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 子規と雪のこと など

 私の住んでいる所は雪があまり降りませんが、たまに降ると、ほんの少しの雪でも交通トラブル等が発生して、パニック状態になります。

 「雪はいやだなあ。降ってほしくないなあ。」と思います。

 それなのに、雪が降って周りが白一色の別世界になると、その美しさに感動し、気分が高揚したりします。

 (雪の多い地方の皆さんには、「何を呑気なこと言ってるんだ。」とお叱りを受けそうです。)

 正岡子規の俳句に

「いくたびも 雪の深さを 尋ねけり」

 があります。

 温暖な地で育った子規にとっては、雪は珍しかったようです。

 東京に大雪が降った日、雪景色を眺めたり、雪を手に取ってみたりしたくても、寝たきりの子規には、それができません。
 そこで、何度も何度も、雪がどれくらい積もったか、家人に尋ねたということです。

 明治29年の俳句ですが、それから3年後、弟子の高浜虚子が、障子をガラス障子に換えてあげたそうです。

 すると、外が見えるようになり、子規はとても喜んだとのこと。

 今では珍しくないガラス障子も、当時は高価なものだったようです。

 障子だった時は、外を見るには、障子を開けなければならない。冬は、障子を開けると寒いので閉める。そうすると、子規の世界は正に『病牀六尺』、病に伏せる六尺の布団の上だけ。
 それが、ガラス障子が入ってからは、いつでも外の世界を見られるようになったのです。
 流れる雲、庭の樹木、飛んでくる野鳥、、。

 そんな情景を詠んだ歌に

 「冬ごもる 病の床のガラス戸の 
  曇りぬぐえば 足袋干せる見ゆ」

 があります。

 私たちからすれば、なんでもない光景が、子規には心に沁みるものだったのでしょうね。

 さて、今年の冬は、雪はどうなることやら。

#エッセイ #正岡子規 #いくたびも
#雪の俳句  


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