天理の戦術面での優位:ラグビー大学選手権決勝 早稲田対天理<3>
1月11日、ラグビー大学選手権決勝の早稲田対天理戦。圧勝した天理大学が敵陣22mラインを突破したのは圧巻の11回だった。よく考えられた攻撃フォーメーションが、それだけのゲインを可能とした。
天理大学の主要攻撃オプション
天理大学の攻撃オプションは大きく分けて3つ。これは明治戦の時と変わらない。
1つはスクラムハーフが横に並ぶフォワード3人にボールを出す「9シェイプ」を使った攻撃。
もう一つはスクラムハーフの横、ちょっと開いたポジションにスタンドオフが立ち、そこから右に少し開いたところにフォワードが立ち、フィフィタがその背後、バックドアのポジションに立つ「10シェイプ」を使った攻撃。
それとフィフィタがスタンドオフポジションに立つ攻撃だ。
明治戦と同様に、このうち特に「10シェイプ」を使った攻撃が面白いように決まって、早稲田のディフェンスが切り裂かれた。
後半7分の天理の攻撃を解剖してみる
ここでは後半7分の攻撃を見てみる。まずカウンターから天理が左サイド、ライン際にラックを作る。そしてスクラムハーフからスタンドオフ松永にパスアウト。この時、早稲田のディフェンダーは特に松永に対してプレッシャーをかけていない。
そこで松永は落ち着いてパス。パスの行き先は彼の右側に立つフォワード3人の真ん中、5番中鹿。
中鹿はボールを受け取って早稲田ディフェンスにクラッシュ、タックルを突き破ってゲインしてラックを形成。その間に天理攻撃陣は右にスライド、次のパスアウトに備える。
ゲインしたラックであることもあり、天理スクラムハーフ藤原は素早くボールをパスアウト。スタンドオフ松永はまた少し開いたところで受け取り、また早稲田のプレッシャーを受けない中、また右のフォワード3人の真ん中の松岡にパス。
松岡はボールを受け取ってまっすぐ縦に前進。この時、早稲田ディフェンスは松岡ともう1人のフロントドアをマーク。
「ピン止め」された状態になり、バックドアに立つフィフィタはフリーになる。
そこから天理は何でもできる状況になる(結果的にはパスミスが起こってこの場面では得点できていないが)。
この場面を写真で見てみる。これは上の戦術図「後半7分、天理の攻撃(3)」の「(1)再びスクラムハーフからスタンドオフにパスアウト」の瞬間。早稲田がプレッシャーをかけていないのがよくわかる。
そしてスタンドオフ松永はほぼノープレッシャーで7番に向けてパス。
この時、早稲田のディフェンス3人の注意は7番松岡ともう1人のフロントドア、2番佐藤に向かってしまっており、フィフィタがノーマークになっている。
松岡は注意を引きつけたらバックフリップパスでフィフィタにボールを預ける。この時、早稲田右端のウイング古賀はフィフィタにようやく視線を向けるが、スペースを埋めることはできない。
ノーマークのフィフィタにボールが渡り、今度は早稲田の3人がフィフィタに向かう。
これまでは画面の外にいたスタンドオフ吉村も中に寄ってきた。しかしその代わり、今度は天理の右にいたナンバーエイト山村がノーマークになっている。
ここでまず吉村がフィフィタのタックルに向かうが、フィフィタはタックルを引きつけて山村にパス。
この状況で山村にタックルにいけるのはウイングの古賀。完全なミスマッチになっており、タックルに行ったとしても山村が突破できる可能性は高い。
実際にはパスミスで山村が捕球できなかったため、ここで天理の攻撃は終わった。しかしパスが通っていたら確実にビッグゲインできている状況だった。
フィフィタバックドアへのパス
このような形で、早稲田のマークがずらされ、ミスマッチを作られ、再三ゲインを許した。もう一つ別の場面を見てみよう。
これも10シェイプによる攻撃。早稲田は特に天理スタンドオフにプレッシャーをかけていない。ここで早稲田ディフェンスのマークはフロントドアにいるデコイの5番中鹿に向かっているが、天理スタンドオフ松永はバックドアにいるノーマークのフィフィタにパスを出す。
フィフィタはボールを受け取って直進。ここで早稲田の内側のディフェンス2人が天理5番中鹿に引っかかってフィフィタへのタックルにいけない(中鹿は手も使ってブロックしているのでこれは厳しく見ればオブストラクションになる。このプレーがトライまで至ったりしたらTMOでチェックされる可能性もあり、こういうグレーなプレーは避けるべきだ)。
そのため、早稲田13番長田は1人で天理13番フィフィタと7番松岡を見なければならない状況になっている。
これはもう完全にオブストラクションだが・・・・。
7番松岡も見ていたためタックルに入るのが遅れたが、長田はここでようやくタックルに入る。
早稲田は本当は誰かが天理7番を抑えるコースに入るべきだが、11番古賀は天理12番市川も見なければならないので中に入れない。
ここで早稲田は3人がフィフィタのタックルに入る。
ここで長田は完全にフィフィタをつかむ。
早稲田は3人でフィフィタを止めにかかるが、フィフィタはそこで右を走る7番松岡にオフロードパス。松岡を止められる早稲田のマーカーは誰もいない。
そして前が空いた状態でボールを受けた松岡がビッグゲインする。仮に早稲田11番古賀がタックルに来られたとしても、フォワードとバックスのミスマッチになるため、天理はやはりかなりのゲインができただろう。
早稲田はどう対抗すべきだったのか
早稲田が圧倒された根本的な理由は、この10シェイプによる攻撃を全く止められなかったことによる。この攻撃、明治に対する攻撃と同じだったから、準決勝のスカウティングを踏まえて早稲田は何らかの対策を打ってくると思っていた。例えば天理のスタンドオフ松永に対して早い段階でタックルをかけ、時間と空間を奪うことでミスを誘うようなディフェンスだ。
実際には、早稲田は松永に対してほとんどプレッシャーをかけていなかったから、松永の前に立っていた2-3人がディフェンス上「いないこと」と変わらない状況に陥ってしまった。
松永のランを恐れて、ということならば理解できるのだが、明治が全く同じパターンで仕留められたことを考えると、無策の感は否めず、私としてはがっかりしたのは否めない。
途中から娘に「10番がちょっと開いてパスを受けて横に出す攻撃、明治と同じパターンでやられてるんだよ~」と愚痴ってしまった・・・・。そうしたらそのうちに娘もわかるようになったみたいで、10シェイプの攻撃の時に、「また同じパターンだね」と言うようになった。
あるいは、ラックでもっと激しくファイトして球出しを遅らせるようなことも仕掛けるべきだったかもしれない。
この天理の攻撃、もっと詳しいことを知りたければ下記のサイトをご参照されたい。
この天理の攻撃は、非常に合理的で、戦術的に優れたものだった。フィフィタの突破力に頼るのではなく、よくできたシステムの中にフィフィタを組み込んだものだ。これに対する関東の大学の対抗策、見てみたいと思う。
ただ、プレビューでも書いたとおり、この試合は「点の取り合い」になると自分は思っていた。なので、天理の攻撃を止められないことそれ自体は予測を超えたものではない。むしろ、早稲田の攻撃が頻繁なボールロストで寸断されたことが予想外だったといえる。早稲田の攻撃時間が長くなれば、天理の攻撃時間は短くなるのだから。
いずれにしても天理の攻撃は素晴らしいものだった。優勝に値するラグビーを見せてくれたと思う。
(続く)