[書評]まどわされない思考 -The Irrational Ape-
なんとなく邦題が気に入らないのだが、本としては超お勧めできる。原題のIrrationalというのは「不合理な、馬鹿げた、道理のわからない」といった意味である。「まどわされない」思考様式が延々述べられるような本ではなく、大量の事件、歴史的なものから現代的なものまで、について振り返りながら科学やエビデンスに沿った考え方、社会に定着させる戦いの困難さについて述べている本である。
内容としては「科学v.s.ニセ科学」の戦いを中心に、社会は「正当な意見と愚にもつかない意見」をなぜ対等に比べてしまうのかということを歴史的な出来事で振り返ってゆく。大きな話だとこんなところだろうか
✔地球温暖化
✔HIVの陰謀論
✔ワクチンvs反ワクチン
✔ヒラリーvsトランプ
✔ダーウィンの進化論
✔「自然」によるガン治療
✔悪のインフルエンサーとエコーチャンバーの話
他にも旧ソ連のルイセンコの話なども面白かった。筆者はガン研究者とのことで医療と健康についてページが割かれているが、世の中には人を騙して飯の種にしている人間とその信奉者が、良かれと思ってデマを広める陰謀論者が多数いることについて改めて思い知る本である。身の回りでも陰謀論とか似非健康食品・健康法などがあふれかえっているし、そして、自分が信じているコトがどこまで真実で「科学的エビデンス」に基づいているのか考え始めるといささか不安にもなる。嘘や誤解、陰謀論との闘いからは逃げられないのだろうか。
個人的に本書で面白かったのは15章「偽りのバランス」の話であった。
偽りのバランス
章としては米大統領選挙を引き合いに出しているが、偽りのバランスとは以下のような現象を指す。
✔ある団体Aの「しごくまともな」意見が表明される
✔対立する団体Bが「愚にもつかない」意見を表明する
✔調停役がどちらも「意見」なのだからと2つの意見を併記し、同じ分量でバランスよく扱う
✔見ている人はBにも一定の理があるのだと思ってしまう
つまり裏付けやエビデンスのない主張を科学と事実に裏打ちされた論理と並べてしまうと、①正当な論理が弱り②根拠のない主張が通りやすくなる。えてして調停者の与えるバランスというのは主張のまともさと関係なく、声の大きな方が勝つといった話だが、狂った意見を大手新聞、本や映画にして拡散してしまうとかいろいろあるのだけど、計算してやられると始末に悪い。
15章の例だと1950年代のタバコメーカーが「我々は疑念を作る」という戦略のもとに「タバコの発がん性」に疑念を抱かせる、つまり、発がん性に関して対立する研究結果や調査結果があるようにみせかけることで延命を図ろうとした例やトランプ陣営の戦術(ヒラリーに疑念を抱かせる)が例として示されている。
お勧め度 ★★★★★
特に難しいことを書かれているわけでもなく、次々と紹介される歴史的な事件を読んでいくだけでも相当のボリュームがあり、非常に面白い。個人的には今年上半期No.1。騙されやすかったり陰謀論が大好きな人も是非。ただ、長い。