【小説】探偵同盟 下
下 殺人探偵
前略 突然で失礼とは存じますが、直接お会いしてお伝えすることが叶わず、お手紙さしあげる次第です。
予定していた今月の探偵同盟のテーマである「熊谷麻美の死が他殺であれば、その犯人は誰なのか」 その答えを申し上げます。
犯人は私、附田菜摘です。
その真相について一筆したためる次第です。
言わずもがな、私はミステリー小説を初めとした小説全般が大好きです。ミステリー好きが高じて興信所に勤めているほどです。書籍も好きですが、創作の投稿サイトに掲載されている作品を読むのも好きです。
そして、ここ最近でこの上なく愛していた作家は蜩園先生です。作風、文体、世界観、全てが私の琴線に触れました。蜩園先生の作品が佳作を獲った時は自分のことのように嬉しかったです。
しかし、ある日を境に先生の作品の投稿はピッタリとやんでしまいました。月に一度は新作を投稿していたのに。先生の身に何かあったのだろうか不安に苛まれる日々が続きました。丁度、その時期に女優の熊谷麻美がSNSに挙げた、自分が考えているという小説の構想を見て、これは蜩園先生の作品だと直観しました。そして熊谷麻美は作家デビューを果たし、その作品を見て私は確信しました。蜩園先生が彼女のゴーストライターをしているのだと。
もしもその推理が当たっていて、それが原因で先生が自分の小説を書けなくなっていたとしたら。そう思うと私の熊谷麻美への殺意の芽生えの成長を止めることはできませんでした。
熊谷麻美がSNSに小説の構想を投稿したのと同時期に出版関係の人間と食事をしている写真がアップされていました。そこに映っている人の中に先生がいると思い、真に無礼ながら興信所に勤めている職能を活かし、先生が油川稔様であることを突き止めました。私の推理が当たっているか、どうしても貴方から確かめたかった私は隣の部屋へ引っ越し、貴方のポストの荷物を抜き取り、私の部屋へと届いたと偽り接点を持とうと画策しました。まさか、その荷物が私も大好きな作家の新作であった時には運命の悪戯を感じずにはいられませんでした。
真実を確かめたい想いは変わらなかったものの、それ以上にミステリー好きとして、蜩園先生のファンとして貴方との交流を手放しで楽しんでいた自分がいました。そして貴方と話していく内に自分の推理が当たっている確信を益々強めていきました。誤解のないよう
言っておきますが、普通の人間では気づかないと思います。私の場合は元々、人の心理を見抜くような勉強をしておりました関係で解っただけです。
話が脱線しました。兎にも角にも熊谷麻美を許せない私は、足がつかないよう彼女に作家活動を止めなければ、ゴーストライターに作品を書かせていることを世間にバラすというメールや手紙を毎日のように送りました。自らの作家活動の真相をバラされれば世間から猛バッシングを受けるのは彼女自身になるし、このような脅迫文は彼女程の知名度があれば日常茶飯事の為、周囲の人間には話さないだろうと踏んだのです。とは言え、放っておく訳にもいかないだろうから、頃合いを見計らって私の勤める興信所のチラシを彼女の部屋のポストに入れました。面白いように私の計画通りに物事は進みました。熊谷麻美は興信所へ訪れ、脅迫文を送る犯人を突き止めて欲しいと依頼してきました。彼女の担当になった私は不安を煽りつつ寄り添う言葉をかけ彼女との仲を深めました。そして彼女から信頼を得た私はついに彼女の口から油川様にゴーストライターをさせていることを聞き出せたのです。
熊谷麻美の依頼は解決する訳がありません。犯人は私なのですから。熊谷麻美は姿の見えない犯人からのメッセージに日々怯え、それを何とか解決しようとする私に部屋の合鍵を渡すほど、頼りにされていました。彼女を殺す為の準備は整いつつありました。
殺人の実行が近づいてきたある日のことでした。部屋に盗聴器などが仕掛けられていないかを調べるという名目で私は熊谷麻美の部屋に訪れました。そこでの用事が終わった後は探偵同盟の時間。早急に仕事を終わらせようとしていたのです。どうせ盗聴器など見つかる訳がないのですから。インターホンを鳴らしても応答がありません。ドアに手をかけると苦も無くドアは開きました。部屋から醸し出される不気味な空気と異臭の引力に引き寄せられるまま私は足を踏み入れました。
熊谷麻美は首を吊り、絶命していました。足元には一枚の便箋。それが彼女の遺書でした。私はひどく冷静でした。突然の出来事に驚きすぎるとかえって人は落ち着けるのかもしれません。便箋を手に取り、中身を確かめると、そこには油川様にゴーストライターをさせて、作家としての地位を確立した経緯の全てが書かれていました。そして執拗な脅迫文とメッセージによる恐怖とこれ以上、周囲を騙していることの罪悪感から死を選ぶと綴られていましたが貴方への謝罪は一切書かれていませんでした。結果、彼女は自殺を図りましたが、そのような人間である以上、やはり遅かれ早かれ私に殺されていたでしょう。
しかし熊谷麻美を殺したのは間違いなく私です。ナイフや鈍器、丈夫な紐が無くても言葉で人は人を殺せるのですね。今後は直接手を下さずに言葉で追い詰めて人を死に追いやる殺人が増えるかもしれません。蜩園先生の今後の創作活動のお役に立てることができれば幸いです。
さて、そろそろこのお手紙も終わりへと結んでいきます。熊谷麻美の死に不信を持った刑事がどうやら私が彼女に行ってきた所業に辿り着きそうです。芸能事務所や出版社もそろそろ彼女の作家活動の真実を公表するでしょう。そうなれば貴方へ疑いがかかるかもしれません。その時にはこの手紙を警察に見せてください。私は一ファンとして蜩園先生がこれ以上辛い目に遭う事には耐えられません。
もちろん、この手紙を処分してしまっても構いません。ただ、処分するならしっかりと燃やして跡形もなく消し去ってください。私がやった熊谷麻美の遺書の処分のマネは決してしないでください。紙は美味しくもないし、お腹も壊してしまうので。
蜩園先生のこれからの活躍を誰よりも応援しております。
まずは書面にてお詫びまで。 草々
貴方の大ファン 附田菜摘ことKANAより愛を込めて