【地中海の北縁の旅と生活】第3章 サラエボ生活3年記③
香高堂 地中海の北縁の旅と生活【第3章 サラエボ生活3年記】
③《引っ越し準備と不思議な羅針盤》
2週間を切ったマルセイユへの移動、3年間ほど住むことになるが、どんな心根が映えてくるのであろうか。本格的にフランス語の勉強をしなければならないが、記憶力の衰えは激しく起こっている。
BOOKデータベースは梨木香歩の「不思議な羅針盤」を以下のように解説している。『ふとした日常の風景から、万華鏡のごとく様々に立ち現れる思いがある。慎ましい小さな花に見る、堅実で美しい暮らし。真夜中に五感が開かれていく感覚。人と人との理想的なつながり。世界をより新鮮に感じ、日々をより深く生きるための「羅針盤」を探す、清澄な言葉で紡がれた28のエッセイ』
引っ越し作業の合間に、「不思議な羅針盤」を読み始めた。「家守奇譚」以来好きな作家だが、この中の第2項<たおやかで、へこたれない>の中に、クリスマスローズや桑の木のことを語りながら、引越にまつわる話が書かれている。
『昔から何度も引っ越しを繰り返してきた。別にその場所が嫌いになったわけではないのだ。ただ、ある時期を過ぎると視線が次のどこかを探している。一所に住んで生活していくのは小さなひげ根をあちこちに張っていくような営みだ。それらを無理に引き抜くようなもので、年を取るに従って精神的にも肉体的にも次第にダメージが大きくなってきた。』
家のカミサマは「車の陸送」のためマルセイユに向かったが、そこには引越屋では運べない、鉢植えの植物も積まれている。引越をして植物を新しい場所に移植させる。植物たちは著者の梨木香歩に深いエネルギーを与えてきたと思えた。
『彼女はそのたび新しい場所でけなげに茎を上げ、葉を起こしてきた。花姿は楚々としてたおやかだが、決してへこたれない。積み重ねてきた努力が水泡を帰する様な結果になっても、まだその場から生き抜くための一歩を踏み出す。』
8月26日、朝から最後の梱包、午後2時半過ぎからの荷出しを待つばかり。「これで明日出発だなぁ」と安堵しながらもさすがに疲れた。サラエボの引越し屋さんのスタッフ、やはり繊細さがない。大きさの違う段ボール箱の順番を考えずに何でも積み込み、結局乗り切らずチーフが登場して積み直し。後1日半、まだ、短期滞在用のスーツケースと段ボール箱が残っている。
飛行機便は28日だが、マルセイユでは当面短期滞在用の家具付きアパートメントホテルに滞在する。多分1か月程度と予測しているが、ヴァカンスシーズンと言うこともあり、大家が不在でなかなか良い物件が見つからない。このため今回は当面の生活用品と引っ越し荷物は別にする必要があり、飛行機で持ち込む。その仕分けと重量に頭を悩ましていた。
27日夜8時過ぎ、旅立ちの夕方、最後の夕焼けを見入る。良く晴れてくれた。昼からの集まりの楽しさの後に夕寝。夏のサラエボ、陽が落ちてすっかりと暗くなるのは夜9時過ぎ。風鈴とランタンは引越荷物としてしまい込んでしまった。
庭のテラスで食事の後も星空を眺めたくなる。そこで登場したのは行燈のような作り物、仕掛けは植木鉢の上に蝋燭を置いて、キッチンペーパーで包む。ある程度の高さで灯りは広がる。真っ暗闇の世界では幻想的な雰囲気を醸し出す。