お前が言ったから
「いいじゃんそれ。似合ってるよ。」
俺が胸に青のロゴが入った、黒地のシャツを手に取ると、こいつは開口一番にそう言った。
「あんまこういうの、着たことないんだけど。」
「そう?まあ、お前はなんでも似合うじゃん。…あ、あとこれとかどうよ。」
本心なのかお世辞なのか分からないような口調でそう言う。
正直、こいつの”なんでも似合う”は口癖のようなものだと認識しているから、あまりまじめに受け取ったことはない。
「それも確かによさげだな。」
「だろ?って、なんか、お前俺のすすめる服しか着て無くないか?」
今更すぎる発言を受けて、ある言葉が口を衝いて出ようとした。
”お前が言ったから”
初めは特にきにしてなどいなかった。自分の好みに合わせたものを買ったり、たまに進められた物を買ったりしていた。
けれど。
一緒にいる時間が長ければ長いほど、人間は相手に影響されていくらしい。
それを如実に表しているのが、今の俺である。
こんなことを言ったら、相手がどんな表情をするかなんて想像にたやすい。
茶化すようににやけてくるか、もしくはきもいこと言うなよ、と引かれるかのどちらかだ。
俺はわざとらしく咳払いをし、そんなことねえよと言い返した。
__?
俺の言葉に、目の前のこいつは一瞬場にそぐわない表情を見せた気がした。
しかしこちらが違和感を覚える前に、こいつはいつも通り読めない表情で「まあ、俺のセンスが良いからしょうがないか。」と言ったため、次の瞬間には違和感を覚えたことすら忘れ去っていた。
その後、いつものように何着か服を漁り、よさげなものを購入した俺は店を出る。
「___なあ。」
完全に店の外へ出きった時、そう呼び止められる。
「?なんだよ、飯行こうぜ、飯。」
そう呼びかけても、こいつは無表情のままだった。
その様子から、いつもと違う、様子が変だ。と困惑から心配に変わった時。
こいつは、見たこともないくらい悲しい顔をしながらこちらを見た。
感情の起伏がないやつだと思っていたからなおさら、俺は驚いた。
なんと声をかければ良いか分からず立ち尽くす俺のことなど、気にするそぶりもなく目の前のこいつはまた「なあ。」と先ほどより少し語気を強めて言う。
「__…誰なんだよ。」
「___は?」
は?
「だから、誰なんだよ。」
「”お前”って、誰なんだよ。」
だれ、なんだよ。お前って。
頭の中にこだまする、聞き慣れた声。
それは、誰のものでもない、俺自身の声。全くうり二つの声。いつも聞いていたそれ。
徐々に、徐々に。事を理解するのと同時に意識が遠のいていく感覚を覚える。
歪む視界、そこに移るのは____、顔をゆがめたままの俺だった。
俺はいったい、誰と話をしていたんだろうか。
”お前が言ったから”。
お前って誰。言葉を発していたのは俺?
”お前が言ったから”?
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