"君"とは… Episode 11
入試対策が本格化する、この頃。
学校では本番に向けた演習を重ね、家では復習を重ねる。
今更、基礎を一から丁寧に教えるなんてことはしてくれないわけで。
学校でも家でも。
楽になれる瞬間があまり無い。
常に気持ちが張り詰めている。
唯一と言ってもいい、心が落ち着く時間。
そんなの決まっている。
井上:遅いよ〜、●●!
●●:ごめんってば、解説伸びたの。
菅原:ふわぁ〜🥱…。
井上:咲月、また寝たの?
菅原:えへへ。
●●:菅原、褒めてないぞ。
昼休み。
学校で気を緩められる唯一の時間。
それを井上と過ごす。
菅原も何となく察している。
何より菅原もきっと。
井上と過ごす時間を増やしたいはずだ。
入試対策期間に入って以降、3人で過ごすのがルーティンになった。
菅原:美空と黒岩くん、別れたらしいよ。
●●:嘘?あのラブラブカップルが?
井上:受験期だからってこと?
菅原:理由までは定かじゃないけど、受験終わったら戻そうとは思ってるみたい。
井上:へぇ…色々あるのね…。
会話内容は至って普通。
世間話ばかり。
なるべく勉強や志望に関わることは話さないようにはしている。
井上:そういえば…●●の推し、センターになってたじゃん。
菅原:私もニュースで見た!おめでとう!
●●:ありがとう?なのかな…笑。
絵が上手な推し。
あの一件以降、井上もかっきーのことを気にかけてくれるようになった。
"推し"とは便利な言葉だ。
その対象に対して"好感"を持っているという。
何より曖昧な言葉だ。
〜〜〜
井上とクラスが分かれてしまった2年生の頃。
一緒に下校する帰り道。
ふと髪型の話になった。
井上:髪切ろうかなって思ってるんだけど…どうしようかな。
●●:髪?
井上:前髪だけとかにするか、思い切ってばっさりいってみるとか。
●●:…ふ〜ん。
井上:●●はどんな髪型が好きなの?
●●:…ん〜、ボブとかショートよりもロングかなぁ…。あとはあんまりヘアアレンジは好きじゃないかも。1番手入れ大変だと思うけど。
井上:そうだよ…。なるほどね。
●●:…井上は?どんな髪型が好きなの?
井上:男子でってこと?
●●:もちろん。
井上:センター分けかな〜。
●●:へぇ。
井上:…私、黒岩くんのセンター分けが凄い好みなんだよね。
●●:あ〜…確かにセンター分け1番似合ってるかもな。
井上:顔立ちとか含めて…"推し"かな。
●●:推し…?
井上:うん、推し。あんな感じが好みかも。
黒岩は井上と同じクラスだった。
仲良くしているのも知っていた。
内心…嫉妬した。
運動部。清潔感もあってカッコ良くて、優しい。
自分から見てもキラキラしていた。
かたや、運動も苦手で。
顔立ちは良くはない。
優しいかどうかは知り得ない。
焦った。悔しかった。
だからダイエットもしたし、スキンケアも始めた。
井上の隣にいても、良い存在でいたいから。
でも、センター分けにするとあからさまにバレてしまう。
だから…髪型は妥協して。
取り憑かれたようにそんなことをしていた。
結果的に、黒岩が一ノ瀬と付き合った時は安心した。
〜〜〜
"推し"という言葉がいざ、実生活に飛んできた時。
どれほどの想いが込められているのかが分からない。
どれぐらいの程度なのかも分からない。
だから便利でズルい言葉だなとあの頃、そう思った。
ーーー
担任:うい、終礼するぞ。何か係からあるか?
係1:はい。
担任:お、卒業対策係。
係1:卒業アルバムのクラスページの原型が出来たのでそれの紹介と、あとカウントダウンカレンダーについて説明します。
担任:じゃあ、係の人は前に。
勉強で実感がないが、あと3ヶ月とちょっとで卒業。
高校の卒業式は3/1と早い。
受験という壁がある分、気づいていないだけ。
きっとみんなとも…井上とも過ごせる時間は限られている。
カウントダウンカレンダーがお披露目される。
100という数字。それは多いようで少ない。
担任:まあな、卒対係の話からもあったが受験も含め、高校生活は思っているより短いからな。1日1日悔いのないように過ごそうな。じゃ、日直号令。
日直:起立、気をつけ。礼。
担任の話なんて長ったらしくて嫌いなのに。
いつもは聞き流すのに。
"高校生活は思っているより短い"
そんな言葉が胸のどこかに刺さっては抜けない。
ーーー
●●:ふう…。
池田:疲れてるね。まあ私もそうだけど。
●●:うん、なんか今日はいつもよりも疲れた。
池田:そういうときは寝よう!
●●:"家"でね。
池田:何、その強調は?
●●:さぁ…?笑
池田と一緒に帰るのも、ルーティンに。
たまに昼休みの3人の集まりに来るようになった。
講座が一緒で隣同士になった井上と池田が意気投合したらしい。
池田:あと100日ぐらいだって。
●●:実感が無さすぎる。
池田:だね。勉強の調子はどう?
●●:そんなこと言わないでさ…。
池田:志望校的にはどんな感じかなって。
●●:頑張れば…かな。まだまだ足りてはないね。
池田:先生が現役生は最後まで伸びるって言ってたし大丈夫!
●●:最後の良いとこだけ切り取っても…。
池田:そう思わなきゃ、ポジティブにいこう。
●●:池田は意識的にしてるよね、最近。
池田:分かる?
●●:前向いて行ってる感じする。
池田:私もまだまだだけど…きっと"弱気が1番の敵"だと思うから。
●●:…なるほどね。
池田:だから●●も。そう思お?
●●:うん、ありがと。
放送:まもなく、××、××です。
池田:じゃ、また明日ね。
●●:おう。
受験と恋愛。
受験期の恋愛は邪魔になるとよく言う。
…が、2つは似てるのかもしれない。
そう、最近聴く言葉の節々から感じる。
ーーー
帰宅して、すぐに机に向かう。
"特別なシャーペン"を手に取って、難問に向き合う。
タイムリミットは少ない中。
そんな日々を過ごして。
今日も自分は生きている。
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