様だぞ。いつも清く正しくほがらかに生きるをモットーとしてだな……それはそうと、おまえの後ろにいるのは誰だ?」
「そうそう、ヨナんちの面白トークを盛り上げてる場合じゃなかった。ヨナにお客様よ」
マリヤの陰に隠れるように立っていた人影がすっとマリヤの前に出た。見知らぬ少年だった。
「はじめまして、ヨナ様。私はユダから来た預言者見習いのアモスと申します。預言者の活動について先輩方のお話を聞こうとイスラエルへやって来ました。ぜひヨナ様の体験をお聞かせください」
ヨナは少年の言葉に驚いた。見習いと言えど預言者に会うのはずいぶん久しぶりだった。
「そうか、おまえは預言者になるために学んでいるのか。だが、なぜ俺なんかのところに来たんだ。イスラエルの預言者ならエリシャ先生の話を聞くことをおすすめするぞ」
ヨナはまだ預言者としての経験が浅く、目立った功績もなかった。エリシャは大預言者として数々の奇蹟を行い、イスラエルを何度も救っていた。
「私は大預言者エリシャ様のことをうわさで聞き、どうしても話を聞きたくなってイスラエルにやってまいりました。ここに来る前にエリシャ様にはすでにお会いし、たくさんのことを教わりました」
「そうかそうか。エリシャ先生はお元気だったか。たしか、今は引退されて故郷アベル・メホラで余生を過ごしておられるんだったよな」
「はい。エリシャ様は『霊と魂はまだまだ元気じゃが、肉なる身体は老いてなかなか思い通りにならなくなってきたわい』と笑っておられました」
少年がエリシャの口真似で語るので、ヨナはなつかしくなった。以前ギルガルでエリシャから学んだときのことを思い出したからである。
「それで、どうして俺なんかのところに?」とヨナは尋ねる。
「じつは帰り際にエリシャ様が『ヨナを訪ねよ』とおっしゃられたんです。それでこちらに伺ったという次第です」
「どういうことだろうな。まあ立ち話も何だから、詳しい話はおいおい聞かせてくれ。ゆっくりしていけるんだろ?」
「はい、故郷で待っている者は誰もいないので……。それにマリヤ様ではないですが、いい匂いにやられてしまってお腹が音を立てています。ほら……」少年のお腹が鳴った。
「なんだか年の離れた息子ができたみたいだわねぇ」ころころと笑いながら朝食を追加するヤウラ。
ヨナもうれしそうな母を見て顔がほころぶ。
マリヤはヨナを指さして「こらそこ、笑ってないで出来のいい弟を席まで案内して」と言う。少年には「きみはおすまし禁止ね。マリヤ様って呼び方も禁止。それとみんなで交わす面白トークにはもれなく参加すること!」と遠慮なく言い放つと、マリヤは当たり前のように食卓に着く。今日もマリヤは底抜けに明るい。
こうしてユダから来た少年はヨナの家にしばらくの間滞在することになった。
*
エリシャは少年に「ヨナを訪ねよ。そして、ヨナに聞け」と言った。それは神である主がエリシャを通して少年に告げたことであり、エリシャにも細かいことまではわからなかった。預言とはそういうものだ。
ヨナは不思議に思ったが、だからと言って、特別いやな気分もしなかった。エリシャが自分のことを覚えていてくれただけでもうれしかった。
少年がヨナのことを聞きたいと言うので、ヨナは自分が預言者となったいきさつを話した。
ヨナは幼いころから両親の信仰を受け継ぎ、毎朝、山で祈りの時を持つようにしていた。祈りは、主をほめたたえ、日々の出来事が守られていることを主に感謝し、悩みを打ち明け、願い求めて、主の応答を待つものだ。主の応答は、漠然とした心の平安であったり、現実として願いがかなうという結果であったりした。
そんなヨナの祈り、主の応答に変化があったのは、父の訃報を聞いたときのことだった。
「全知全能の神、主よ。父はなぜ亡くならなければならなかったのですか。父が何をしたのでしょう。父は正しく生きてきました。なのになぜ死という罰をこんなに早く受けなければならなかったのでしょう。あなたはなぜ父の命を守り、私たちのところに返してくださらなかったのですか」ヨナは主に訴えた。ヨナの悲しみは火のように激しく、剣のように鋭く、天に向かってぶつけられた。祈りが数時間を超え、涙と汗が地面をぐっしょりと濡らしたころ、主が沈黙を破られた。
「ヨナよ」主の声にヨナは父が戦地から帰ってきて自分を呼んだのかとあたりを見まわした。だが、どこにも人影はなかった。
「ヨナよ」何度か呼ばれて、それが主の御声であることにヨナは気づいた。
「はい、主よ。私はここにおります」ヨナは恐れ、その場にひれ伏した。
主はヨナにやさしく語りかけた。「わたしはおまえの訴えを聞いた。その悲しみを思い存分わたしにぶつけるといい。おまえの悲しみはわたしの悲しみだ。心が軽くなるまでわたしはここにいる。おまえが望むかぎり、ずっとともにいよう。そして、おまえと語り合おう。恐れていないで顔をあげなさい」
ヨナが見上げた視線の先に主が見えたような気がした。遠い天にではなく、すぐ近くに立っているように見えた。その姿はいつも穏やかだった父に似ているような気がした。彼がイスラエルの神、主であるとヨナは確信した。
主はヨナに言った。
「なぜ正しい人が亡くなり、悪人がいつまでも生きているのか。わたしは正しい人を祝福し、悪人を罰する。この2つに矛盾はない。わたしはあなたの父アミタイを祝福する。アミタイはわたしをあがめる正しい人だったからだ。彼はわたしのもとで安らかに憩う。
ヨナ、これからわたしはあなたと親しく語ろう。あなたはわたしに熱く訴えたからだ。あなたはこれからもわたしと親しく語る」
「はい、主よ」ヨナは主と語り合った。何時間も語り合った。夜になっても帰ってこないと心配してやってきたヤウラに声をかけられるまで、ヨナは涙を流して主と語り合った。
それからというもの、ヨナと主の親密度はどんどん増していった。冗談を言い合ったり、ちょっとした口喧嘩をすることすらあった。
「ヨナ。今日は気分はどうだい」「うん。今日も楽しいね」「そこは『はい』って答えてほしかったな。気分はハイ! なんちゃって」「……」
もちろん親しき仲にも礼儀あり。ヨナは、自分が主の預言者であり、ただの人間であることを忘れてはいなかった。
*
祈りの場と決めている高台で二人は祈った。ヨナと少年は少し離れて主との会話を楽しんだ。
帰り道でヨナは少年に尋ねた。「主は答えてくださったかい」
「いいえ。でも、いつもより主を身近に感じました。心が温かくなりました」
少年は少し興奮しているように見えた。彼の祈りの生活に少し良い変化が見えたようでヨナはうれしくなった。
このようにして、ヨナは少年に、預言者としての心構えや主が話してくださった先輩預言者たちの奇蹟について話した。ヨナが主の話をするとき、少年はいつもキラキラと目を輝かせて聞き入っていた。
さて、少年がやってきてしばらくしたとき、ヨナに預言があった。
主は「王に告げよ」とヨナに仰せられた。
(つづく)
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